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1 密令と敵騎士
6 敵らしからぬ騎士
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「……なぜ?」
「あー、」
エリセイは手を宙に彷徨わせ、言葉を探す様子だ。
「返事がほしいんだよ。で、次はまたおまえさんが返事を持って帰りたいだろ? お互い伝書鳩を続けるなら、俺たちも少し仲を深めておこう」
(何を言い出すかと思えば)
公子本人は自ら動けない。家名を背負い、どこへ行くにも護衛がつく。おおやけのやり取りは合議開催通知くらいである。
彼らのつながりは、自分たちにかかっている。
かと言って、突飛なことを持ち掛けてくるものだ。
任務に情は無用。却下だ。
「スフェンはアナトリエが嫌いだろ」
「……!」
しかしこう続けられ、言葉に詰まった。
未だ間合いを取っているのは、騎士としての警戒に留まらない。
彼がアナトリエの人間だから。
「ソコロフの者はみなそうだと思うが?」
切り返しながらも、胸がざわめく。
思い出してしまう。父を。
馴鹿を放牧させる馴鹿牧夫だった父は、アナトリエ派との戦いに駆り出されたきり、帰ってこなかった。
敵兵に殺されたのだ――弓や槍に当たって。
遺体はどこか雪の下深くに埋まっているだろう。父との記憶は、「精霊を宿す大地の子ども」と呼んで抱き締めてくれたひとつのみ。
「戦場で家族を亡くしたか。大変だったな」
「わかっているなら訊くな」
あっさり言い当てられるくらい、よくある話だ。
なのにらしくもなく感傷的になり、そっぽを向く。
「……っと」
その隙に腕を引っ張られ、並んで座らされた。
エリセイは満足げな顔だ。
階段梯子の幅が狭く、体温の高いエリセイと密着する形になる。
(暑い)
慰めにか、またも大きな手で背中をさすられ、居たたまれない。
「君はどうなんだ。主人がソコロフ家公子と交流することをどう思っている」
こちらだけ話すのは公平でないと、問い質す。
「同じイスの民だから、戦わないに越したことはないと思ってる」
エリセイは事もなげに開示した。
戦わない、だと?
恨みを否定しなかった自分と違い、平和志向らしい。
(アナトリエの人間がこういう考えの持ち主ばかりだったら――)
あり得ないことを夢想しかける。
実際はどちらの民も自分のような禍根を持ち、後戻りできないところまで来ている。
「だから坊っちゃんにもできる限り協力してやりたいんだが。スフェンの目から見て、レクスは坊っちゃんに見合う男か? 善王の面影があるってのは、そちらさん派の中小貴族のお世辞じゃあるまいな」
訂正、ただ失礼な男だ。敬称も抜け落ちている。
(わたしの主人を誰だと思っている)
怒気を隠さず返す。
「殿下は君の百倍思慮深く、かつ決断力のあるお方だ」
「ああ、うん。それより、女や他のオメガを食い散らかしてるとかの問題はないかって話」
……女や他のオメガ。
毒気を抜かれた。お互い目を見合わせる。
今のは――個人の恋情としても脈ありと明言したようなものでは? それともうひとつ。
「ニキータ殿下は、オメガなんだな」
「……」
妙な間ののち、エリセイは大きな身振りつきで言い訳し出した。
「心配なんだよ。坊っちゃんは九つ下の従弟で、おしめも替えてやったし、この顏の傷だって発情期の雄馴鹿の角につつかれそうになったのを守った痕だし、俺にとってもはや可愛い息子なんだ」
翻訳すると、こちらとは異なった方向ながら、主人たる公子に対して近衛騎士以上の想いがあるようだ。
(確かに合議中、後方で育ての親面していたな)
可愛い息子がはじめての恋、それもオメガの身でとなれば、一度はうまくくらましたのに墓穴を掘ってしまうのも無理はない。
彼の向こう傷を不名誉なものと決めつけていた謝意も込めて、
「我が主人は、御婦人方には礼儀正しいと評判だ。適齢期だが、他に婚約者や恋人がいるということもない。それと、わたしは義に篤く口が堅い」
と保証してやった。
みるみるエリセイの顏が晴れる。活き活きとした表情を浮かべれば、なかなか品のある好青年ではないか。
それもそのはず。ニキータの従兄ならば、家格の高い貴族だ。
念のため追加で訊く。
「君はアルファか?」
「……ああ、アルファだ」
エリセイは一転して、静かな声色で認めた。
王の資質があるとひけらかすためでなく――こちらの身の安全のために。
(そうだったのか)
気遣いに満ちた緑眼を覗き込む。
「わたしの体質を察していたろう。いかにもわたしはオメガだが、自律できる。発作中も君に迷惑をかけたりしない」
「いんや、半信半疑だった。その体質で近衛騎士に登用されるとは、よっぽど努力したんだな」
公平に告白すれば、エリセイはしきりに感心した。
(……ふん)
人並みに働くには当然と思って鍛錬してきたし、まだ満足していないが、少しだけ報われた気分になる。
それに前回、発作も疑われる中で、かなり騎士的対応をしてもらったようだ。
優しい抱き締め方を思い返す。
……いや、思い返すな。
「じゃあ、発作中だから雑談せず帰らせてもらう、とは言わないな?」
「その手があったか」
「待て待て」
慣れない扱いに、半ば照れ隠しで憎まれ口を叩いた。
アナトリエの人間と事務連絡以外の話をするのははじめてだが、やはりエリセイはアナトリエの人間らしくないように感じる。
(おかげで父の件とは切り分けて密令に当たれそうだ)
懇親としては充分過ぎるほど話した。エリセイもこれ以上は踏み込んでこない。
手紙の返事も受け取ったし、と席を立つ。
「またな」
エリセイはにかっと笑い、見送りの態だ。
「巡回に戻らないのか。そう言えば先日もさぼっていたな」
「個人的にし……ちょっと、やることがあるんだよ」
釘を刺してやると、ゆるんだ顔のエリセイがまた口をすべらせかけた。
(し?)
「あー、」
エリセイは手を宙に彷徨わせ、言葉を探す様子だ。
「返事がほしいんだよ。で、次はまたおまえさんが返事を持って帰りたいだろ? お互い伝書鳩を続けるなら、俺たちも少し仲を深めておこう」
(何を言い出すかと思えば)
公子本人は自ら動けない。家名を背負い、どこへ行くにも護衛がつく。おおやけのやり取りは合議開催通知くらいである。
彼らのつながりは、自分たちにかかっている。
かと言って、突飛なことを持ち掛けてくるものだ。
任務に情は無用。却下だ。
「スフェンはアナトリエが嫌いだろ」
「……!」
しかしこう続けられ、言葉に詰まった。
未だ間合いを取っているのは、騎士としての警戒に留まらない。
彼がアナトリエの人間だから。
「ソコロフの者はみなそうだと思うが?」
切り返しながらも、胸がざわめく。
思い出してしまう。父を。
馴鹿を放牧させる馴鹿牧夫だった父は、アナトリエ派との戦いに駆り出されたきり、帰ってこなかった。
敵兵に殺されたのだ――弓や槍に当たって。
遺体はどこか雪の下深くに埋まっているだろう。父との記憶は、「精霊を宿す大地の子ども」と呼んで抱き締めてくれたひとつのみ。
「戦場で家族を亡くしたか。大変だったな」
「わかっているなら訊くな」
あっさり言い当てられるくらい、よくある話だ。
なのにらしくもなく感傷的になり、そっぽを向く。
「……っと」
その隙に腕を引っ張られ、並んで座らされた。
エリセイは満足げな顔だ。
階段梯子の幅が狭く、体温の高いエリセイと密着する形になる。
(暑い)
慰めにか、またも大きな手で背中をさすられ、居たたまれない。
「君はどうなんだ。主人がソコロフ家公子と交流することをどう思っている」
こちらだけ話すのは公平でないと、問い質す。
「同じイスの民だから、戦わないに越したことはないと思ってる」
エリセイは事もなげに開示した。
戦わない、だと?
恨みを否定しなかった自分と違い、平和志向らしい。
(アナトリエの人間がこういう考えの持ち主ばかりだったら――)
あり得ないことを夢想しかける。
実際はどちらの民も自分のような禍根を持ち、後戻りできないところまで来ている。
「だから坊っちゃんにもできる限り協力してやりたいんだが。スフェンの目から見て、レクスは坊っちゃんに見合う男か? 善王の面影があるってのは、そちらさん派の中小貴族のお世辞じゃあるまいな」
訂正、ただ失礼な男だ。敬称も抜け落ちている。
(わたしの主人を誰だと思っている)
怒気を隠さず返す。
「殿下は君の百倍思慮深く、かつ決断力のあるお方だ」
「ああ、うん。それより、女や他のオメガを食い散らかしてるとかの問題はないかって話」
……女や他のオメガ。
毒気を抜かれた。お互い目を見合わせる。
今のは――個人の恋情としても脈ありと明言したようなものでは? それともうひとつ。
「ニキータ殿下は、オメガなんだな」
「……」
妙な間ののち、エリセイは大きな身振りつきで言い訳し出した。
「心配なんだよ。坊っちゃんは九つ下の従弟で、おしめも替えてやったし、この顏の傷だって発情期の雄馴鹿の角につつかれそうになったのを守った痕だし、俺にとってもはや可愛い息子なんだ」
翻訳すると、こちらとは異なった方向ながら、主人たる公子に対して近衛騎士以上の想いがあるようだ。
(確かに合議中、後方で育ての親面していたな)
可愛い息子がはじめての恋、それもオメガの身でとなれば、一度はうまくくらましたのに墓穴を掘ってしまうのも無理はない。
彼の向こう傷を不名誉なものと決めつけていた謝意も込めて、
「我が主人は、御婦人方には礼儀正しいと評判だ。適齢期だが、他に婚約者や恋人がいるということもない。それと、わたしは義に篤く口が堅い」
と保証してやった。
みるみるエリセイの顏が晴れる。活き活きとした表情を浮かべれば、なかなか品のある好青年ではないか。
それもそのはず。ニキータの従兄ならば、家格の高い貴族だ。
念のため追加で訊く。
「君はアルファか?」
「……ああ、アルファだ」
エリセイは一転して、静かな声色で認めた。
王の資質があるとひけらかすためでなく――こちらの身の安全のために。
(そうだったのか)
気遣いに満ちた緑眼を覗き込む。
「わたしの体質を察していたろう。いかにもわたしはオメガだが、自律できる。発作中も君に迷惑をかけたりしない」
「いんや、半信半疑だった。その体質で近衛騎士に登用されるとは、よっぽど努力したんだな」
公平に告白すれば、エリセイはしきりに感心した。
(……ふん)
人並みに働くには当然と思って鍛錬してきたし、まだ満足していないが、少しだけ報われた気分になる。
それに前回、発作も疑われる中で、かなり騎士的対応をしてもらったようだ。
優しい抱き締め方を思い返す。
……いや、思い返すな。
「じゃあ、発作中だから雑談せず帰らせてもらう、とは言わないな?」
「その手があったか」
「待て待て」
慣れない扱いに、半ば照れ隠しで憎まれ口を叩いた。
アナトリエの人間と事務連絡以外の話をするのははじめてだが、やはりエリセイはアナトリエの人間らしくないように感じる。
(おかげで父の件とは切り分けて密令に当たれそうだ)
懇親としては充分過ぎるほど話した。エリセイもこれ以上は踏み込んでこない。
手紙の返事も受け取ったし、と席を立つ。
「またな」
エリセイはにかっと笑い、見送りの態だ。
「巡回に戻らないのか。そう言えば先日もさぼっていたな」
「個人的にし……ちょっと、やることがあるんだよ」
釘を刺してやると、ゆるんだ顔のエリセイがまた口をすべらせかけた。
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