5 / 67
1章 兄の婚約者が様変わりしたようです
2話 第二王子の篭絡①
しおりを挟む
(――夢、ですね)
短く浅い眠りののち、白い襯衣と薄灰の上衣に着替える。
私室の露台から雨上がりの山林を望む暇もなく、石造りの階段を下りていく。
政務の間にはすでに貴族たちが集まっていた。
両親と、両親に支えられた兄も到着すると、厳重に扉が閉められる。
「それでは、エドゥアルド・ミロシュの処遇を議論したい」
父王の号令に、たちまち緊張が走った。
「我が国では四十四年前、魔力が封印され、魔法の使用は禁忌となった。封印を解けた前例はなく、それゆえか禁忌を犯した際の罰は定められておらぬ」
四十四年前。フセスラウは、隣国パルラディとの魔法戦争に明け暮れていた。
地も人も荒廃し、失うものしかなかった。そこで二代前の両君主――魔力に優れ、「始まりの魔法遣いたちの再来」と名高い――が全員の魔力を封印し、休戦協定を結んだ。
(封印の解き方を口外せず、わたしが生まれてすぐ亡くなったおじいさま)
その封印は、子孫にも及ぶ。
「禁忌を犯した者が政務に関わり続けるのは、いかがなものでしょうか」
真っ先に、宰相子息シメオンが声を上げた。冷静な声色ながら、きっちり分けた濃金髪の下、鼻眼鏡越しに各人の思惑を見抜かんばかりだ。
「魔力の封印を解くなど、再び戦争を呼び込み国を破滅させるも同然です」
途端、長卓につく貴族たちが同調する。渦中の公爵本人は客間で静養しているのもあり、「ミロシュ領で謹慎させては」「塔に幽閉したほうが」など言いたい放題だ。
わたしはおろおろと発言を追うほかない。
(みな、自領が脅かされないか神経質になっているようですね)
というのも、魔力は王族とその血縁のみが持つ。
元始、深い山林だったこの地を、始まりの魔法遣いたちが拓いた。二人は自分たちを頼ってきた人間を快く迎え入れた。やがて指導力のある人間の血に魔力源を刻み、統治を補佐させた。これが王族の祖である。
「彼がゆくゆく王婿の座に就くというのも、再考すべきかと……」
兄の身体が、ふらりと傾ぐ。護衛のペトルがすかさず支える。
めまぐるしい状況変化で体調が優れず、ではない。たとえ公爵が禁忌を犯しても魔法を悪く遣うはずがない、という義憤でだろう。
兄自身、身内のわたしから見ても次期王に相応しい清廉な人だ。
『せっかく王ぞくに生まれたのに、魔力をつかえず残念ですね。あと五十年はやく生まれていれば、この書物のように、魔法でみなを驚かせたりできました』
『魔法は何かを奪ってしまうこともある。だから封印してよかったんだ。おじいさまは賢明な判断をなさったよ』
幼い頃、書庫洞でそんな会話を交わした。
秘めた力に誘惑されない彼は、恋心との訣別という建前で公爵に触れたわたしとは違う。
「しかしながら、公爵以上に将来の王婿が務まる方はいらっしゃいません」
兄の凛とした一声で、政務の間は静まり返った。みな見惚れてすらいる。
まっすぐで艶があり、肩上で切り揃えられた銀髪。知性を宿した菫色の瞳。純白の上衣が映える繊細なつくりの骨格――美女もはじらう、フセスラウきっての華。
「……昨夜の、ミロシュ公は、」
わたしは完全に兄の引き立て役になりつつ、硬い声で切り出した。
短く浅い眠りののち、白い襯衣と薄灰の上衣に着替える。
私室の露台から雨上がりの山林を望む暇もなく、石造りの階段を下りていく。
政務の間にはすでに貴族たちが集まっていた。
両親と、両親に支えられた兄も到着すると、厳重に扉が閉められる。
「それでは、エドゥアルド・ミロシュの処遇を議論したい」
父王の号令に、たちまち緊張が走った。
「我が国では四十四年前、魔力が封印され、魔法の使用は禁忌となった。封印を解けた前例はなく、それゆえか禁忌を犯した際の罰は定められておらぬ」
四十四年前。フセスラウは、隣国パルラディとの魔法戦争に明け暮れていた。
地も人も荒廃し、失うものしかなかった。そこで二代前の両君主――魔力に優れ、「始まりの魔法遣いたちの再来」と名高い――が全員の魔力を封印し、休戦協定を結んだ。
(封印の解き方を口外せず、わたしが生まれてすぐ亡くなったおじいさま)
その封印は、子孫にも及ぶ。
「禁忌を犯した者が政務に関わり続けるのは、いかがなものでしょうか」
真っ先に、宰相子息シメオンが声を上げた。冷静な声色ながら、きっちり分けた濃金髪の下、鼻眼鏡越しに各人の思惑を見抜かんばかりだ。
「魔力の封印を解くなど、再び戦争を呼び込み国を破滅させるも同然です」
途端、長卓につく貴族たちが同調する。渦中の公爵本人は客間で静養しているのもあり、「ミロシュ領で謹慎させては」「塔に幽閉したほうが」など言いたい放題だ。
わたしはおろおろと発言を追うほかない。
(みな、自領が脅かされないか神経質になっているようですね)
というのも、魔力は王族とその血縁のみが持つ。
元始、深い山林だったこの地を、始まりの魔法遣いたちが拓いた。二人は自分たちを頼ってきた人間を快く迎え入れた。やがて指導力のある人間の血に魔力源を刻み、統治を補佐させた。これが王族の祖である。
「彼がゆくゆく王婿の座に就くというのも、再考すべきかと……」
兄の身体が、ふらりと傾ぐ。護衛のペトルがすかさず支える。
めまぐるしい状況変化で体調が優れず、ではない。たとえ公爵が禁忌を犯しても魔法を悪く遣うはずがない、という義憤でだろう。
兄自身、身内のわたしから見ても次期王に相応しい清廉な人だ。
『せっかく王ぞくに生まれたのに、魔力をつかえず残念ですね。あと五十年はやく生まれていれば、この書物のように、魔法でみなを驚かせたりできました』
『魔法は何かを奪ってしまうこともある。だから封印してよかったんだ。おじいさまは賢明な判断をなさったよ』
幼い頃、書庫洞でそんな会話を交わした。
秘めた力に誘惑されない彼は、恋心との訣別という建前で公爵に触れたわたしとは違う。
「しかしながら、公爵以上に将来の王婿が務まる方はいらっしゃいません」
兄の凛とした一声で、政務の間は静まり返った。みな見惚れてすらいる。
まっすぐで艶があり、肩上で切り揃えられた銀髪。知性を宿した菫色の瞳。純白の上衣が映える繊細なつくりの骨格――美女もはじらう、フセスラウきっての華。
「……昨夜の、ミロシュ公は、」
わたしは完全に兄の引き立て役になりつつ、硬い声で切り出した。
142
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結、恋愛ルート、トマといっしょに里帰り編、完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』
バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。 そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。 最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる