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5 運命の番の特別な力
4 再び、聖堂にて
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精霊界の入口でエリセイに生へ引き戻されてから、たった三日後。
聖堂にて、エリセイの発案――表向きは匿名の告発による、合議が始まった。
当事者と裁定人たちに通知が届くやいなやの日程である。急過ぎるという声もあったが、議題が議題だけに決行された。
むしろ、なぜ二大家の公子が夜中に揃って王城にいたかをつつかれる前に先手を取った、はずなのだが。
「ソコロフ家公子レクスは、アナトリエ家公子ニキータに熱を上げている。信じがたいことだが、私が密通現場をこの目で見た」
相変わらず馴鹿毛皮の外衣に赤い上衣姿のルドルフが、よそゆき口調で高らかに証言した。
ニキータを襲おうとしたくせに、しらじらしい。
「ふたりが偶然居合わせたのではない裏付けとして、彼らの手紙も押さえている。これは、ソコロフ公やソコロフ家のために働いてきた派閥への裏切りにほかならない」
なんと、密令の最初に本物だと示すべく、紋章の封蝋を施した手紙まで入手している。
書庫に潜むなりして私室での会話を盗み聞いていたくらいだから、盗ったに違いない。
(一読したら捨てるべきだが捨てられなかった、殿下の恋情につけ込んで)
当のレクスは、十数人が集う円卓の一席で、甘んじてルドルフの言を聞いている。
その立場ゆえ迂闊に発言できない。
顔色がよくないのは、矢面に立たされているのはもちろん、近衛騎士を喪った責任も感じているのかもしれない。
(レクス殿下……おそばに馳せ参じたい)
自分は今、レクスの席の向かい側の窓に掛けられた革布に隠れ、隙間から窺っている。
エリセイの考えで、ソコロフ城へは帰らず、生きていることを主人に知らせていないのだ。
『然るべきとき呼び入れるから別室に控えててくれ』
こうも言われたが、立ち会いたくてこの形に相成った。
段取りを乱さないよう、窓と石壁の間から薄く流れ込む外気で頭を冷やす。
「しかもニキータはオメガであり、その芳香でレクスを淫らに誘惑している」
止まらないルドルフの舌鋒に、裁定人を務める両派の貴族たちがざわついた。
ルドルフはレクスのみならず、ニキータをも蹴落とすつもりらしい。
(勝手に、そんな言い方で体質を暴露するとは)
悔しくて革布越しにルドルフを睨みつける。
そのわずかな視界を、広い背中が埋め尽くした。
「いかにも我が主人、アナトリエ家公子はオメガだ。だがそれは両家の公子を排除し、対立を深める理由にはならん」
窓際に陣取るエリセイが反論に立ったのだ。
その堂々とした体格と態度に、場の注目が集まる。
もっともアナトリエ派の面々は、普段の怠けぶりとの落差に面食らうふうでもあるが。
(彼は、やるときはやる男だ)
一度目に聖堂でまみえたときと、真逆のことを思う。
そっと頬の雀斑に手を当てれば、ほんのり熱くなっていた。
「史料によると、オメガは『精霊王の化身』であり、『王の器』たるアルファを選ぶ。そのアルファは、戦いを収め国を栄えさせる『善き王』の意志を継ぐ。ゆえに、オメガであるニキータ殿下と、その運命の番であるレクス殿下は、結ばれるべきだ。『王と伴侶は運命の番』が望ましい」
裁定人は両派閥の要人だ。
エリセイは彼らに向け、運命の番がもたらし得る平和と、両公子の恋の正統性について演説した。
「善き王の意志とな?」
傍らのニキータが史料の該当部分を提示すれば、裁定人たちの受け止め方も真剣なものになる。
「この件をまず内密に話し合えないかと考えていたところ、プナイネン公に襲われ、やむを得ず本日の合議に至った」
ルドルフに陥れられたことにも、さらりと触れた。
先ほどとは色の異なるざわめきが起こる。
「ふん。両公子が運命の番だと断言したが、その証明は?」
分の悪くなったルドルフが、すかさず盛り返す。
運命の番かどうか、傍目には判別できない。
そこを突くとはやはり知恵が働く。
だが、エリセイは動じない。
「運命の番の条件は三つある。まず、相手のアルファを守りたいと強く思うか。かつて、不死でない善き王と恋に落ちた、精霊王の名残だ。次に、相手のアルファに近づいたとき、周期に関係なく発情発作が起きるか」
エリセイの解説を受け、裁定人たちの視線がニキータへ向かう。
なぜなら円卓にはレクスも同席している。
彼に近づいたために発情しているか、不躾にも確かめようというのだ。
レクスは気遣わしげな、叶うなら今すぐニキータを別室へ避難させたそうな顏だ。
一方のニキータは、こちらからは後頭部しか見えない。オメガ同士は芳香も嗅ぎ取れない。どんな状態だろうか。
「発作は起きていないようだが? どちらにせよ主観的だ」
ルドルフが仰々しく肩を竦めた。
きっとニキータはおおやけの場なので自律しているに違いない。なのにこういうときだけ努力を踏みにじられ、歯がゆい。
「そりゃあ、発作中のオメガと見れば襲う輩が同じ部屋にいるんだから、解熱用の煎じ液を飲むなり自衛するさ」
エリセイが、歯がゆさを晴らしてくれるかのごとく攻勢に出る。
ここまでルドルフと対照的に坦々としていたのが、一転して怒りと非難の滲む声色だ。
円卓がたちまち静粛になる。
エリセイはまっすぐルドルフを見据えた。ルドルフが苦々しげに問う。
「……何が言いたい」
「十二月の合議で話し合った、オメガ暴行および馴鹿盗難事件の真犯人は、おまえさんと見受ける」
聖堂にて、エリセイの発案――表向きは匿名の告発による、合議が始まった。
当事者と裁定人たちに通知が届くやいなやの日程である。急過ぎるという声もあったが、議題が議題だけに決行された。
むしろ、なぜ二大家の公子が夜中に揃って王城にいたかをつつかれる前に先手を取った、はずなのだが。
「ソコロフ家公子レクスは、アナトリエ家公子ニキータに熱を上げている。信じがたいことだが、私が密通現場をこの目で見た」
相変わらず馴鹿毛皮の外衣に赤い上衣姿のルドルフが、よそゆき口調で高らかに証言した。
ニキータを襲おうとしたくせに、しらじらしい。
「ふたりが偶然居合わせたのではない裏付けとして、彼らの手紙も押さえている。これは、ソコロフ公やソコロフ家のために働いてきた派閥への裏切りにほかならない」
なんと、密令の最初に本物だと示すべく、紋章の封蝋を施した手紙まで入手している。
書庫に潜むなりして私室での会話を盗み聞いていたくらいだから、盗ったに違いない。
(一読したら捨てるべきだが捨てられなかった、殿下の恋情につけ込んで)
当のレクスは、十数人が集う円卓の一席で、甘んじてルドルフの言を聞いている。
その立場ゆえ迂闊に発言できない。
顔色がよくないのは、矢面に立たされているのはもちろん、近衛騎士を喪った責任も感じているのかもしれない。
(レクス殿下……おそばに馳せ参じたい)
自分は今、レクスの席の向かい側の窓に掛けられた革布に隠れ、隙間から窺っている。
エリセイの考えで、ソコロフ城へは帰らず、生きていることを主人に知らせていないのだ。
『然るべきとき呼び入れるから別室に控えててくれ』
こうも言われたが、立ち会いたくてこの形に相成った。
段取りを乱さないよう、窓と石壁の間から薄く流れ込む外気で頭を冷やす。
「しかもニキータはオメガであり、その芳香でレクスを淫らに誘惑している」
止まらないルドルフの舌鋒に、裁定人を務める両派の貴族たちがざわついた。
ルドルフはレクスのみならず、ニキータをも蹴落とすつもりらしい。
(勝手に、そんな言い方で体質を暴露するとは)
悔しくて革布越しにルドルフを睨みつける。
そのわずかな視界を、広い背中が埋め尽くした。
「いかにも我が主人、アナトリエ家公子はオメガだ。だがそれは両家の公子を排除し、対立を深める理由にはならん」
窓際に陣取るエリセイが反論に立ったのだ。
その堂々とした体格と態度に、場の注目が集まる。
もっともアナトリエ派の面々は、普段の怠けぶりとの落差に面食らうふうでもあるが。
(彼は、やるときはやる男だ)
一度目に聖堂でまみえたときと、真逆のことを思う。
そっと頬の雀斑に手を当てれば、ほんのり熱くなっていた。
「史料によると、オメガは『精霊王の化身』であり、『王の器』たるアルファを選ぶ。そのアルファは、戦いを収め国を栄えさせる『善き王』の意志を継ぐ。ゆえに、オメガであるニキータ殿下と、その運命の番であるレクス殿下は、結ばれるべきだ。『王と伴侶は運命の番』が望ましい」
裁定人は両派閥の要人だ。
エリセイは彼らに向け、運命の番がもたらし得る平和と、両公子の恋の正統性について演説した。
「善き王の意志とな?」
傍らのニキータが史料の該当部分を提示すれば、裁定人たちの受け止め方も真剣なものになる。
「この件をまず内密に話し合えないかと考えていたところ、プナイネン公に襲われ、やむを得ず本日の合議に至った」
ルドルフに陥れられたことにも、さらりと触れた。
先ほどとは色の異なるざわめきが起こる。
「ふん。両公子が運命の番だと断言したが、その証明は?」
分の悪くなったルドルフが、すかさず盛り返す。
運命の番かどうか、傍目には判別できない。
そこを突くとはやはり知恵が働く。
だが、エリセイは動じない。
「運命の番の条件は三つある。まず、相手のアルファを守りたいと強く思うか。かつて、不死でない善き王と恋に落ちた、精霊王の名残だ。次に、相手のアルファに近づいたとき、周期に関係なく発情発作が起きるか」
エリセイの解説を受け、裁定人たちの視線がニキータへ向かう。
なぜなら円卓にはレクスも同席している。
彼に近づいたために発情しているか、不躾にも確かめようというのだ。
レクスは気遣わしげな、叶うなら今すぐニキータを別室へ避難させたそうな顏だ。
一方のニキータは、こちらからは後頭部しか見えない。オメガ同士は芳香も嗅ぎ取れない。どんな状態だろうか。
「発作は起きていないようだが? どちらにせよ主観的だ」
ルドルフが仰々しく肩を竦めた。
きっとニキータはおおやけの場なので自律しているに違いない。なのにこういうときだけ努力を踏みにじられ、歯がゆい。
「そりゃあ、発作中のオメガと見れば襲う輩が同じ部屋にいるんだから、解熱用の煎じ液を飲むなり自衛するさ」
エリセイが、歯がゆさを晴らしてくれるかのごとく攻勢に出る。
ここまでルドルフと対照的に坦々としていたのが、一転して怒りと非難の滲む声色だ。
円卓がたちまち静粛になる。
エリセイはまっすぐルドルフを見据えた。ルドルフが苦々しげに問う。
「……何が言いたい」
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