ヒールオメガは敵騎士の腕の中~平民上がりの癒し手は、王の器に密かに溺愛される

七角@書籍化進行中!

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1 密令と敵騎士

7 二家の敵対の理由

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 これはソコロフとアナトリエの、レクスとニキータの、そして自分とエリセイの駆け引きである。有利に越したことはない。
 白い外套の裾を払って座り直す。

「お互い伝書鳩として隠しごとは極力減らしたい。何か企みがあるなら話せ」
「そうきたか。別に企みでもなんでもないが」

 彼の物言いを真似すれば、エリセイは頬の傷痕を指で掻いた。単に言いたくないだけか。

(なおさら言え)

 無言の圧に押されたエリセイが、「わかったわかった」と弁明する。

「もともとは、古い法でも伝承でも、坊っちゃんがそちらさんと連絡を取る口実を探してたんだ。王城の書庫は文献や史料がまだ残ってるほうだからな」
「これでか」
「うん。幸い、こうして手紙を交換できることになったが、障壁はまだある。何せソコロフとアナトリエだ。じゃあ、俺たちはなぜ争ってる?」
「なぜって、王位をめぐってだろう」

 ソコロフとアナトリエの敵対の理由。
 何を自明のことを、と即答した。
 しかしエリセイは含みありげに声を潜める。

「と、みんな思ってるが。当の百年前のアナトリエ公子は、『勝利を収められるなら王位は要らない』と言ってたんだ」
「王位は、要らない?」
「ああ。うちの城の、ほぼ倉庫な書庫を漁って見つけた日記の一文だから確かだ」

 彼はさぼっては本を読み漁る、奇妙な習慣の持ち主のようだ。

「つまり、玉座を擲っても手に入れたい何かのために争ったんじゃないか」

 玉座を擲っても手に入れたい何か――。
 息を呑む。もしそれが事実なら、自分たち騎士が命懸けで戦う理由の根幹が揺らぐ。父だって命を失わずに済んだかもしれない。

 俄かには受け入れられない。
 だが、エリセイの緑眼は一切の濁りがない。

「坊っちゃんのためはもちろん、俺は俺が何を守ってるのか、何のために剣を振るうのか知っておきたいんだ。そうでないといざというとき剣筋が鈍るし、本当に守るべきものを守れないから」

 白い息を吐くエリセイの横顔に、目が吸い寄せられる。
 覇気がないとはもう思わない。単純な平和志向でもなかった。
 漫然とは戦わないだけ。

「何か、とは……」
「それを調べてる。王にまつわる伝承と照らし合わせるにも、この有り様だろ。かろうじて口伝えされてるのは『慈悲深き王の子どもたち、互いに癒し合い、豊かな大地を愛し栄えよ』くらいだし」
「それと、『善き王は末永く精霊界で暮らした』か」

 この「慈悲深き王」「善き王」が、アルファだったと言われている。

(イスでは、「精霊界」は死んだ人間が向かう世界という認識だが、詳細は不明だ)

 眉を顰めていたら、エリセイが立ち上がった。凝った腰をぱきぱき鳴らしながら、書棚を見上げる。

「とにかく、その『何か』を突き止めて、分け合うなり発掘するなりして戦う必要がなくなれば、俺も坊っちゃんもイスの民も願ってもない。一緒に調べるか?」
「……遠慮しておく」

 この誘いには首を振った。読み書きは苦手だし、思考も感情もすぐには整理がつかない。

 生まれたときから戦うのは当たり前で、戦いが終わるとしたら、アナトリエ派を打ち倒したレクスの戴冠によってだと、信じてきたのだ。
 それが、レクスは敵方のニキータに運命を感じ、自分は敵方の近衛騎士とともに密令を担うことになった。

(数か月前の自分には想像もできまい)

 初恋は叶わずとも、忠誠を誓った主人に貢献する――正直、今はそれで手一杯だ。
 調査まで手が回らない。

「そうか」

 エリセイはしゅんと眉を下げつつも、無理強いはしてこなかった。

「なら次は五日後、同じ場所同じ刻でどうだ? うちの巡回隊は七日交替だから、アナトリエ領に帰る前だと助かる」
「ああ」
「スフェンは今日手紙を受け取るためだけに来たんだろ。気をつけて帰れよ。馴鹿の精霊の加護あらん」

 さらには跪き、馴鹿革の靴を大きな手で撫でてくる。
 気をつけてなど、誰に向かって言っているのか。狼狽を気取られたか?

 それでいてこちらが書庫を出る間際には、
「あれ、血が止まってる。と言うか傷が塞がってる……?」
 などと独りごちていた。どうも掴みきれない。

 廊下の燭火が揺れる。
 書庫の扉には、かつて精霊界との垣根がなかった時代にイスに在ったという、精霊たちが彫られている。
 真ん中の人型の精霊と目が合った気がした。
……錯覚だろう。

 巡回隊のソリとは違うところにつないでいる相棒のもとへ向かう。
 靴が視界に入るや、じわじわ頬が熱くなった。

(まったく、何なんだあの男は)

 ふとしたとき、レクスともまた違う尊重の仕方が思い出される。だが怠け者で奇怪。
 アナトリエらしくない。その実、アナトリエの貴族。
 根拠もなく「仲良くなれそう」とのたまった。二か月経て、仲を深めざるを得ない状況に持ち込まれた。
 印象が定まらないが、密令のためには彼とうまくやっていくしかなさそうだ。

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