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3章 すろうらいふを目指しましょう
9話 新たな婚約と、二度目の②
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つい、熱っぽく見つめてしまった。目は嘘を吐けない。
「閣下の……エドゥアルド公爵のどこが『悪役』なのかと思いまして」
何でもない雑談のつもりが、甘えるような響きになる。
書簡を懐に収めた公爵が、落ち着かなげに長髪を触った。
「禁忌の魔法遣いだ」
「魔法をフセスラウのために正しく遣っておられます」
「私は主人公と対立すべく定められている」
「実際には、閣下の意思でむしろニコ殿を助けていますよね?」
「私は……自分のことしか、考えていない」
「まさか。わたしのことも考えてくださっているではないですか」
書簡のように適切な言葉が出てこず、もどかしい。想いは戯曲にぶつけるのみだったせいだ。
それでも酌みとってもらえたのか、公爵は感極まったように紅眼を細めた。
かすかな息遣いの乱れが聞こえるほど、静かだ。相変わらずわたしは執務椅子に、公爵はその後ろにいる。室温が上がった気がして、喉が渇く。
どちらからともなく、唇が重なった。
「ん……」
表面を擦り合わせる。一度目の口づけと違って控えめで、なのに心はあの夜より近づいたように感じる。
「っ、ぁ」
かと思うと、公爵はぱっと顎を引いた。
「また来る」と言ったものの、余韻に浸る間もなく私室を出ていく。いつもの巻き毛深呼吸もせずに。
「閣下、の、気まぐれ、ですよね」
わたしは壊れた人形のように、黒檀の万年筆を抽斗の錠に突き刺した。
薄水色の書皮の手記を取り出し、一心不乱に創作し始める。
そうしないと、好きが溢れるあまり、身体が弾けてしまいそうだった。
どのくらい経ったろう。さすがに腰が軋んで、ぐぐっと伸びをする。
「……が、忘れさせ……」
戸を開け放った露台から、話し声と――呻き声のようなものが聞こえてきた。
(兄上の声、でしたよね?)
わたしたち兄弟の私室は同じ最上階にある。
気になって柱の陰から窺うと、やはり兄の私室の露台で、規則的に動くものがあった。
ニコだ。貴族の礼服にまだ慣れないのか、少し着乱れている。茶髪は汗ばんで何だか気怠い雰囲気である。
婚約式までひと月を切っており、彼と兄が一緒にいてもおかしくはない。
(そう言えば、伝言)
ミロシュ領での事情聴取を終えた際、「くれぐれも純潔を守るよう」兄に伝えてくれと頼まれたのを思い出す。
そのときは、そもそも相手がいないと思った。それに兄は操が硬い。弟のわたしが諫めるなんてと躊躇い、言いそびれたきりだ。
背中を冷たい汗が流れる。
(……いえ、自覚なく求愛の台詞を吐くニコ殿といえど、婚約式も待たず兄上に手を出しはしないでしょう)
護衛のペトルも付き従っているではないか。
何より今出ていけば、そちらは何をしていたのかと――夢想の創作がばれてしまうかもしれない。手早く露台の戸を閉めた。
「閣下の……エドゥアルド公爵のどこが『悪役』なのかと思いまして」
何でもない雑談のつもりが、甘えるような響きになる。
書簡を懐に収めた公爵が、落ち着かなげに長髪を触った。
「禁忌の魔法遣いだ」
「魔法をフセスラウのために正しく遣っておられます」
「私は主人公と対立すべく定められている」
「実際には、閣下の意思でむしろニコ殿を助けていますよね?」
「私は……自分のことしか、考えていない」
「まさか。わたしのことも考えてくださっているではないですか」
書簡のように適切な言葉が出てこず、もどかしい。想いは戯曲にぶつけるのみだったせいだ。
それでも酌みとってもらえたのか、公爵は感極まったように紅眼を細めた。
かすかな息遣いの乱れが聞こえるほど、静かだ。相変わらずわたしは執務椅子に、公爵はその後ろにいる。室温が上がった気がして、喉が渇く。
どちらからともなく、唇が重なった。
「ん……」
表面を擦り合わせる。一度目の口づけと違って控えめで、なのに心はあの夜より近づいたように感じる。
「っ、ぁ」
かと思うと、公爵はぱっと顎を引いた。
「また来る」と言ったものの、余韻に浸る間もなく私室を出ていく。いつもの巻き毛深呼吸もせずに。
「閣下、の、気まぐれ、ですよね」
わたしは壊れた人形のように、黒檀の万年筆を抽斗の錠に突き刺した。
薄水色の書皮の手記を取り出し、一心不乱に創作し始める。
そうしないと、好きが溢れるあまり、身体が弾けてしまいそうだった。
どのくらい経ったろう。さすがに腰が軋んで、ぐぐっと伸びをする。
「……が、忘れさせ……」
戸を開け放った露台から、話し声と――呻き声のようなものが聞こえてきた。
(兄上の声、でしたよね?)
わたしたち兄弟の私室は同じ最上階にある。
気になって柱の陰から窺うと、やはり兄の私室の露台で、規則的に動くものがあった。
ニコだ。貴族の礼服にまだ慣れないのか、少し着乱れている。茶髪は汗ばんで何だか気怠い雰囲気である。
婚約式までひと月を切っており、彼と兄が一緒にいてもおかしくはない。
(そう言えば、伝言)
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背中を冷たい汗が流れる。
(……いえ、自覚なく求愛の台詞を吐くニコ殿といえど、婚約式も待たず兄上に手を出しはしないでしょう)
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