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7章 これが魔法遣いたちの望みです
21話 テンセイの定番②
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それなら国の安寧、兄の幸せ、十年間想った公爵の命、すべてが守られる。
悲しんでくれるソーマはいない。
目を瞑って審判を待つ。
「ユーリィ殿下は、自らを犠牲にして偽りの婚約まで結び、ニコを監視してくれた。そのおかげで私はニコの企みを暴くことができ、フセスラウの未来が守られた」
聞こえてきたのは、わたしを称える言葉だった。
おいたわしい、と夫人方が目もとを押さえる。一方、男たちは「罪人ニコを逃がすな」と慌ただしく動き始める。
わたしは首を傾げた。公爵が意識を取り戻したのは、表向きわたしがニコ側についた後だ。ただの「弟王子」であるわたしの意図を知りようがない。
なのに、わかってくれていた?
では、今、活き活きときらめく紅眼でわたしを見つめているのは――。
「元公僕、根回しなら公爵にも負けないよ」
公爵が泣いているようにも見える顔で笑い、わたしに向けて長い腕を差し伸べる。
いや、公爵ではない。ソーマだ。
「ソーマ、」
「うん。僕はここにいる。おいで」
ソーマが、戻ってきてくれた!
わたしのさみしさを溶かしてくれる腕の中に、一直線に飛び込む。夢想の戯曲では感じられない、重みと息遣い。もう叶わないと思った夢が叶った。
「すううう――」
思いきり巻き毛深呼吸される。くすぐったくて笑う。
「ソーマ……。ずっとこうしたかったです」
「僕もだよ、ユーリィ。こんな僕で、大好きな人が苦しんでるってわかっててもすぐ取り返せない僕で、申し訳ない」
ソーマの身体は、外気よりさらに熱い。物語上の人物でなく同じ世界に生きている。押しつけられた胸からは、恋をしている音が聞こえた。
(ということは、ソーマはいっときも消えていなかった。何という名演でしょう)
わたしも、時を遡った直後にソーマと再会したときより、胸が高鳴る。
「わかってくださって、取り返してくださったではありませんか。そんなあなたが、今ここにいらっしゃるのが、わたしの愛する人です」
自分で言って、すとんときた。
彼が誰なのか――一周目に気にしていたことがちっぽけに感じる。
言葉にするのが難しかった気持ちも、はっきり伝えられた。
「ありがとう。誰かにそう言われてみたかった。いや、ユーリィにそう言われたかった。君は平凡な公務員だった僕に、『君を救う』っていう僕にしかできない使命をくれた。君の優しさや貴さや勇気を知っていく度、もっと君を好きになった。自己犠牲せず幸せになってほしいと、もっと……愛したいと、思った」
ソーマも同じ気持ちでいてくれたらしい。その腕に力がこもる。
「なのに、僕がニコは放っておこうって甘いことを言ったばかりに、また辛い目に遭わせた。ニコの断罪に最適な婚約式まで待たせて、申し訳ない。君を取り戻すために婚約式を荒らしたのも申し訳ないけど、君か国かという選択なら君を選ぶよ」
今は、「国より君」という言葉も、嬉しい。
気持ちが通じ合った。……ただ。
思い返せばソーマは、婚約式を早めんと周囲に働きかけていた。「公爵」を演じたのも、完璧にニコを欺くため。
(ニコはふらぐが建たないと苛立っていました)
その間わたしはと言えば、役も貫けず、舞台から降りて消えようとしていた。
謝るのはわたしのほうだ。
「いえ……筋書きを練り直してくださり、感謝します。またも、あなたを独りで苦しませてしまいました。何度謝っても足りません」
許されるなら、もっと話したいし、触れたい。
しかし、それはまだ叶わない。
「ユーリィ。あんたも玉座を望んだはずだ。そいつがどうなってもいいのか?」
ニコの掠れ声が背中に投げかけられる。振り返れば、ニコは騎士に取り囲まれてなお、わたしたちを憎々しげに睨んでいた。
わたしはソーマの体温を感じながら、脅迫を一蹴する。
「わたしの望みは、この方との『すろうらいふ』です」
「チッ。この国もあんたも、何もかも――『あたし』のものだ」
ソーマの黒髪に青い光が反射した。
昏い目をしたニコの右手が光る。
彼の魔力の封印はすでに解かれている。あの光は騎士の盾でも防げない。万年筆で返り討ちもできない。
でも、魔法より強い武器がひとつだけある。
わたしはニコに背を向け、愛しい痩躯に腕を巻きつけた。
「ユーリィッ、だめだ! ステヴァン殿下も魔力の封印が解けてるはずだから加勢を頼もう、」
ソーマのほうでも対抗策を立てていたらしい。ただ、壇上のステヴァン殿下は遠過ぎる。
「これじゃ十二回目までとおんなじだ、でもニコを殺すのは禁忌だし、どうやって『退けよ』っていうんだよ……っ!」
ソーマが悲痛な顔でもがく。
何とか必ず遡って、三周目はもう少しうまくやります。筋書きを練るのも、「主人公」を演じるのも。だから安心してください。
「愛しています。何度でも言います」
左右対称の微笑みを浮かべる。青い光に目が眩む。
ふと、ニコに口づけられたとき、身体の内側がざわざわしたのが思い出された。なぜ今。最期に思い出すのは、一周目のソーマの唇の感触がよかったのに……。
[――手を取りなさい]
[――手を伸ばせ]
頭の上から、二重に重なった男の声が響いた。
悲しんでくれるソーマはいない。
目を瞑って審判を待つ。
「ユーリィ殿下は、自らを犠牲にして偽りの婚約まで結び、ニコを監視してくれた。そのおかげで私はニコの企みを暴くことができ、フセスラウの未来が守られた」
聞こえてきたのは、わたしを称える言葉だった。
おいたわしい、と夫人方が目もとを押さえる。一方、男たちは「罪人ニコを逃がすな」と慌ただしく動き始める。
わたしは首を傾げた。公爵が意識を取り戻したのは、表向きわたしがニコ側についた後だ。ただの「弟王子」であるわたしの意図を知りようがない。
なのに、わかってくれていた?
では、今、活き活きときらめく紅眼でわたしを見つめているのは――。
「元公僕、根回しなら公爵にも負けないよ」
公爵が泣いているようにも見える顔で笑い、わたしに向けて長い腕を差し伸べる。
いや、公爵ではない。ソーマだ。
「ソーマ、」
「うん。僕はここにいる。おいで」
ソーマが、戻ってきてくれた!
わたしのさみしさを溶かしてくれる腕の中に、一直線に飛び込む。夢想の戯曲では感じられない、重みと息遣い。もう叶わないと思った夢が叶った。
「すううう――」
思いきり巻き毛深呼吸される。くすぐったくて笑う。
「ソーマ……。ずっとこうしたかったです」
「僕もだよ、ユーリィ。こんな僕で、大好きな人が苦しんでるってわかっててもすぐ取り返せない僕で、申し訳ない」
ソーマの身体は、外気よりさらに熱い。物語上の人物でなく同じ世界に生きている。押しつけられた胸からは、恋をしている音が聞こえた。
(ということは、ソーマはいっときも消えていなかった。何という名演でしょう)
わたしも、時を遡った直後にソーマと再会したときより、胸が高鳴る。
「わかってくださって、取り返してくださったではありませんか。そんなあなたが、今ここにいらっしゃるのが、わたしの愛する人です」
自分で言って、すとんときた。
彼が誰なのか――一周目に気にしていたことがちっぽけに感じる。
言葉にするのが難しかった気持ちも、はっきり伝えられた。
「ありがとう。誰かにそう言われてみたかった。いや、ユーリィにそう言われたかった。君は平凡な公務員だった僕に、『君を救う』っていう僕にしかできない使命をくれた。君の優しさや貴さや勇気を知っていく度、もっと君を好きになった。自己犠牲せず幸せになってほしいと、もっと……愛したいと、思った」
ソーマも同じ気持ちでいてくれたらしい。その腕に力がこもる。
「なのに、僕がニコは放っておこうって甘いことを言ったばかりに、また辛い目に遭わせた。ニコの断罪に最適な婚約式まで待たせて、申し訳ない。君を取り戻すために婚約式を荒らしたのも申し訳ないけど、君か国かという選択なら君を選ぶよ」
今は、「国より君」という言葉も、嬉しい。
気持ちが通じ合った。……ただ。
思い返せばソーマは、婚約式を早めんと周囲に働きかけていた。「公爵」を演じたのも、完璧にニコを欺くため。
(ニコはふらぐが建たないと苛立っていました)
その間わたしはと言えば、役も貫けず、舞台から降りて消えようとしていた。
謝るのはわたしのほうだ。
「いえ……筋書きを練り直してくださり、感謝します。またも、あなたを独りで苦しませてしまいました。何度謝っても足りません」
許されるなら、もっと話したいし、触れたい。
しかし、それはまだ叶わない。
「ユーリィ。あんたも玉座を望んだはずだ。そいつがどうなってもいいのか?」
ニコの掠れ声が背中に投げかけられる。振り返れば、ニコは騎士に取り囲まれてなお、わたしたちを憎々しげに睨んでいた。
わたしはソーマの体温を感じながら、脅迫を一蹴する。
「わたしの望みは、この方との『すろうらいふ』です」
「チッ。この国もあんたも、何もかも――『あたし』のものだ」
ソーマの黒髪に青い光が反射した。
昏い目をしたニコの右手が光る。
彼の魔力の封印はすでに解かれている。あの光は騎士の盾でも防げない。万年筆で返り討ちもできない。
でも、魔法より強い武器がひとつだけある。
わたしはニコに背を向け、愛しい痩躯に腕を巻きつけた。
「ユーリィッ、だめだ! ステヴァン殿下も魔力の封印が解けてるはずだから加勢を頼もう、」
ソーマのほうでも対抗策を立てていたらしい。ただ、壇上のステヴァン殿下は遠過ぎる。
「これじゃ十二回目までとおんなじだ、でもニコを殺すのは禁忌だし、どうやって『退けよ』っていうんだよ……っ!」
ソーマが悲痛な顔でもがく。
何とか必ず遡って、三周目はもう少しうまくやります。筋書きを練るのも、「主人公」を演じるのも。だから安心してください。
「愛しています。何度でも言います」
左右対称の微笑みを浮かべる。青い光に目が眩む。
ふと、ニコに口づけられたとき、身体の内側がざわざわしたのが思い出された。なぜ今。最期に思い出すのは、一周目のソーマの唇の感触がよかったのに……。
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