8 / 37
1 密令と敵騎士
7 二家の敵対の理由
しおりを挟む
これはソコロフとアナトリエの、レクスとニキータの、そして自分とエリセイの駆け引きである。有利に越したことはない。
白い外套の裾を払って座り直す。
「お互い伝書鳩として隠しごとは極力減らしたい。何か企みがあるなら話せ」
「そうきたか。別に企みでもなんでもないが」
彼の物言いを真似すれば、エリセイは頬の傷痕を指で掻いた。単に言いたくないだけか。
(なおさら言え)
無言の圧に押されたエリセイが、「わかったわかった」と弁明する。
「もともとは、古い法でも伝承でも、坊っちゃんがそちらさんと連絡を取る口実を探してたんだ。王城の書庫は文献や史料がまだ残ってるほうだからな」
「これでか」
「うん。幸い、こうして手紙を交換できることになったが、障壁はまだある。何せソコロフとアナトリエだ。じゃあ、俺たちはなぜ争ってる?」
「なぜって、王位をめぐってだろう」
ソコロフとアナトリエの敵対の理由。
何を自明のことを、と即答した。
しかしエリセイは含みありげに声を潜める。
「と、みんな思ってるが。当の百年前のアナトリエ公子は、『勝利を収められるなら王位は要らない』と言ってたんだ」
「王位は、要らない?」
「ああ。うちの城の、ほぼ倉庫な書庫を漁って見つけた日記の一文だから確かだ」
彼はさぼっては本を読み漁る、奇妙な習慣の持ち主のようだ。
「つまり、玉座を擲っても手に入れたい何かのために争ったんじゃないか」
玉座を擲っても手に入れたい何か――。
息を呑む。もしそれが事実なら、自分たち騎士が命懸けで戦う理由の根幹が揺らぐ。父だって命を失わずに済んだかもしれない。
俄かには受け入れられない。
だが、エリセイの緑眼は一切の濁りがない。
「坊っちゃんのためはもちろん、俺は俺が何を守ってるのか、何のために剣を振るうのか知っておきたいんだ。そうでないといざというとき剣筋が鈍るし、本当に守るべきものを守れないから」
白い息を吐くエリセイの横顔に、目が吸い寄せられる。
覇気がないとはもう思わない。単純な平和志向でもなかった。
漫然とは戦わないだけ。
「何か、とは……」
「それを調べてる。王にまつわる伝承と照らし合わせるにも、この有り様だろ。かろうじて口伝えされてるのは『慈悲深き王の子どもたち、互いに癒し合い、豊かな大地を愛し栄えよ』くらいだし」
「それと、『善き王は末永く精霊界で暮らした』か」
この「慈悲深き王」「善き王」が、アルファだったと言われている。
(イスでは、「精霊界」は死んだ人間が向かう世界という認識だが、詳細は不明だ)
眉を顰めていたら、エリセイが立ち上がった。凝った腰をぱきぱき鳴らしながら、書棚を見上げる。
「とにかく、その『何か』を突き止めて、分け合うなり発掘するなりして戦う必要がなくなれば、俺も坊っちゃんもイスの民も願ってもない。一緒に調べるか?」
「……遠慮しておく」
この誘いには首を振った。読み書きは苦手だし、思考も感情もすぐには整理がつかない。
生まれたときから戦うのは当たり前で、戦いが終わるとしたら、アナトリエ派を打ち倒したレクスの戴冠によってだと、信じてきたのだ。
それが、レクスは敵方のニキータに運命を感じ、自分は敵方の近衛騎士とともに密令を担うことになった。
(数か月前の自分には想像もできまい)
初恋は叶わずとも、忠誠を誓った主人に貢献する――正直、今はそれで手一杯だ。
調査まで手が回らない。
「そうか」
エリセイはしゅんと眉を下げつつも、無理強いはしてこなかった。
「なら次は五日後、同じ場所同じ刻でどうだ? うちの巡回隊は七日交替だから、アナトリエ領に帰る前だと助かる」
「ああ」
「スフェンは今日手紙を受け取るためだけに来たんだろ。気をつけて帰れよ。馴鹿の精霊の加護あらん」
さらには跪き、馴鹿革の靴を大きな手で撫でてくる。
気をつけてなど、誰に向かって言っているのか。狼狽を気取られたか?
それでいてこちらが書庫を出る間際には、
「あれ、血が止まってる。と言うか傷が塞がってる……?」
などと独りごちていた。どうも掴みきれない。
廊下の燭火が揺れる。
書庫の扉には、かつて精霊界との垣根がなかった時代にイスに在ったという、精霊たちが彫られている。
真ん中の人型の精霊と目が合った気がした。
……錯覚だろう。
巡回隊のソリとは違うところにつないでいる相棒のもとへ向かう。
靴が視界に入るや、じわじわ頬が熱くなった。
(まったく、何なんだあの男は)
ふとしたとき、レクスともまた違う尊重の仕方が思い出される。だが怠け者で奇怪。
アナトリエらしくない。その実、アナトリエの貴族。
根拠もなく「仲良くなれそう」とのたまった。二か月経て、仲を深めざるを得ない状況に持ち込まれた。
印象が定まらないが、密令のためには彼とうまくやっていくしかなさそうだ。
白い外套の裾を払って座り直す。
「お互い伝書鳩として隠しごとは極力減らしたい。何か企みがあるなら話せ」
「そうきたか。別に企みでもなんでもないが」
彼の物言いを真似すれば、エリセイは頬の傷痕を指で掻いた。単に言いたくないだけか。
(なおさら言え)
無言の圧に押されたエリセイが、「わかったわかった」と弁明する。
「もともとは、古い法でも伝承でも、坊っちゃんがそちらさんと連絡を取る口実を探してたんだ。王城の書庫は文献や史料がまだ残ってるほうだからな」
「これでか」
「うん。幸い、こうして手紙を交換できることになったが、障壁はまだある。何せソコロフとアナトリエだ。じゃあ、俺たちはなぜ争ってる?」
「なぜって、王位をめぐってだろう」
ソコロフとアナトリエの敵対の理由。
何を自明のことを、と即答した。
しかしエリセイは含みありげに声を潜める。
「と、みんな思ってるが。当の百年前のアナトリエ公子は、『勝利を収められるなら王位は要らない』と言ってたんだ」
「王位は、要らない?」
「ああ。うちの城の、ほぼ倉庫な書庫を漁って見つけた日記の一文だから確かだ」
彼はさぼっては本を読み漁る、奇妙な習慣の持ち主のようだ。
「つまり、玉座を擲っても手に入れたい何かのために争ったんじゃないか」
玉座を擲っても手に入れたい何か――。
息を呑む。もしそれが事実なら、自分たち騎士が命懸けで戦う理由の根幹が揺らぐ。父だって命を失わずに済んだかもしれない。
俄かには受け入れられない。
だが、エリセイの緑眼は一切の濁りがない。
「坊っちゃんのためはもちろん、俺は俺が何を守ってるのか、何のために剣を振るうのか知っておきたいんだ。そうでないといざというとき剣筋が鈍るし、本当に守るべきものを守れないから」
白い息を吐くエリセイの横顔に、目が吸い寄せられる。
覇気がないとはもう思わない。単純な平和志向でもなかった。
漫然とは戦わないだけ。
「何か、とは……」
「それを調べてる。王にまつわる伝承と照らし合わせるにも、この有り様だろ。かろうじて口伝えされてるのは『慈悲深き王の子どもたち、互いに癒し合い、豊かな大地を愛し栄えよ』くらいだし」
「それと、『善き王は末永く精霊界で暮らした』か」
この「慈悲深き王」「善き王」が、アルファだったと言われている。
(イスでは、「精霊界」は死んだ人間が向かう世界という認識だが、詳細は不明だ)
眉を顰めていたら、エリセイが立ち上がった。凝った腰をぱきぱき鳴らしながら、書棚を見上げる。
「とにかく、その『何か』を突き止めて、分け合うなり発掘するなりして戦う必要がなくなれば、俺も坊っちゃんもイスの民も願ってもない。一緒に調べるか?」
「……遠慮しておく」
この誘いには首を振った。読み書きは苦手だし、思考も感情もすぐには整理がつかない。
生まれたときから戦うのは当たり前で、戦いが終わるとしたら、アナトリエ派を打ち倒したレクスの戴冠によってだと、信じてきたのだ。
それが、レクスは敵方のニキータに運命を感じ、自分は敵方の近衛騎士とともに密令を担うことになった。
(数か月前の自分には想像もできまい)
初恋は叶わずとも、忠誠を誓った主人に貢献する――正直、今はそれで手一杯だ。
調査まで手が回らない。
「そうか」
エリセイはしゅんと眉を下げつつも、無理強いはしてこなかった。
「なら次は五日後、同じ場所同じ刻でどうだ? うちの巡回隊は七日交替だから、アナトリエ領に帰る前だと助かる」
「ああ」
「スフェンは今日手紙を受け取るためだけに来たんだろ。気をつけて帰れよ。馴鹿の精霊の加護あらん」
さらには跪き、馴鹿革の靴を大きな手で撫でてくる。
気をつけてなど、誰に向かって言っているのか。狼狽を気取られたか?
それでいてこちらが書庫を出る間際には、
「あれ、血が止まってる。と言うか傷が塞がってる……?」
などと独りごちていた。どうも掴みきれない。
廊下の燭火が揺れる。
書庫の扉には、かつて精霊界との垣根がなかった時代にイスに在ったという、精霊たちが彫られている。
真ん中の人型の精霊と目が合った気がした。
……錯覚だろう。
巡回隊のソリとは違うところにつないでいる相棒のもとへ向かう。
靴が視界に入るや、じわじわ頬が熱くなった。
(まったく、何なんだあの男は)
ふとしたとき、レクスともまた違う尊重の仕方が思い出される。だが怠け者で奇怪。
アナトリエらしくない。その実、アナトリエの貴族。
根拠もなく「仲良くなれそう」とのたまった。二か月経て、仲を深めざるを得ない状況に持ち込まれた。
印象が定まらないが、密令のためには彼とうまくやっていくしかなさそうだ。
16
あなたにおすすめの小説
恵方巻を食べてオメガになるはずが、氷の騎士団長様に胃袋を掴まれ溺愛されています
水凪しおん
BL
「俺はベータだ。けれど、クラウス様の隣に立ちたい」
王城の厨房で働く地味な料理人ルエンは、近衛騎士団長のクラウスに叶わぬ恋をしていた。身分も属性も違う自分には、彼との未来などない。そう諦めかけていたある日、ルエンは「伝説の恵方巻を食べればオメガになれる」という噂を耳にする。
一縷の望みをかけ、ルエンは危険な食材探しの旅へ! しかし、なぜかその旅先にはいつもクラウスの姿があって……?
勘違いから始まる、ベータ料理人×氷の騎士団長の胃袋攻略ラブファンタジー!
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる
ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。
・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。
・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。
・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
抑制剤の効かない薬師オメガは森に隠れる。最強騎士団長に見つかり、聖なるフェロモンで理性を溶かされ、国を捨てた逃避行の果てに番となる
水凪しおん
BL
「この香りを嗅いだ瞬間、俺の本能は二つに引き裂かれた」
人里離れた森で暮らす薬師のエリアルは、抑制剤が効かない特異体質のオメガ。彼から放たれるフェロモンは万病を癒やす聖なる力を持つが、同時に理性を失わせる劇薬でもあった。
ある日、流行り病の特効薬を求めて森を訪れた最強の騎士団長・ジークフリートに見つかってしまう。エリアルの香りに強烈に反応しながらも、鋼の理性で耐え抜くジークフリート。
「俺が、貴方の剣となり盾となる」
国を救うための道具として狙われるエリアルを守るため、最強の騎士は地位も名誉も投げ捨て、国を敵に回す逃避行へと旅立つ。
シリアスから始まり、最後は辺境での幸せなスローライフへ。一途な騎士と健気な薬師の、運命のBLファンタジー。
憎くて恋しい君にだけは、絶対会いたくなかったのに。
Q矢(Q.➽)
BL
愛する人達を守る為に、俺は戦いに出たのに。
満身創痍ながらも生き残り、帰還してみれば、とっくの昔に彼は俺を諦めていたらしい。
よし、じゃあ、もう死のうかな…から始まる転生物語。
愛しすぎて愛が枯渇してしまった俺は、もう誰も愛する気力は無い。
だから生まれ変わっても君には会いたく無いって願ったんだ。
それなのに転生先にはまんまと彼が。
でも、どっち?
判別のつかないままの二人の彼の愛と執着に溺死寸前の主人公君。
今世は幸せになりに来ました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる