ヒールオメガは敵騎士の腕の中~平民上がりの癒し手は、王の器に密かに溺愛される

七角@書籍化進行中!

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4 ソコロフとアナトリエ

1 運命の番の条件

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 人も動物も寝静まった夜半。
 レクスとともにヴィトの背に乗り、ソコロフ城を発った。
 道中は背中にレクスの胸が触れ合う体勢になるが、過剰に緊張することも意識することもなく、護送に集中できている。

 レクスの金色の瞳は、細い月の代わりに輝くかのようだ。
 時折後ろを振り返っているが、少なくとも自分にはヴィトの足音しか聞こえない。

「何か気になりますか?」
「……いいや、癖のようなものだ」

 公子の身の安全は絶対だ。
 人目のない刻と道を選び、騎士と同じ白い外套で正体を隠しているが、レクス自身も警戒してくれるのはありがたい。

 普段なら王城に近づくにつれ風雪が強くなる。
 だが、今夜は違った。

(これは――)

 無人の城下町に差し掛かっても穏やかで、空中で氷の結晶が淡い月光を反射して煌めく「精霊の囁きダイヤモンドダスト」に取り囲まれるほどだった。

(未来の王を歓迎しているのか?)

 こんなにも美しい城下町を、巡回隊の誰も見たことがないはずだ。
 貴いアルファたるレクスの護送を、不利を多く抱える自分が任されているという光栄が、どこか信じられない。

 アナトリエ側でも、「精霊の囁き」がエリセイたちを迎えているだろうか。あの緑眼にも美しい光景が映っているといい、なんて思う。

(いけない。気を引き締めなければ)

 丘を上りきる頃には一転、城内の巡回隊の目をくらませられるくらいの風雪が起きてくれた。ヴィトにもうひと頑張りしてもらい、裏庭の使用人用階段を目指す。

 一昨日整備した雪室はしっかり機能していた。
 周りは新雪が降り積もり、エリセイの馴鹿が到着済みかどうか、足跡からは判断できない。もちろん容易に見つかるところにつないでもいない。
 ヴィトも城壁沿いの白樺林へ向かわせた。

「ここから地下に下ります」

 レクスと縦一列になり、狭く暗い階段を先導する。
 地下出入口から延びる廊下は、燭火を消しておいたままになっていた。巡回隊の誰もこの区間の変化に気づいていないということだ。

 実際、滞りなく書庫まで辿り着いた。

「『勝利を収められるなら』」

 合言葉を唱える。
 応答を待つ間に扉の彫刻を見ると、精霊王は顔の前で腕を交差させていた。

(こんな姿勢だったか……?)

 少し引っ掛かったものの、「『王位は要らない』」と返ってきたので、庫内に注意を移す。
 重く厚い扉が開いた。

「こちらは我が主人、」

 先着のエリセイが手持ち角灯を翳して口上を述べきる前に、彼の陰から小さな塊――黒い起毛革の短外衣ケープを羽織ったニキータが飛び出してきた。
 レクスも横をすり抜ける。

 ソコロフとアナトリエに生まれたふたりは、言葉を必要とせず、ひしと抱き合った。

 紛れもなく、立場を越えた、運命の番だ。
 レクスが愛おしげにニキータの黒髪を梳く。ニキータもレクスの胸に強く顏をうずめる。

「……俺たち、お邪魔か?」

 エリセイが腰に手を当て、面白くなさそうに耳打ちしてきた。
 自分は当初より複雑ではない。ニキータがどれだけ安心しているか想像がつく。
 ただ、達成感ばかりでもない。むしろエリセイの反応に思うところがある。

(ニキータ殿下がレクス殿下と睦まじくするのを、目の前で見たくはないのだな……)

 かと言って、警護を放棄して廊下に出てしまうわけにもいかない。
 扉の外に異変がないか気を配りつつ、主人たちが満足するのを待つ。

「済まない。いったん離れておこう」

 長くは掛からず、レクスが腕の力をゆるめた。
 ニキータもこくんと頷いて一歩引いたものの――顔が上気しており、呼吸が浅い。発作だろうか。
 レクスが心配げに背を支えてやろうとして、誘発を懸念してか躊躇う。

「坊っちゃん」

 エリセイが踏み出すも、ニキータは手で制し、習慣のように顰め面をつくった。

「こちらこそすみません。普段はアルファに囲まれても何ら問題ないですが、貴殿の前ではなぜか発作周期が狂うようです」

 やはり発情発作だった。
 そのせいか、彼の掠れ声には色気がある。それに顰め面でも帽子を取り前髪が分けてあると、艶やかな成長が約束されている容貌だ。

 つい見入った。
 ニキータもニキータで、こちらに興味深げな一瞥を投げてくる。

「十二月の合議は、発作を終えた直後だったから裁定人として出席したんだ。ちなみにこの密会も同じく」

 そこにエリセイが割り込んだ。
 いくらこの場の最年長でも、公子に対してその言葉遣いはどうかと思うが、主人に誘発発情せず律しているのは近衛騎士としてさすがである。

「どうして周期が狂ったのか解明したくて、ここの史料や文献を調べた。それでまた新たにわかったことがある」

 弾かれたようにエリセイを見上げた。一昨日持ち帰った書による収穫か。

 ニキータもレクスも、視線で発言の続きを促す。
 密会は果たされた。次は運命のふたりの交際を周囲に認めさせる上で、材料になるものは多いほうがいい。

 エリセイはもったいぶった表情で、指を三本立てた。

「オメガが[運命の番]を見分ける条件が、三つある。まず、相手のアルファを守りたいと強く思うか。次に、相手のアルファに近づいたとき、周期に関係なく発情発作が起きるか」

 四人は顔を見合わせた。
 まさしくレクスに対するニキータではないか。密会に当たってレクスの安全を願い、抱き締め合うや発作が起きた。

(……ひとつ目はわたしにも当て嵌まる?)

 密かに自身を振り返って当惑もする。
 エリセイが無防備な背中を見せてくれたとき、「守りたい」と感じた。不思議なほど強く。

 エリセイも「王の器」たるアルファだ。レクスを差し置いて戴冠するのは現実的でないが、自分にとって運命の相手ではあるのか……?

「運命の番は、オメガ側にしか見分けられないのか? エリセイ」

 頭を捻る間に、ニキータが冷静に質問した。

 以前目を通した史料には、オメガは「王の器たるアルファを選び」とあった。
 百年前の二大家の公子の一件も、アルファ側には運命の番を見分けられないゆえの悲劇かもしれない。

「というのも、合議の際も今も、発作めいた状態にはなりました。しかし解熱用の煎じ液を飲むなり気をしっかり持つなりすれば、ほどなく収められたのです。ゆえに、貴殿と僕が運命の番である自信を持てません……」

 レクスに向き直ったニキータは、そう釈明するや俯いてしまう。レクスが思わずといったふうに彼の華奢な肩を抱き寄せたが、確かに発作中のオメガにしては落ち着いている。

(彼の顰め面がわたしの雀斑叩きと同じ、自律のおまじないだとしてもだ)

 レクスにもう一度会いたいというのは、運命だと確信したかったのもあるようだ。
 だが会ってみても自信がないという。
 ただ、自分とエリセイに比べれば明らかに違う。運命の番でないなら、何度会っても周期外の発作は出ない。

(出ていない……よな)

 そう進言したいところだが、自分たちは主人たちと異なり結ばれる運命ではないのだと突きつけられ、喉が詰まった。
 運命の番が二組なんて都合のよいことはないし、恋より使命が、命より主人が大切なのに。

「仮に運命でなくとも、ニキータ殿がオメガに生まれてくれただけで嬉しい。私が必ず両家とも説得しよう」

 代わりにレクスが力強く励ました。ニキータがほんのり微笑む。
 もし体質を持たない男同士だったら結婚できないし、跡継ぎも残せない。オメガならどちらも叶う。

 エリセイはその様子を唇を噛みながら見ていたが、はっとしたように、

「待て待て。条件があとひとつ残ってる。相手のアルファを癒すことができるか、だ」

 と続けた。

「盾になれるか試せというのか?」

 これには非難を表明する。
 騎士ならまだしも公子を戦いの前線には出せない。ニキータのような体格のオメガならなおさらだ。
 何よりずっと守ってきた主人を危険に晒すなど、エリセイらしくもない。

「盾?」

 エリセイはきょとんと訊き返してきた。そう言えば、「癒し」が「盾」のような力であるという推説を、まだ共有していない。
 説明しようと息を吸い込んだそのとき、

「いたぞ、アナトリエの雌が」

 耳障りな声が降ってきた。

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