ヒールオメガは敵騎士の腕の中~平民上がりの癒し手は、王の器に密かに溺愛される

七角

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2 融け、積もりゆく心

1 のらくら騎士の掌の上

 ソコロフ家に仕える近衛騎士のほとんどがソコロフ城に住む中、自分は城下の自宅から通っている。
 一般の騎士が多く住む一帯で、騎士団に入るとともに故郷の村から引っ越してきた。

 石造りの城と違い、木造の一軒家だ。
 半地下に貯蔵庫をつくって床を上げ、二重扉や窓に革布カーテンを吊り、暖炉に薪をくべれば、充分寒さをしのげる。

「父さん母さん、行って参ります」

 務めに出るときはいつも、五年前父のもとへ旅立った母の形見である厨子を持ち出す。
 精霊王を祀るべく、親指大の人型像と、それを包む丸屋根の筒を、木から削り出したもの。
 自分にとってはお守りだ。

(戦場で弓や槍に当たらないのは、これの加護な気がする)

 今日は、エリセイとの約束の日だ。
 昨夜のうちにレクスから手紙を預かってある。騎士の詰所には寄らず、王城へ直行する。

「行こう、ヴィト」

 暴風雪地域に入るまでは、白樺林を進んだ。
 騎士用の外套が白く、風除けの毛皮帽子も白、相棒のヴィトも白毛のため、目立ちにくい。

 ソコロフ派の貴族が運営を任されている所領を通っていく。兎用の罠を仕掛ける女性、凍った泉で滑氷スケート競争に興じる子どもたちを遠くに見た。

(毎冬の風景だ)

 イスの民は、滑雪スキーや滑氷、罠を駆使し、狩りをして生活する。
 獲物の肉を食べ、毛皮を纏う。骨は武器に、革は鎧にも活用する。
 雪も二大貴族の戦いも日常化しており、みなあるもので工夫して生きているのだ。

(わたしがこの戦いを終わらせるかもしれない手紙を運んでいると知ったら、彼らはどう思うだろう)

 自分たちの領主の勝利でないと納得しないか。
 民はそれだけたくさんのものを失った。大切な人、住み慣れた家、豊かな地……。

(いけない。切り替えねば)

 領境のプナイネン領に差し掛かる。
 ほどなく敵方のエリセイに会うのだからと、前回から引き摺っている胸のつかえは、強まる吹雪に塗り込めた。



 今回は刻も指定したのに、書庫でまたも待ちぼうけを食らう。

「あー、合図決めてなかった。俺だ、俺だって」

 ようやく現れたエリセイは、巡回隊の控室から廊下を辿ってくるだけのはずが、靴に雪がついていた。
 遅刻を咎める剣を下ろし、小声で尋ねる。

「何か異状があってアナトリエ城へ戻っていたのか?」

 状況は日々変化する。
 二通目だからといって、レクス直筆の手紙を簡単には渡せない。指先に力がこもる。

「いんや。窓の向こうに可愛い白毛の馴鹿がたまたま見えたんで、ちょっともふってた」

 もふっていた、だと?
 そんな理由で大事な約束に遅れるなんて。緊張感がなさ過ぎて、怒る気が失せた。

「わたしの馴鹿に何をする」

 とはいえ聞き捨てもならず、じとりと睨み上げる。立っているとだいぶ見上げる形になる。

「へえ、スフェンの相棒か。どうりで癒されるし、かわ……が立派なわけだ」
「はあ?」
「俺以外の目には雪に紛れて見分けられないから安心しな。おまえさんの可……、アレが、台無しな目してないで」

 エリセイは悪びれない。しかもまた「可愛い」と言い掛けた。
 ますます睨みを利かせてやる。

(冬毛の馴鹿の触り心地は最高ではあるが――ん?)

 そこでふと、合議のときのレクスの機転が思い起こされた。

「まさか、本当に聖堂の馴鹿舎で居眠りしていたのではあるまいな」
「おっ? どうして知ってるんだ。貴族に贅沢に手入れされた毛皮をもふらせてもらううちについ、な」

 当たってほしくない推理が的中し、さすがに頭がくらりとした。馴鹿牧夫でもないのに何をしている。

「それでよく近衛騎士になれたものだ」
「公子と親戚で幼馴染のよしみだろ。うちの坊っちゃんは頭の回転が早いぶん、なかなか人を信用できない。いちばん遊んでやった俺がいちばん懐かれてる」

 エリセイは皮肉とも知らず、胸を張った。

(この無駄話も、彼の「遊び」の一種か?)

 目的の手紙を出せとすら言わない。むしろもっと話したいとばかりに、いそいそ階段梯子に座り、大きな手で手招きしてくる。
 それでいて無視したらしたで、

「おまえさんを殺す気があったらとっくに殺してるよ」

 と真理をつく。

(この男……)

 その一言の前後で笑顔の種類が変わらないのが、必須ならば会話の延長で命を奪うこともできる、と示していた。強いから呑気にしていられるのだ。
 今のところは、殺気を向けられていない。

(引き出せる情報は引き出しておこう)

 そう理由をつけ、別の階段梯子を椅子代わりにした。
 エリセイは残念そうな顏になったが、暑苦しい彼に密着する必要性はない。
 それに、彼に主導権を握られがちなのも悔しい。こちらからひとつ仕掛けてみる。

「君のソコロフへの敵意が薄いのは、昔からなのか」
「遺伝かな。俺の父もアルファにあるまじき鷹揚さで、近衛騎士だがこれといった戦功がないんだ」

 気取らない声が返ってきた。のらりくらりしている自覚があったらしい。
 血筋かと得心しかけて、別の可能性が閃く。

「父君も百年前のアナトリエ公子の日記を見たのでは?」

 日記はエリセイの居城にあったと言っていた。目を通した結果、エリセイと同じくソコロフ派との戦いに疑問を抱いてもおかしくない。
 しかし、「どうだか」とかわされた。肝心なことは一度では明かさない男だ。

「父に威厳がないために、公位は坊っちゃんが継ぐものってうちの連中はみな思ってるくらいさ。俺も傍系ながら継承権があるのに」

 と思うと、てらわず笑う。
 その横顔に目線のみ向ける。

 それは、ニキータの権利を脅かさないよう怠け騎士を演じている、とも言えるのではないか。真意を量り始めたらきりがないが。

「まあ、おかげで権謀術数に巻き込まれることもない。家や昔からの所領を守るにはちょうどいいんだよ」
「百歩譲ってそうだとしておこう」

 肩を竦めた。エリセイと組む上で、侮らず買い被らずの対応がちょうどいい。
 ともあれ、異状はなさそうだ。

「受け取れ」

 本題を忘れるなと、腕を伸ばして手紙を渡す。
 エリセイは息子・・の婚約者をじろじろ見定めるみたいな表情で手紙を確認したのち、また胸板に押しつけるようにして仕舞った。

「……なんか不思議なんだよなあ」
「? それで、史料調査のほうは進んだのか? 五日もあったことだし」

 ついでに、もうひとつの取り組みの進捗も問う。
 途端、エリセイが大げさに両腕を広げた。

「あのなあ、この書庫の広さに対して俺一人だぞ。長い空位に戦いの形骸化を感じる者が他にもいたとて、大っぴらに言うのは憚られるから、誰も巻き込めないし」
「わたしには戦う必要がなくなればよいと話し、調査を手伝わせようとしたのに?」

 百年前のアナトリエ公子が書き残した一文。
 思いがけず打ち明けられたことで、どれだけ悩まされたか。

 実は前回ソコロフ領に帰った後、「王位を擲っても手に入れたい何か」なんてあるはずがない、エリセイの思い違いだと一度は結論づけた。

『……待て。立場より大事なものがあるということか』

 しかし夜中寝つけずに厨子の像を眺めていたとき、まさに今のレクスの状況に似ていると思い至り、一蹴できずじまいである。
 その苦情も兼ねて、言葉じりを捕らえる。

「そりゃスフェンだから。口が堅くて信用できる騎士だろ」
「……わたしにしか話していないのか」
「ああ、おまえさんだけだ」

 だが率直に返され、気勢をそがれた。
 視線が突き刺さり、頬が火照る。この男とはとことん相性がよくない。

 気持ちを落ち着かせるため、立ち上がって彼の正面、ただしぴったり間合いの外に立った。

「致し方ない。今日は少し手伝おう」

 エリセイも腰を上げる。心から楽しげに。
 見下ろされる恰好になり、何となくむっとしつつも、どの棚を見ていけばよいか指示を仰いだ。

「この辺」

 ざっくり手で囲われる。

(非効率……)

 そんな単語が頭を過ぎったものの、あくまで手伝いなので気に留めないことにした。

 埃を被った本を数冊棚から引き抜き、エリセイが持参した角灯のもとに抱えていく。
 淡い光を頼りに、羊皮紙に手書きで記された文章を、つっかえつっかえ目で追う。

(ふむ、ふむ?)

 物語調の本は、伝承か創作か判断がつかない。
 王の日記かと思いきや、ひたすら家臣の愚痴を連ねたものもある。免職の根拠の記録用か。
(客観的に歴史を書き残した史料はないのか……)

「スフェン! 面白いのを見つけた」
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