ヒールオメガは敵騎士の腕の中~平民上がりの癒し手は、王の器に密かに溺愛される

七角@書籍化進行中!

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3 密会計画とヒールオメガ

3 加護と王の器

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 精霊王の加護。
 オメガの体質には、意志が込められていたのか。想像を超える大いなる意志が。

「早く続きを」

 エリセイの脇腹をつつく。

「『その発情は新たな王の器を遺すため、慈悲深き王を癒すため』。『その芳香はアルファを導くため』。『なおつがいとなれば、芳香は相手のアルファにしか甘く香らない』」
「番となるとは、結婚か? 現状、平民のオメガはなかなかアルファと結婚できないが」

 勢い込んで尋ねた。
 芳香が誰彼構わず誘わなくなるなら、オメガは生活も仕事も自由になる。
 是非とも詳しく知りたい。

「具体的には書いてないな」

 エリセイも、もどかしげに頁をめくっては戻る。

「それにしても、先の合議で取り沙汰されたソコロフの村に、オメガを精霊の化身と見做して大切にするって風習があったよな? 王城ですらこんな古い史料しか残ってないのに、よく口承したなあ」

 彼の言うとおりだ。ただ、すべて口伝えされてはいない。

「しかし精霊王が両性具有というのは初耳だ」

 言われてみれば、厨子の像は男とも女ともつかない。小さな木彫りゆえだと気に留めていなかった。

「まさにオメガっぽいな。ん、逆か、オメガが精霊王っぽいのか。けど、この一冊がすべて正しいとは限らんよ。アルファとオメガの夫夫ふうふは何組もいるが、どのオメガからも芳香は出続けてる」
「確かに……」

 そう都合よくはいかないようだ。
 萎れていたら、エリセイが「ただし」と大きな手で背中をさすってくる。

「『王の器を選び』ってことは、王とその伴侶はアルファとオメガであるべき、と解釈できる。こういう史料こそ欲しかったんだ。百年前の公子たちがオメガをめぐって『王位争いの様相』になった説明がつくし、坊っちゃんたちが正式に交際する根拠にもなるから、この部分は信じよう。俺にとってもありがたいし」

 彼の気楽で思わせぶりな笑みに、これまでなら呆れたが、今は励まされた。背中も暖かい。

 アルファとオメガが番うのは、善王にあやかる以上に重要らしい。
 気持ちを切り替え、後半の記述も解読せんと、エリセイに本を持たせたまま頁の端を持ち上げる。

「オメガが小柄なのにも意味があるのではないか」
「可愛いとか? ……おいおい、一般的な話だ」
「ふん、何が一般的――待て」

 もはやお決まりの流れで剣を突きつけながら、エリセイの言い分の足りない点に気づいた。

「『王と伴侶はアルファとオメガ』のみだと、まだ弱い。ニキータ殿下以外にもオメガはいる。百年前の公子たちだって、件のオメガを亡くした後、他のオメガと結婚する形でも王位と繁栄を得られたと言える」

 有用な考察のはず。
 だがエリセイは急に笑顔を引っ込め、じっとこちらを見下ろしてくる。

「恋心がわからんやつだな。……っ」

 無言で横腹に拳をお見舞いした。自律できると言ってほしい。

「『オメガには特別な力がある気がする』と言ったのはエリセイだろう」

 つんと顎を上げる。
 前に書庫で彼が語った言葉は耳に残り、支えになってくれた。単なる思いつきで片付けたくない。

 そんな願いめいた指摘が効いたのか、エリセイは大げさに痛がってみせつつも、頭を働かせた。

「そのとおり。この争いのもととなったオメガだけの、もしくは王の伴侶だけの力があると踏んでるよ。今ちょうど探してて――これか?」

 不意に緑眼を見開く。

「『[ヒールオメガ]は、王に相応しいアルファの運命の番であり、互いを癒すことができる』」

 本をぐっと引き寄せた。こんなにすぐ見つかるとは思っていなかった表情だ。
 自分も背伸びして頁を覗き込む。
 やはり運命の番に収束するのか。他の夫夫と何が違うのか。何より。

「ヒールオメガ……癒すとはどういう意味だ?」

 百年前の公子たちは、特別なオメガを、癒す力を求めていたのか。
 運命の番は出会うや互いにそう感じるとすれば、当のオメガにとってどちらの公子も運命ではなかったから断った、とも言える。
 だが、両公子はなおも癒しの力を求めた。

「ええと。『アルファのみならず、オメガもまた精霊のように不死身ではない。ゆえに加護を番に』……」

 エリセイが読み上げる途中で黙り込んでしまう。じれったくて彼の視線を追う。

「何ということだ!」

 頁が途中で破れていた。
 経年劣化のようだ。天を仰ぐ。エリセイは屈み込んで唸る。

「まあ、順調過ぎたよ。これの写本がソコロフ城の書庫にないか、探してみてもらえるか。ついでに百年前のソコロフ公子の日記なんかも」

 エリセイが先に切り替えてのけた。
 百年の敵対がそう簡単には解決すまい。

「……了解した。ニキータ殿下がヒールオメガとやらかはともかく、わたしたちの主人が未来の王と伴侶に相応しいのは確かだ。レクス殿下は両家の和解を模索している」
「おっ、頼もしい。じゃあ『王と伴侶は運命の番』、この伝承で領主様に他家に民まで説得する方向でいこう。ソコロフでもアナトリエでも」
「何せソコロフとアナトリエだから、とは言わないのだな」

 エリセイならそう言うだろうと半ば知っていたが、感心を口にした。

 イスの民は、終わりの見えない戦いも、それによって失われるものも、「何せソコロフとアナトリエだから」の一言に押し込み、今日を生きている。

(別の見方をすれば、決めつけて考えるのを放棄している)

 でも――固定観念のないエリセイがついているニキータと、自分が忠誠を誓うレクスならば、明日を変えられるという思いが強くなる。

 エリセイはというと、自分の慧さに気づかない様子で瞬きをひとつして、

「スフェンはまだアナトリエが嫌いか?」

 と尋ねてきた。
 飾りも隠し立てもないまっすぐさに、さすがに怯みかける。

「アナトリエが嫌いでもいい、俺のことは嫌いにならないでくれ」

 かと思うと、続く懇願は何とも愚かだった。

「……そこは逆に言うところだと思うが」

 あまりの私情の挟みっぷりに、つい正論を説いてしまう。おかげで「嫌いではない」と返す機を逸した。

 エリセイ個人は嫌いではないと、断言できる。
 ただアナトリエには、父を殺した者がいる。この百年の間、無念にも死んでいった者たちの恨みがある。

 それを少しずつでも融かそうとすることは――、できる。

(この変化は、彼に会い続けたいがため? だとしたらわたしも大概だ)

 エリセイはこちらの気を知ってか知らずか、「あれ、逆か?」などと屈託なく笑う。

「……ふん。史料調査はこのくらいにして、殿下たちの密会の具体的な計画を進めよう」

 反射的に目を伏せ、出した本を仕舞っていった。

(まだ、抑えなければ)

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