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4章 それもこれも初耳ですが?
12話 主人公と悪役の話④
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返事はなかった。
聞こえるのは、雷鳴ばかり。
だらりと脱力した「公爵」に覆い被さり、慟哭する。
「あぁあああ……っ」
彼はわたしを守ってくれた。なのにわたしは彼を守ってあげられなかった。
足音が近づいてくる。わたしは彼の遺体は渡さないと腕に力を込めた。
見下ろしてきたのは、シメオンだ。
「やっと事切れましたか」
政務の間で毎日のように顔を合わせていた間柄とは思えない、冷たい視線と声。とどめに手を汚すことなく、「公爵」の死を待っていたらしい。
鼻眼鏡を押さえつつ振り返り、ニコに声をかける。
「では『今夜、私の約束を果たしてもらいますよ』」
ニコは壇上で、待ちぼうけ顏から一転、鷹揚に頷いた。先ほどの証言の交換条件か。
「ぐちゃぐちゃでもどろどろでも好きにしな」
「『王太子を調教できるとは愉しみです』」
シメオンも光のない目をして、わたしの横を通り過ぎていく。
わたしは泣き濡れた碧眼でニコを睨み据えた。
あろうことか、父王の席で盃を呷っている。両親の姿はなぜか見当たらない。
「主人公」の望む未来に、「悪役」が邪魔だったとしよう。だからといって、
「……これほどの仕打ちが必要ですか?」
わたしの問いは、主人公の場所まで届かない。
「儀式はやめだ。欲のまま愉しめ!」
ニコが婚約の宣誓のごとく、高らかに命じる。
あっと言う間に舞踏の間は乱交場に成り果てた。顔見知りの貴族たちも本能剥き出しで、見たことのない顔をしている。
(閣下、あなたはやり直せるとおっしゃいましたが。遺されたわたしはどうすれば……)
止める者も止まる者もいない。フセスラウはめちゃくちゃになってしまった。
――いや。まだわたしがいる。
最後にもらった使命を果たそう。「公爵」の愛に値する存在だと証明するのだ。
上衣を脱いで「公爵」の遺体に被せる。そして、人が変わったように愛欲に耽る男女の間を縫い、捨て置かれているペトルの剣を拾い上げた。
王子たるもの、剣技の基本は習得している。
向かうはただ一人。脚を奮い立たせて壇上に駆け上がり、ニコに剣を突きつけた。
「そこをどきなさい」
だが、ニコはにやにや笑うばかりだ。
「あんた、今のステータスだと『脇役』だろ。それで強制力が働かないのか? 今のうちに処刑しちまえるなら願ってもないが」
わたしの傷ついた手に力がこもる。「脇役」とは痛いところを突いてきた。
呼吸を整え、反論する。
「わたしはフセスラウ国第二王子ユーリィ。脇役ではありません」
「おっ、『隠しキャラ』だって教えてもらった? それでそんな正義ムーブできるんだ」
「は……?」
「どっちにしろ主人公は『あたし』だ。転生前は家も学校も仕事もドブガチャだったけど、全人生ぶんの運と引き換えみたいなチートもらったからには、ぜんぶ手に入れるし、ぜんぶあたしの――俺の思いどおりにする」
目を血走らせたニコは、得体の知れない魔法に衝き動かされているようにも見えた。もう一秒だって話したくない。
愛を知ったわたしは、それと対を成す憎しみも知っている。
以前は国のためでも禁忌を犯そうとは思わなかったけれど、今は剣だって振るえる。
「あの方の仇――っ!」
渾身の一撃は、キンッと弾かれた。
剣を手に、虚ろな顔で立ちはだかる、兄に。
「『見損なったよ、ユーリィ』。『第二王子のくせに』、二度も私から婚約者を奪おうとするなんて」
「兄上……っ、どうしてこの男に与するのですか」
ふたりきりの兄弟である兄の恨み言は、堪えた。兄の想いを無碍にした「公爵」を愛した後ろめたさもある。
ただ、兄はニコの私欲のないところに惹かれたはず。あの男の正体を一から説明はしきれないが、一目瞭然だろう。ニコを見限るよう訴える。
しかし兄は、依然として生気のない紫眼でわたしを捉えた。
「『本当は、王になんてなりたくなかった。重圧と不自由ばかり。第二王子のきみがうらやましかった。でも、ニコに出会えた。私は快楽によって失恋を忘れられたし、自由になれた。だから、彼にぜんぶあげることにしたんだ。わかるだろう? いや、わからないか』」
「兄、上。何を、おっしゃって、」
一言一言が胸を抉る。兄が王太子の使命を、わたしのことをそんなふうに思っていたとは、露ほども知らなかった。
「公爵」だって、兄が関わる死亡ふらぐは「とばっちり」としか……。
(もしや。わたしが悲しみ傷つくと、意図的に隠していたのですか? 何もかも独りで背負って。やはり、いちばん優しいのはあなたです)
あちこちから獣じみた嬌声が聞こえる。この惨状のどこが自由といえよう。
目の奥が引き絞られて痛い。しょせん第二王子には、使命どころか家族一人も守れないのか。
「話、終わった? 露出プレイするか。コンスは野外も好きだもんなぁ。仲直りの兄弟丼でもいいけど」
ニコの不埒な手が伸びてきて、兄の濃紫の式服をまさぐる。わたしに見せつけるつもりらしい。兄が清廉な顔に似つかない、いやらしい笑みを浮かべる。
「うあああああッ!」
わたしは半ば自棄で剣を振り回した。でも手応えはなく、逆に衝撃波に吹っ飛ばされて、壇下に落ちる。
ニコの掌が、青い光を纏っていた。
わたしも魔法に貫かれたのだ。ゴホッと血を吐く。時間差で激痛に襲われる。
(残りの死亡ふらぐを、壊しきれませんでしたね……)
結局、何もできなかった。
図らずも公爵の亡骸がそばにあった。最期の力を振り絞る。公爵の手を取りたい。あと少し。もう少し……。
でも、指一本分届かない。むなしく天井の絵を見上げる。
何を知っても何に気づいても、手遅れだ。雨音が遠くなっていく。
(愛しいあなた、優しい誰か。これは、何えんどと言うのですか?)
【ユーリィ死亡ふらぐ】
① ④⑤⑥ ⑨⑩⓫⑫⑬
聞こえるのは、雷鳴ばかり。
だらりと脱力した「公爵」に覆い被さり、慟哭する。
「あぁあああ……っ」
彼はわたしを守ってくれた。なのにわたしは彼を守ってあげられなかった。
足音が近づいてくる。わたしは彼の遺体は渡さないと腕に力を込めた。
見下ろしてきたのは、シメオンだ。
「やっと事切れましたか」
政務の間で毎日のように顔を合わせていた間柄とは思えない、冷たい視線と声。とどめに手を汚すことなく、「公爵」の死を待っていたらしい。
鼻眼鏡を押さえつつ振り返り、ニコに声をかける。
「では『今夜、私の約束を果たしてもらいますよ』」
ニコは壇上で、待ちぼうけ顏から一転、鷹揚に頷いた。先ほどの証言の交換条件か。
「ぐちゃぐちゃでもどろどろでも好きにしな」
「『王太子を調教できるとは愉しみです』」
シメオンも光のない目をして、わたしの横を通り過ぎていく。
わたしは泣き濡れた碧眼でニコを睨み据えた。
あろうことか、父王の席で盃を呷っている。両親の姿はなぜか見当たらない。
「主人公」の望む未来に、「悪役」が邪魔だったとしよう。だからといって、
「……これほどの仕打ちが必要ですか?」
わたしの問いは、主人公の場所まで届かない。
「儀式はやめだ。欲のまま愉しめ!」
ニコが婚約の宣誓のごとく、高らかに命じる。
あっと言う間に舞踏の間は乱交場に成り果てた。顔見知りの貴族たちも本能剥き出しで、見たことのない顔をしている。
(閣下、あなたはやり直せるとおっしゃいましたが。遺されたわたしはどうすれば……)
止める者も止まる者もいない。フセスラウはめちゃくちゃになってしまった。
――いや。まだわたしがいる。
最後にもらった使命を果たそう。「公爵」の愛に値する存在だと証明するのだ。
上衣を脱いで「公爵」の遺体に被せる。そして、人が変わったように愛欲に耽る男女の間を縫い、捨て置かれているペトルの剣を拾い上げた。
王子たるもの、剣技の基本は習得している。
向かうはただ一人。脚を奮い立たせて壇上に駆け上がり、ニコに剣を突きつけた。
「そこをどきなさい」
だが、ニコはにやにや笑うばかりだ。
「あんた、今のステータスだと『脇役』だろ。それで強制力が働かないのか? 今のうちに処刑しちまえるなら願ってもないが」
わたしの傷ついた手に力がこもる。「脇役」とは痛いところを突いてきた。
呼吸を整え、反論する。
「わたしはフセスラウ国第二王子ユーリィ。脇役ではありません」
「おっ、『隠しキャラ』だって教えてもらった? それでそんな正義ムーブできるんだ」
「は……?」
「どっちにしろ主人公は『あたし』だ。転生前は家も学校も仕事もドブガチャだったけど、全人生ぶんの運と引き換えみたいなチートもらったからには、ぜんぶ手に入れるし、ぜんぶあたしの――俺の思いどおりにする」
目を血走らせたニコは、得体の知れない魔法に衝き動かされているようにも見えた。もう一秒だって話したくない。
愛を知ったわたしは、それと対を成す憎しみも知っている。
以前は国のためでも禁忌を犯そうとは思わなかったけれど、今は剣だって振るえる。
「あの方の仇――っ!」
渾身の一撃は、キンッと弾かれた。
剣を手に、虚ろな顔で立ちはだかる、兄に。
「『見損なったよ、ユーリィ』。『第二王子のくせに』、二度も私から婚約者を奪おうとするなんて」
「兄上……っ、どうしてこの男に与するのですか」
ふたりきりの兄弟である兄の恨み言は、堪えた。兄の想いを無碍にした「公爵」を愛した後ろめたさもある。
ただ、兄はニコの私欲のないところに惹かれたはず。あの男の正体を一から説明はしきれないが、一目瞭然だろう。ニコを見限るよう訴える。
しかし兄は、依然として生気のない紫眼でわたしを捉えた。
「『本当は、王になんてなりたくなかった。重圧と不自由ばかり。第二王子のきみがうらやましかった。でも、ニコに出会えた。私は快楽によって失恋を忘れられたし、自由になれた。だから、彼にぜんぶあげることにしたんだ。わかるだろう? いや、わからないか』」
「兄、上。何を、おっしゃって、」
一言一言が胸を抉る。兄が王太子の使命を、わたしのことをそんなふうに思っていたとは、露ほども知らなかった。
「公爵」だって、兄が関わる死亡ふらぐは「とばっちり」としか……。
(もしや。わたしが悲しみ傷つくと、意図的に隠していたのですか? 何もかも独りで背負って。やはり、いちばん優しいのはあなたです)
あちこちから獣じみた嬌声が聞こえる。この惨状のどこが自由といえよう。
目の奥が引き絞られて痛い。しょせん第二王子には、使命どころか家族一人も守れないのか。
「話、終わった? 露出プレイするか。コンスは野外も好きだもんなぁ。仲直りの兄弟丼でもいいけど」
ニコの不埒な手が伸びてきて、兄の濃紫の式服をまさぐる。わたしに見せつけるつもりらしい。兄が清廉な顔に似つかない、いやらしい笑みを浮かべる。
「うあああああッ!」
わたしは半ば自棄で剣を振り回した。でも手応えはなく、逆に衝撃波に吹っ飛ばされて、壇下に落ちる。
ニコの掌が、青い光を纏っていた。
わたしも魔法に貫かれたのだ。ゴホッと血を吐く。時間差で激痛に襲われる。
(残りの死亡ふらぐを、壊しきれませんでしたね……)
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図らずも公爵の亡骸がそばにあった。最期の力を振り絞る。公爵の手を取りたい。あと少し。もう少し……。
でも、指一本分届かない。むなしく天井の絵を見上げる。
何を知っても何に気づいても、手遅れだ。雨音が遠くなっていく。
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