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1 密令と敵騎士
5 二度目の密会
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今日の密令はすぐ済むので、巡回隊のソリでなくヴィトの背に乗り、単独で王城へ向かう。
ソコロフ城からは一日あれば行き来できる距離だ。足跡は横殴りの吹雪が消してくれる。
(ヴィトには少々無理させてしまうが。戻ったらいい地衣を食べさせてやろう)
前回エリセイに調子を狂わされたせいか、刻も部屋も決めていなかった。
行き違いを防ぐため午後早めに到着する。
巡回隊員に鉢合わせないよう注意しつつ、ひとまず書庫で待つ。
書庫は十間四方の広さがあり、石と木を組み合わせた天井も高い。
改めて壁の書棚を見上げれば、空位とともに編纂や収集が止まったのか、歯欠けになっている。
(実際、戦いと生活に手一杯で、研究や読書に勤しむ者は皆無だ)
本は重厚な判形が多い。毛羽立つ絨毯に落ちたものもあれば、綴じ紐が解けてばらばらになってしまったものもある。
薄闇に佇む、大きな背中を思い起こす。
(あの男は何か読んでいたのか? たださぼっていただけか)
彼のようにどれか手に取ってみる気にはならない。読み書きはあまり得意ではない。
かと言って剣の鍛錬をして足音や素振り音を聞きつけられても困ると、間を持て余す。
(いや。この暴風雪なら多少の物音は掻き消される。しかし前回、鍵の開く音に気づいたわけで……)
首を傾げていたら、重い扉が軋んだ。
「――俺だ。俺俺」
焦っているようで、まだのんびりした声が上がる。
死角に入って剣を突きつけてやったのだが。
一時休戦は無条件に継続ではない。
来訪者がエリセイであることを確認するや、素早く彼の手首を掴んで書庫内へ引き入れた。
(他にアナトリエの犬は……いないな)
周囲を窺う。エリセイが持ってくる返事が「手紙」である保証はない。たとえニキータ個人は好感触でも、アナトリエ家公子として剣を返す判断をするかもしれない。
次にエリセイに二心はないかと振り仰ぐと、首筋から血が出ていた。
(なっ、不用意な)
外套の襟を上まで留めていなかったらしい。ぶ厚い外套は、凍てついてしまう鎧代わりでもあるのに。自分が傷つけたのを棚に上げて眉を顰める。
エリセイも、傷をさすりつつ、こちらをじっと眺めてきた。
「元気になって何よりだが、可愛い顔して物騒だな」
「その言葉二度と言うな。わたしは二十歳の男だ」
反射的に剣先を突きつけ直す。
冷たい空気がさらに凍てついた。エリセイは「おっと地雷か」と両手を挙げる。
その手には、手紙が収まっていた。封蝋はアナトリエ家の紋章である、地平線に昇る太陽。
ニキータからの返事だ。
「遅くなってすまん。うちの手の掛かる坊っちゃんが、『文章におかしなところはないか』『字は読みにくくないか』って何回も読み直させるんでな」
「確かに預かった、……」
普段なら軽口には付き合わない。
だが、今のエリセイの物言い――ニキータの返事の内容を知っている。レクスが書き送った文章も承知の上だろう。
(確かめておきたい)
エリセイを上目遣いに見る。レクスが求める情報を持ち帰れそうな昂揚ゆえか、頬が熱い。
両頬の雀斑をぽんと叩き、鎮めてから尋ねた。
「ニキータ殿下に、脈はありそうか」
レクスが派閥の期待を背負うアルファであることは、敵方にも知られている。
彼の好意を受け入れるつもりがあるか、つまり遠回しにニキータがオメガかどうか探りを入れる。
「おっ、おまえさんも浮いた話に興味が……おいおい剣を下ろせ、話せるものも話せん」
エリセイの茶化し声に腹が立った。こちらは真剣なのに。
答えを聞くため、しぶしぶ制止を聞き入れる。
「相変わらず腕が立つなあ」
エリセイは手持ち角灯を絨毯に起き、近くの階段梯子に腰を下ろした。
気安い仕草と口調ながら、澄んだ緑眼はずっと、こちらが信用に足るか見極めている。
ニキータがオメガだった場合、それをほのめかすだけでも、主人の弱点を露呈するも同然だ。
(近衛騎士として当然のこと)
堂々と視線を受けていたら、やがてエリセイがからりと笑った。
「スフェンといったか。二度も単身でこっち方に接触したおまえさんの忠誠心を信じて、話そう」
忠誠心を信じて――?
胸が震える。この男、いちいちこちらの誇りをくすぐってきて、たちが悪い。
ふん、と鼻息を吐いて続きを促す。
「聖堂での合議以降、坊っちゃんがどうも上の空でな。鎌を掛けてみたらレクス……殿下が気になるとのことで」
「!」
「そういやあの事件、不自然だったよな。両方襲った真犯人は別にいそうじゃないか」
エリセイは、合議の議題に上がった事件まで掘り起こした。
確かに、証言は噛み合っていなかったが。
「もう決着したろう。それでニキータ殿下はどうされた?」
よみがえる義憤を抑え、脱線した話を本筋に戻す。
「そうそう、レクス殿下となら今までと違う形でイスを治められるんじゃないか、と感じたそうだ」
「ほう」
「だが話し合おうにも手段がない。と思いきや、そちらさんから手紙が届いた。ここぞと長い返事を書いた、ってわけだ」
(……ん?)
巧みに、個人の恋情でなく二家の関係という意味の答えに着地した。
この男、意外に守りが堅い。
(とはいえ、含みはある)
根気強く探ろう。今日のところはこれまで、と切り上げようとした。
だがエリセイに彼の隣をとんとんと示される。
「スフェンも座れ」
「……なぜ?」
ソコロフ城からは一日あれば行き来できる距離だ。足跡は横殴りの吹雪が消してくれる。
(ヴィトには少々無理させてしまうが。戻ったらいい地衣を食べさせてやろう)
前回エリセイに調子を狂わされたせいか、刻も部屋も決めていなかった。
行き違いを防ぐため午後早めに到着する。
巡回隊員に鉢合わせないよう注意しつつ、ひとまず書庫で待つ。
書庫は十間四方の広さがあり、石と木を組み合わせた天井も高い。
改めて壁の書棚を見上げれば、空位とともに編纂や収集が止まったのか、歯欠けになっている。
(実際、戦いと生活に手一杯で、研究や読書に勤しむ者は皆無だ)
本は重厚な判形が多い。毛羽立つ絨毯に落ちたものもあれば、綴じ紐が解けてばらばらになってしまったものもある。
薄闇に佇む、大きな背中を思い起こす。
(あの男は何か読んでいたのか? たださぼっていただけか)
彼のようにどれか手に取ってみる気にはならない。読み書きはあまり得意ではない。
かと言って剣の鍛錬をして足音や素振り音を聞きつけられても困ると、間を持て余す。
(いや。この暴風雪なら多少の物音は掻き消される。しかし前回、鍵の開く音に気づいたわけで……)
首を傾げていたら、重い扉が軋んだ。
「――俺だ。俺俺」
焦っているようで、まだのんびりした声が上がる。
死角に入って剣を突きつけてやったのだが。
一時休戦は無条件に継続ではない。
来訪者がエリセイであることを確認するや、素早く彼の手首を掴んで書庫内へ引き入れた。
(他にアナトリエの犬は……いないな)
周囲を窺う。エリセイが持ってくる返事が「手紙」である保証はない。たとえニキータ個人は好感触でも、アナトリエ家公子として剣を返す判断をするかもしれない。
次にエリセイに二心はないかと振り仰ぐと、首筋から血が出ていた。
(なっ、不用意な)
外套の襟を上まで留めていなかったらしい。ぶ厚い外套は、凍てついてしまう鎧代わりでもあるのに。自分が傷つけたのを棚に上げて眉を顰める。
エリセイも、傷をさすりつつ、こちらをじっと眺めてきた。
「元気になって何よりだが、可愛い顔して物騒だな」
「その言葉二度と言うな。わたしは二十歳の男だ」
反射的に剣先を突きつけ直す。
冷たい空気がさらに凍てついた。エリセイは「おっと地雷か」と両手を挙げる。
その手には、手紙が収まっていた。封蝋はアナトリエ家の紋章である、地平線に昇る太陽。
ニキータからの返事だ。
「遅くなってすまん。うちの手の掛かる坊っちゃんが、『文章におかしなところはないか』『字は読みにくくないか』って何回も読み直させるんでな」
「確かに預かった、……」
普段なら軽口には付き合わない。
だが、今のエリセイの物言い――ニキータの返事の内容を知っている。レクスが書き送った文章も承知の上だろう。
(確かめておきたい)
エリセイを上目遣いに見る。レクスが求める情報を持ち帰れそうな昂揚ゆえか、頬が熱い。
両頬の雀斑をぽんと叩き、鎮めてから尋ねた。
「ニキータ殿下に、脈はありそうか」
レクスが派閥の期待を背負うアルファであることは、敵方にも知られている。
彼の好意を受け入れるつもりがあるか、つまり遠回しにニキータがオメガかどうか探りを入れる。
「おっ、おまえさんも浮いた話に興味が……おいおい剣を下ろせ、話せるものも話せん」
エリセイの茶化し声に腹が立った。こちらは真剣なのに。
答えを聞くため、しぶしぶ制止を聞き入れる。
「相変わらず腕が立つなあ」
エリセイは手持ち角灯を絨毯に起き、近くの階段梯子に腰を下ろした。
気安い仕草と口調ながら、澄んだ緑眼はずっと、こちらが信用に足るか見極めている。
ニキータがオメガだった場合、それをほのめかすだけでも、主人の弱点を露呈するも同然だ。
(近衛騎士として当然のこと)
堂々と視線を受けていたら、やがてエリセイがからりと笑った。
「スフェンといったか。二度も単身でこっち方に接触したおまえさんの忠誠心を信じて、話そう」
忠誠心を信じて――?
胸が震える。この男、いちいちこちらの誇りをくすぐってきて、たちが悪い。
ふん、と鼻息を吐いて続きを促す。
「聖堂での合議以降、坊っちゃんがどうも上の空でな。鎌を掛けてみたらレクス……殿下が気になるとのことで」
「!」
「そういやあの事件、不自然だったよな。両方襲った真犯人は別にいそうじゃないか」
エリセイは、合議の議題に上がった事件まで掘り起こした。
確かに、証言は噛み合っていなかったが。
「もう決着したろう。それでニキータ殿下はどうされた?」
よみがえる義憤を抑え、脱線した話を本筋に戻す。
「そうそう、レクス殿下となら今までと違う形でイスを治められるんじゃないか、と感じたそうだ」
「ほう」
「だが話し合おうにも手段がない。と思いきや、そちらさんから手紙が届いた。ここぞと長い返事を書いた、ってわけだ」
(……ん?)
巧みに、個人の恋情でなく二家の関係という意味の答えに着地した。
この男、意外に守りが堅い。
(とはいえ、含みはある)
根気強く探ろう。今日のところはこれまで、と切り上げようとした。
だがエリセイに彼の隣をとんとんと示される。
「スフェンも座れ」
「……なぜ?」
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