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第4話
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「それにしてもお前の潜在能力は、私の想像力を遥かに超えていたのかもしれないな。何と言ってもあのテニスコートで、ただただ一人黙々と、それこそ日が暮れてボールが見えなくなるまで投げてたよな。それにしてもあんなにめちゃくちゃに投げていたお前が、まがりなりにも、いやいやそうではない。見事に!だな。あの強豪校を完封してしまったのだから。だから…、だから私には、お前を見る目がなかったんだな。本当にすまなかった。そして、あの試合は本当にありがとうな…」
〈始まった僕の投手としての人生〉
夏の甲子園から帰って、短い夏休みをはさんでまた部活が始まった。そしてあの恐るべき強豪校打線を、一応9イニング無失点に「抑えて」しまった僕は、チームではしっかり「投手の一人」と見なされるようになっていたみたい。監督だってわざわざあんなこと言っていたし。それと…、僕のこと、よく見ていたんだな。そしてそれはとても嬉しかった。
だけど…、だけど(全っ然違う!)と、僕は思った。だから僕は監督にもはっきりと言ったんだ。
監督は僕のことをかいかぶっているだけなんだって。僕は「投げる」ことが好きなだけ。甲子園での「好投」は単なるビギナーズラック。水ものの打線をたまたま押さえただけ。相手が僕のことをなめてかかってただけ。そして僕は本当に、ただの「ノーコン」なんだと。
だけど監督は、僕に満足な指導が出来なかったとか勝手にどんどん考え、それが申し訳ないし、それで、その代りと言っては何だけど、僕には自由に練習をしてもいいと言ってくれたんだ。
つまり監督は、僕が秘めていたポテンシャルをしっかりと認めてくれたうえで、僕には思うように練習させ、もちろん疑問な点などあればいつでも相談には乗るけれど、基本的には僕を自由に、つまり僕を「放牧」で育てようと思ったらしいんだ。
放牧…、もっともこれまでだって、僕はずっと豪快に放牧されていたようなものだけどね。
で、放牧はともかく、確かにビギナーズラックかも知れないけれど、だけどその一方で、僕は、もしかしたら何かを「持っている」のかも知れない。だって僕は甲子園で、あんな大それたことをやらかしたのだから。
(だから試しに自惚れてみるのも悪くないかも…)
そう思った僕は、そういうわけで野に放たれてからは、(本当は僕、すごい投手なのかも…)とかいう、万に一つの奇跡的可能性も一応は想定し、すると何だかふつふつと勇気と希望が湧いてきて、それでいろんな野球の指導書とかも読みあさり、どうやったらいい投手になれるのかを、本当に真剣に考え始めたんだ。
つまり監督の「放牧宣言」を受け、僕は自由に考え、自由にいろんな練習を始めたんだ。
まず走ること!
大昔から投手は走るって相場が決まっているし。
あの大投手の沢村さんが「とにかく走ることだよ」とか言われていたらしいし。
そうは言っても延々とマラソンみたいに走るのは、最初はあまり意味がないと思った。(後ではそうじゃないと気付いたけどね)
そもそも投手は短距離走者では? 「投げる」という動作はコンマ何秒しか続かないし。
そんな単純な考えに基づき、それで僕は基本的にはライトとレフトのポール間くらいの距離を何度も全力疾走したんだ。実際プロ野球の投手たちも、短距離のダッシュを重視している人は多いし。
だけど延々と黙々と何度もダッシュするのも、ストイック過ぎてあまりにも退屈だったから、それに加えて、野手の人たちがフリーバッティングをしているときに、外野で球拾いもやることにしたんだ。
外野にいて守備の構えをして、ピッチャーの投球と打者の打撃に注目し、カーンという打球の音がしたら、全力疾走して飛んでくるボールを必死に追いかける。
ストイックに走り続けるよりは、こうやってゲーム感覚で走る方がずっと楽しいし、思わず必死に走ることになる。
そして時々フライが捕れたりするから、一応、外野守備の練習にもなるし、球拾いとしてチームに貢献もできるし。もちろん転がったボールを拾うことの方が多かったけれど。
それから遠投して内野へボールを返す。これはコントロールもへったくれもないから気楽に投げた。だけど気楽に投げると、結構コントロール良く投げられたのは不思議だった。
きれいにキャッチャーにワンバウンドで「レーザービーム」出来ることさえはあった。だから、(僕、本当はコントロールいいのかも…)なんて妄想したりもした。
それから遠投もやった。もちろん僕の投げた球は方々に散らばるので、たまたま相手をしてくれた遠投の相手には、「外野フライの練習とでも思っててね」とか釘をさしておいたけど。
だけど相手はずいぶん遠い距離から、僕でも容易に捕れるような「ストライク」をしばしば僕の胸に投げる。きっといろんな人が言うように、僕の胸から目をそらさずに投げていたんだろうね。
それはそれは不思議だったし、それは人間業じゃないと、その頃の僕は思っていた。80メートルとか離れた所から「ストライク」だぞ! 野球選手ってすごいんだなって、改めて感心したりもした。いやいや、僕だって一応「投手」というポジションの「野球選手」の末席にいたつもりだったけど。
それはいいけれど、ともかく遠投では大きくステップして、反動をつけて、体全体を使って、そして思い切り腕を振る。どうやったらより遠くへ飛ぶかもいろいろ考えながらやった。もちろん少しずつボールは遠くへ飛ぶようにはなった。
だけど僕の投げるボールは、ピーンと糸を引いたように飛ぶだけじゃなくて、途中で曲がったり落ちたりすることも多かった。これはピッチングでボールが勝手に変化するのと同じ理屈だろうなとは思っていた。そしてそれだったら、とりあえずどうしようもないんだよね。だけど僕は外野手の修業中ではないから、そういうことはまあいいかって、呑気に考えていた。
「それにしてもお前の潜在能力は、私の想像力を遥かに超えていたのかもしれないな。何と言ってもあのテニスコートで、ただただ一人黙々と、それこそ日が暮れてボールが見えなくなるまで投げてたよな。それにしてもあんなにめちゃくちゃに投げていたお前が、まがりなりにも、いやいやそうではない。見事に!だな。あの強豪校を完封してしまったのだから。だから…、だから私には、お前を見る目がなかったんだな。本当にすまなかった。そして、あの試合は本当にありがとうな…」
〈始まった僕の投手としての人生〉
夏の甲子園から帰って、短い夏休みをはさんでまた部活が始まった。そしてあの恐るべき強豪校打線を、一応9イニング無失点に「抑えて」しまった僕は、チームではしっかり「投手の一人」と見なされるようになっていたみたい。監督だってわざわざあんなこと言っていたし。それと…、僕のこと、よく見ていたんだな。そしてそれはとても嬉しかった。
だけど…、だけど(全っ然違う!)と、僕は思った。だから僕は監督にもはっきりと言ったんだ。
監督は僕のことをかいかぶっているだけなんだって。僕は「投げる」ことが好きなだけ。甲子園での「好投」は単なるビギナーズラック。水ものの打線をたまたま押さえただけ。相手が僕のことをなめてかかってただけ。そして僕は本当に、ただの「ノーコン」なんだと。
だけど監督は、僕に満足な指導が出来なかったとか勝手にどんどん考え、それが申し訳ないし、それで、その代りと言っては何だけど、僕には自由に練習をしてもいいと言ってくれたんだ。
つまり監督は、僕が秘めていたポテンシャルをしっかりと認めてくれたうえで、僕には思うように練習させ、もちろん疑問な点などあればいつでも相談には乗るけれど、基本的には僕を自由に、つまり僕を「放牧」で育てようと思ったらしいんだ。
放牧…、もっともこれまでだって、僕はずっと豪快に放牧されていたようなものだけどね。
で、放牧はともかく、確かにビギナーズラックかも知れないけれど、だけどその一方で、僕は、もしかしたら何かを「持っている」のかも知れない。だって僕は甲子園で、あんな大それたことをやらかしたのだから。
(だから試しに自惚れてみるのも悪くないかも…)
そう思った僕は、そういうわけで野に放たれてからは、(本当は僕、すごい投手なのかも…)とかいう、万に一つの奇跡的可能性も一応は想定し、すると何だかふつふつと勇気と希望が湧いてきて、それでいろんな野球の指導書とかも読みあさり、どうやったらいい投手になれるのかを、本当に真剣に考え始めたんだ。
つまり監督の「放牧宣言」を受け、僕は自由に考え、自由にいろんな練習を始めたんだ。
まず走ること!
大昔から投手は走るって相場が決まっているし。
あの大投手の沢村さんが「とにかく走ることだよ」とか言われていたらしいし。
そうは言っても延々とマラソンみたいに走るのは、最初はあまり意味がないと思った。(後ではそうじゃないと気付いたけどね)
そもそも投手は短距離走者では? 「投げる」という動作はコンマ何秒しか続かないし。
そんな単純な考えに基づき、それで僕は基本的にはライトとレフトのポール間くらいの距離を何度も全力疾走したんだ。実際プロ野球の投手たちも、短距離のダッシュを重視している人は多いし。
だけど延々と黙々と何度もダッシュするのも、ストイック過ぎてあまりにも退屈だったから、それに加えて、野手の人たちがフリーバッティングをしているときに、外野で球拾いもやることにしたんだ。
外野にいて守備の構えをして、ピッチャーの投球と打者の打撃に注目し、カーンという打球の音がしたら、全力疾走して飛んでくるボールを必死に追いかける。
ストイックに走り続けるよりは、こうやってゲーム感覚で走る方がずっと楽しいし、思わず必死に走ることになる。
そして時々フライが捕れたりするから、一応、外野守備の練習にもなるし、球拾いとしてチームに貢献もできるし。もちろん転がったボールを拾うことの方が多かったけれど。
それから遠投して内野へボールを返す。これはコントロールもへったくれもないから気楽に投げた。だけど気楽に投げると、結構コントロール良く投げられたのは不思議だった。
きれいにキャッチャーにワンバウンドで「レーザービーム」出来ることさえはあった。だから、(僕、本当はコントロールいいのかも…)なんて妄想したりもした。
それから遠投もやった。もちろん僕の投げた球は方々に散らばるので、たまたま相手をしてくれた遠投の相手には、「外野フライの練習とでも思っててね」とか釘をさしておいたけど。
だけど相手はずいぶん遠い距離から、僕でも容易に捕れるような「ストライク」をしばしば僕の胸に投げる。きっといろんな人が言うように、僕の胸から目をそらさずに投げていたんだろうね。
それはそれは不思議だったし、それは人間業じゃないと、その頃の僕は思っていた。80メートルとか離れた所から「ストライク」だぞ! 野球選手ってすごいんだなって、改めて感心したりもした。いやいや、僕だって一応「投手」というポジションの「野球選手」の末席にいたつもりだったけど。
それはいいけれど、ともかく遠投では大きくステップして、反動をつけて、体全体を使って、そして思い切り腕を振る。どうやったらより遠くへ飛ぶかもいろいろ考えながらやった。もちろん少しずつボールは遠くへ飛ぶようにはなった。
だけど僕の投げるボールは、ピーンと糸を引いたように飛ぶだけじゃなくて、途中で曲がったり落ちたりすることも多かった。これはピッチングでボールが勝手に変化するのと同じ理屈だろうなとは思っていた。そしてそれだったら、とりあえずどうしようもないんだよね。だけど僕は外野手の修業中ではないから、そういうことはまあいいかって、呑気に考えていた。
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