ヒールオメガは敵騎士の腕の中~平民上がりの癒し手は、王の器に密かに溺愛される

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5 運命の番の特別な力

3 もうひとりのヒールオメガ

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 エリセイの顔色も険しくなる。

(書庫での一騎討ちの後、わたしの遺体を抱えながらニキータ殿下の手も引いて、相棒の馴鹿に乗せたそうだが)

 無事帰城できたか、できても深夜の外出が露見して責め立てられていないか、最新状況がわからないのだ。

 エリセイが急いた手つきで奥の扉を開ける。
 寝室だ。燭台がかろうじて灯っている。

「坊っちゃん!」

 紺色の絨毯の中央に、彫刻木の寝台があった。
 その隅に、寝具と毛皮の小山ができている。

「……エリセイ?」

 か細い声が聞こえた。ニキータがくるまっているようだ。

「っ!」

 エリセイが咄嗟に息を止める。
 ニキータが芳香を発しているのだ。王城でレクスに会って以来、発作が続いているのか。

「あの方は、レクス殿は支障なくソコロフ城へ帰れたか?」

 寝具の隙間から出てきたニキータは、上気してぐったりしているのに、一言目にレクスの安否を問う。

(運命の相手を「守りたい」という切望ゆえに、発作が重くなっているのかもしれない)

 忠誠心で誘発発情を抑えたエリセイは、一定の距離を保ったまま答えた。

「レクス殿下に同じことを訊かれると思ったんでな、先にこっちへ来たんだ。大丈夫、これしきで膝を折るやつじゃない。彼の近衛騎士がそう言ってる」

 ニキータの薄灰色の瞳が、こちらを捉える。
 大柄なエリセイの陰になって、今まで見えていなかったらしい。大きく目を見開くや、寝具の奥に引っ込んでしまう。

「なぜ生きている? 彼が偽物でも間諜でもない確証はあるのか」
「あるある。裏切られたから斬ったんじゃないんだよ」

 なかなか人を信用しない、とエリセイが評するだけあり、死んだはずの敵騎士がなぜ横にいるのか、書庫での言動の真意まで確認を怠らない。

 エリセイは顛末をかいつまんで知らせた。
 場を収めるために命を張ったこと、ヒールオメガの能力で癒したこと。
 こちらの無謀をしれっと当て擦りもする。

「ふむ……きみはエリセイの運命の番だったんですね。毎回惚気られていたのでさもありなん。快復されてよかった」

 ニキータは癒しの力に驚愕しきりだったものの、こちらがこのとおり健在なので、信じることにしたらしい。

(惚気? とにかく、そういうことにするしかない)

 寝具の山から出てきてくれる。
 それはよいのだが、エリセイは癒しのくだりをずいぶん大げさに話した。剣の柄で脇腹を突いておく。

「おまえさんはまたそういう顔でそういうことを……」
「どういう顔だって?」

 その間にニキータは背筋を伸ばして座った。
 黒い寝間着姿ながら、公子として少しでも体面を整えようとしているのが、同じオメガの自分にはわかる。
 ゆえに「楽になさってください」とはあえて言わない。

「ふふ。王城書庫では『俺とスフェンは進展してないのに』と不機嫌だったろう、エリセイ」
「おっと、悔しがってたのばれたか」
「?」

 ひとたび呑み込めば、ニキータの切り替えは早い。エリセイをからかいすらする。
 エリセイもニキータの体調を量るみたいに乗るが、こちらはひとり置いてけぼりだ。

(進展していないのを、悔しがる?)

 なぜなら、三日前の王城書庫でのエリセイの振る舞いはまるで。

「わたしはてっきり、慈しんできた公子殿下が他の男と番うのが面白くないのかと……」

 戸惑いを表明すると、アナトリエ家の従兄弟ふたりはますます可笑しそうに笑った。

「エリセイは過保護ではありますが。レクス殿の人柄を知ってからは、『いい男を逃すな』と僕の手紙を幾度も添削したんですよ」
「そりゃそうだ。未来の王だぞ」

 エリセイの緑眼に含みはない。

 では――ニキータに叶わぬ想いを抱いていると、こちらが勘違いしたに過ぎないのか。
 恋心で目が曇っていたと判明し、拍子抜けする。

「むしろ俺がいちばん頭にきたのは、おまえさんの最期の一言だ。小屋でも言ったが、俺が命を懸けて守りたいのも、運命だと思うのもスフェンなんだよ。背中を見せたときからそうだったんだ。のんびりしてた俺も俺だが、ちゃんと言ったからな。いいな」

 そこに畳み掛けるかのごとく、念を押された。思い出したらしい怒りと後悔も添えて。

(思わせぶりな言動にとどめたのは、運命と思っていないからではなく、わたしの使命を尊重してくれていただけ? 小屋での治癒は、それを覆すほど必死だった……)

 剣を正面から受け、「愛する主人を守り抜け」と使命を託した際の、エリセイの何とも言えない表情がよみがえる。
 想いが伝わらないまま喪う絶望だったのか。
 そう思うと、殊勝に頷くほかない。

「では、今は発作を制御しているんですね。僕も見習わねば」

 ただし運命の番とは限らない。
 感心されて気が咎めるし、胸が痛む。

 ニキータはこちらの後ろめたさも知らず、真剣な顔で続けた。

「僕はオメガなので、玉座にはアルファであるレクス殿に即いてもらえたらと考えていました。その際アナトリエ派が不当に迫害されないかが気掛かりでしたが、手紙をやり取りした今は、あの御方ならアナトリエかソコロフかではなく、イスという国を導き豊かにしてくださると確信しています。伴侶として伴走できるなら本望というものです。僕もヒールオメガだとよいのですが」

 高潔な言葉に、思わず跪礼する。
 自分はエリセイと違って、公子たちの手紙の内容までは把握していない。王城でもニキータとゆっくり話す暇がなかったが、期せずして直接彼の意志を聞く機会を得られた。

「殿下以外の誰がヒールオメガに相応しいと言えましょう」

 レクスが出会いからどんどん惹かれていったのが、よくわかる。
 ニキータもまた、王の伴侶に相応しい。
 何せエリセイが忠誠を誓った主人だ。

 改めて、誇らしい気持ちで両公子の恋の成就に尽力できる。

(今は、御二人が運命の番であることの証明に集中しよう。さすれば、自分たちが運命の番かどうかの判断にもつながる)

「で、だ。今後の方針を固めるために、俺と別行動になったあと何があったか聞かせてくれ」

 エリセイが話を進めた。
 今度はニキータが説明役になる。

 いわく、レクスが「王城で弔い戦を始めるつもりはない」と厳命し、エリセイを追わなかった。近衛騎士を喪った張本人の言葉にはルドルフも逆らえなかったようだ。
 そして、ふたり連れ立って巡回隊のソリで帰城したという。

「レクス殿下は、王城を訪れたことをおおやけにされたのか……」

 巡回隊のソリを使えば、迎えたソコロフ城の者にも、どこへ行っていたか一目瞭然だ。
 他に帰りの足がなかったとはいえ、軽率な行動だとソコロフ派の面々に追及されていないか心配になる。
 自分の不手際のせいで。

「若造も道連れにな。それによって若造は好きに単独行動できなくなった」

 歯噛みしていたら、エリセイの大きな手に背中をさすられた。
 レクスも考えがあってのことだと。

「確かにプナイネン公の二の矢はまだない。して、エリセイ」

 ひととおり話し終えたニキータが、気高い公子の顔でエリセイを見る。

「きみが帰らないのは、何か企みがあるのだと思った。この数日の不在は僕の依頼ということにしてある。王城書庫で重要史料だと言っていた本も、巡回隊に頼んで我が城に持ってきておいた」
「本当か。助かる」
「きみの運命の番を癒し、情報収集も済ませて、これからどう出る?」

 エリセイも、いつもの怠け者でなく、アナトリエ家で最も忠実な騎士として胸に手を当てた。
 密かに見惚れたのも、束の間。

「聖堂で合議を開こう。議題は――ソコロフ家公子とアナトリエ家公子の密通について」

 とんでもないことを言い出した。


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