完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?

七角@書籍化進行中!

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1章 兄の婚約者が様変わりしたようです

2話 第二王子の篭絡①

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(――夢、ですね)
 短く浅い眠りののち、白い襯衣シャツと薄灰の上衣に着替える。
 私室の露台バルコニーから雨上がりの山林を望む暇もなく、石造りの階段を下りていく。

 政務の間にはすでに貴族たちが集まっていた。
 両親と、両親に支えられた兄も到着すると、厳重に扉が閉められる。

「それでは、エドゥアルド・ミロシュの処遇を議論したい」

 父王の号令に、たちまち緊張が走った。

「我が国では四十四年前、魔力が封印され、魔法の使用は禁忌となった。封印を解けた前例はなく、それゆえか禁忌を犯した際の罰は定められておらぬ」

 四十四年前。フセスラウは、隣国パルラディとの魔法戦争に明け暮れていた。
 地も人も荒廃し、失うものしかなかった。そこで二代前の両君主――魔力に優れ、「始まりの魔法遣いたちの再来」と名高い――が全員の魔力を封印し、休戦協定を結んだ。

(封印の解き方を口外せず、わたしが生まれてすぐ亡くなったおじいさま)

 その封印は、子孫にも及ぶ。

「禁忌を犯した者が政務に関わり続けるのは、いかがなものでしょうか」

 真っ先に、宰相子息シメオンが声を上げた。冷静な声色ながら、きっちり分けた濃金髪ダークブロンドの下、鼻眼鏡越しに各人の思惑を見抜かんばかりだ。

「魔力の封印を解くなど、再び戦争を呼び込み国を破滅させるも同然です」

 途端、長卓につく貴族たちが同調する。渦中の公爵本人は客間で静養しているのもあり、「ミロシュ領で謹慎させては」「塔に幽閉したほうが」など言いたい放題だ。
 わたしはおろおろと発言を追うほかない。

(みな、自領が脅かされないか神経質になっているようですね)

 というのも、魔力は王族とその血縁のみが持つ。
 元始、深い山林だったこの地を、始まりの魔法遣いたちが拓いた。二人は自分たちを頼ってきた人間を快く迎え入れた。やがて指導力のある人間の血に魔力源を刻み、統治を補佐させた。これが王族の祖である。

「彼がゆくゆく王婿の座に就くというのも、再考すべきかと……」

 兄の身体が、ふらりと傾ぐ。護衛のペトルがすかさず支える。
 めまぐるしい状況変化で体調が優れず、ではない。たとえ公爵が禁忌を犯しても魔法を悪く遣うはずがない、という義憤でだろう。

 兄自身、身内のわたしから見ても次期王に相応しい清廉な人だ。

『せっかく王ぞくに生まれたのに、魔力をつかえず残念ですね。あと五十年はやく生まれていれば、この書物のように、魔法でみなを驚かせたりできました』
『魔法は何かを奪ってしまうこともある。だから封印してよかったんだ。おじいさまは賢明な判断をなさったよ』

 幼い頃、書庫洞でそんな会話を交わした。
 秘めた力に誘惑されない彼は、恋心との訣別という建前で公爵に触れたわたしとは違う。

「しかしながら、公爵以上に将来の王婿が務まる方はいらっしゃいません」

 兄の凛とした一声で、政務の間は静まり返った。みな見惚れてすらいる。
 まっすぐで艶があり、肩上で切り揃えられた銀髪。知性を宿した菫色の瞳。純白の上衣が映える繊細なつくりの骨格――美女もはじらう、フセスラウきっての華。

「……昨夜の、ミロシュ公は、」

 わたしは完全に兄の引き立て役になりつつ、硬い声で切り出した。

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