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3 密会計画とヒールオメガ
2 百年前の真実
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「『×××年の夏、若き[アルファ]であったソコロフ家公子とアナトリエ家公子が、同じ一人の[オメガ]に求婚した』。おっ、王位じゃないものを取り合ってたなら、うちの書庫にあった日記とも辻褄が合うな。意外と浮いた話かもしれん」
エリセイは文章を読むのが早いが、音読してくれるのでついていける。
果たしてエリセイの推理は当たっているのか。
もし「王位」でなく「恋」をめぐる話なら、主人に貢献する意味でも、自覚したものを律するためにも、以前より興味が引かれる。
「『オメガの公子の家格は二大家に比べれば高くないが、「精霊王を宿す」と称されるほど魅力的な人物であった』か」
エリセイの顔がうっとりゆるんだ。
数々の加護を授ける一方、可愛らしい悪戯もする精霊たちの王に喩えられるとなると、気品と親しみを併せ持ち、恋せずにはいられないオメガだったに違いない。
(わたしとは違う。……いや、わたしはそもそも貴族でさえない)
無意識に自分と比べ、慌てて否定する。百年前の人間に引け目を感じてどうする。
「『オメガはどちらも丁重に断った』、『二大家の公子は承服せず』、『戦いにて勝利を収めたほうがそのオメガを得ると取り決めた』だと? 一気に雲行きが怪しくなったぞ」
エリセイは飛ばし飛ばしで要点を拾っていった。
オメガの意思が尊重されないのは今も昔も同じか。義憤まじりの溜め息を吐く。
「『戦いはさながら王位争いの様相となり』、『終息したと思いきやオメガの身柄を奪還すべく再開が繰り返され』……、『民や地が傷つくことを憂いたオメガは、四季がひとめぐりする前に、自死でもって戦いを終わらせることにした』」
最悪の展開に、エリセイが唇を引き結ぶ。
近衛騎士として、公子の命を守れなかった痛恨を自分ごとのように感じてしまうのだ。自分も同じ気持ちだった。
浮いた話どころか、冷気が重くわだかまる。
後悔ゆえ筆を執ったという記録者の文字も、だいぶ乱れていた。
書はまだ続いている。音読を再開する。
「『しかし、オメガの死の原因は相手にあると恨み合い、むしろ戦いは激化した。地は荒れ果て、直す民も耕す民もない』」
自らを犠牲にしたオメガの葬送もままならなかった、とあるのを横目に見る。
「『×××年の冬、子を窘めんと介入したアナトリエ公にして当代王、そして王に匹敵する力を唯一持つソコロフ公もが相次いで戦死した』?」
「!」
「『王の死を受け、戦いの勝者が新たな王位に即くとされたが、二大家の公子は決闘の末、相討ちとなってしまった』。そういうことだったのか」
王に続き、公子まで。明らかになった決闘の経緯は、何とも辛い。
「『なおも彼らのきょうだいが戦い、決着がつかぬまま幾度も冬が過ぎた。イスは完全に二分され、冬は長く厳しくなり、王城は風雪に閉ざされ始めている』」
「他家から王を出して仲裁することはできなかったのか?」
やるせなさいっぱいで呟いた。歴史は覆らないが、言わずにいられない。
二重扉を開けたときと一転して消沈するエリセイは、ゆるゆる首を振った。
「当代王すら戦死したとなると、かり出された他家も当主や公子を喪ってたとておかしくない。そちらさんのプナイネン辺りの家格でも、王を立てる余力があったとは思えんな」
プナイネン。あまり聞きたくない家名を、眉を顰めて聞き流す。
「その上、戦いの中でどの家もどこの所領も恨みの連鎖が起きてたろうから、簡単に和平とはいくまいよ」
つまり現在と同じ膠着状態である。
記録者も新王を立てられず、せめてと書を残したのだろう。この記述以降が白紙なのは、戦いに出て生還できなかったためかもしれない。
(戦いを始めた当のソコロフ公子とアナトリエ公子は、恋も王位も手に入れられずじまいになった)
レクスとニキータは、彼らのきょうだいの子孫に当たる。その間の王位争いを引き継いだ面々も、積もり積もった恨みの清算はできずにきた。
(そんな百年の対立の原点は、たった一人のオメガだった――)
愛するオメガを喪ったのは同情もしよう。
しかし、そのために国が失ったものが大き過ぎる。
エリセイを見上げ、力ない声で問う。
「『玉座を擲っても手に入れたい何か』が、土地なら分割するなり、財宝なら発掘するなり、名誉なら合議で双方に付与するなりすればよかった。だが、死人ではどうにもならないのではないか?」
「何か」を突き止めて解決できれば、レクスとニキータのためにも、ひいてはイスのためにもなると期待していた。
それが潰えてしまい、徒労を感じざるを得ない。
時代を遡って、精霊王を宿すと言われたオメガを生き返らせることは不可能だ。
だが、エリセイの緑眼はまだ光を失っていない。
「いんや、挽回の余地はある。百年前の争いはオメガが鍵だった……、オメガの体質について書かれてる本はないかな」
情報が足りないだけときた。
扉内の棚に再び目を遣る。
(おや?)
ちょうど真ん中の段の真ん中の本が、コトッと押し出された。
久しぶりに二重扉を開け、他の本を出し入れしたからだろうか。導かれるように手に取る。
大判で、表紙は金銀の箔押しが薄っすら残っていた。
最初の頁には、「慈悲深き王の子どもたち、互いに癒し合い、豊かな大地を愛し栄えよ」とある。
「有名な伝承の原典みたいだ。医学書ではないが、王に[アルファ]、大地に[オメガ]と付記されているのが気になる」
不思議と引っ掛かった。
抱え直さんとしたのを、エリセイが引き取ってくれる。彼には重くもなさそうだ。
「ふむ?」
百年よりずっと前の本らしく、古語のような言い回しで読みにくい。エリセイが知識を動員する。
「『王の器たるアルファを選び、愛し合い、末永く繁栄をもたらす伴侶が、オメガである。すなわち両性具有の精霊王が、自らの化身として加護を授けた存在』――?」
同時にがばりと顔を上げた。
エリセイは文章を読むのが早いが、音読してくれるのでついていける。
果たしてエリセイの推理は当たっているのか。
もし「王位」でなく「恋」をめぐる話なら、主人に貢献する意味でも、自覚したものを律するためにも、以前より興味が引かれる。
「『オメガの公子の家格は二大家に比べれば高くないが、「精霊王を宿す」と称されるほど魅力的な人物であった』か」
エリセイの顔がうっとりゆるんだ。
数々の加護を授ける一方、可愛らしい悪戯もする精霊たちの王に喩えられるとなると、気品と親しみを併せ持ち、恋せずにはいられないオメガだったに違いない。
(わたしとは違う。……いや、わたしはそもそも貴族でさえない)
無意識に自分と比べ、慌てて否定する。百年前の人間に引け目を感じてどうする。
「『オメガはどちらも丁重に断った』、『二大家の公子は承服せず』、『戦いにて勝利を収めたほうがそのオメガを得ると取り決めた』だと? 一気に雲行きが怪しくなったぞ」
エリセイは飛ばし飛ばしで要点を拾っていった。
オメガの意思が尊重されないのは今も昔も同じか。義憤まじりの溜め息を吐く。
「『戦いはさながら王位争いの様相となり』、『終息したと思いきやオメガの身柄を奪還すべく再開が繰り返され』……、『民や地が傷つくことを憂いたオメガは、四季がひとめぐりする前に、自死でもって戦いを終わらせることにした』」
最悪の展開に、エリセイが唇を引き結ぶ。
近衛騎士として、公子の命を守れなかった痛恨を自分ごとのように感じてしまうのだ。自分も同じ気持ちだった。
浮いた話どころか、冷気が重くわだかまる。
後悔ゆえ筆を執ったという記録者の文字も、だいぶ乱れていた。
書はまだ続いている。音読を再開する。
「『しかし、オメガの死の原因は相手にあると恨み合い、むしろ戦いは激化した。地は荒れ果て、直す民も耕す民もない』」
自らを犠牲にしたオメガの葬送もままならなかった、とあるのを横目に見る。
「『×××年の冬、子を窘めんと介入したアナトリエ公にして当代王、そして王に匹敵する力を唯一持つソコロフ公もが相次いで戦死した』?」
「!」
「『王の死を受け、戦いの勝者が新たな王位に即くとされたが、二大家の公子は決闘の末、相討ちとなってしまった』。そういうことだったのか」
王に続き、公子まで。明らかになった決闘の経緯は、何とも辛い。
「『なおも彼らのきょうだいが戦い、決着がつかぬまま幾度も冬が過ぎた。イスは完全に二分され、冬は長く厳しくなり、王城は風雪に閉ざされ始めている』」
「他家から王を出して仲裁することはできなかったのか?」
やるせなさいっぱいで呟いた。歴史は覆らないが、言わずにいられない。
二重扉を開けたときと一転して消沈するエリセイは、ゆるゆる首を振った。
「当代王すら戦死したとなると、かり出された他家も当主や公子を喪ってたとておかしくない。そちらさんのプナイネン辺りの家格でも、王を立てる余力があったとは思えんな」
プナイネン。あまり聞きたくない家名を、眉を顰めて聞き流す。
「その上、戦いの中でどの家もどこの所領も恨みの連鎖が起きてたろうから、簡単に和平とはいくまいよ」
つまり現在と同じ膠着状態である。
記録者も新王を立てられず、せめてと書を残したのだろう。この記述以降が白紙なのは、戦いに出て生還できなかったためかもしれない。
(戦いを始めた当のソコロフ公子とアナトリエ公子は、恋も王位も手に入れられずじまいになった)
レクスとニキータは、彼らのきょうだいの子孫に当たる。その間の王位争いを引き継いだ面々も、積もり積もった恨みの清算はできずにきた。
(そんな百年の対立の原点は、たった一人のオメガだった――)
愛するオメガを喪ったのは同情もしよう。
しかし、そのために国が失ったものが大き過ぎる。
エリセイを見上げ、力ない声で問う。
「『玉座を擲っても手に入れたい何か』が、土地なら分割するなり、財宝なら発掘するなり、名誉なら合議で双方に付与するなりすればよかった。だが、死人ではどうにもならないのではないか?」
「何か」を突き止めて解決できれば、レクスとニキータのためにも、ひいてはイスのためにもなると期待していた。
それが潰えてしまい、徒労を感じざるを得ない。
時代を遡って、精霊王を宿すと言われたオメガを生き返らせることは不可能だ。
だが、エリセイの緑眼はまだ光を失っていない。
「いんや、挽回の余地はある。百年前の争いはオメガが鍵だった……、オメガの体質について書かれてる本はないかな」
情報が足りないだけときた。
扉内の棚に再び目を遣る。
(おや?)
ちょうど真ん中の段の真ん中の本が、コトッと押し出された。
久しぶりに二重扉を開け、他の本を出し入れしたからだろうか。導かれるように手に取る。
大判で、表紙は金銀の箔押しが薄っすら残っていた。
最初の頁には、「慈悲深き王の子どもたち、互いに癒し合い、豊かな大地を愛し栄えよ」とある。
「有名な伝承の原典みたいだ。医学書ではないが、王に[アルファ]、大地に[オメガ]と付記されているのが気になる」
不思議と引っ掛かった。
抱え直さんとしたのを、エリセイが引き取ってくれる。彼には重くもなさそうだ。
「ふむ?」
百年よりずっと前の本らしく、古語のような言い回しで読みにくい。エリセイが知識を動員する。
「『王の器たるアルファを選び、愛し合い、末永く繁栄をもたらす伴侶が、オメガである。すなわち両性具有の精霊王が、自らの化身として加護を授けた存在』――?」
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