おもしろSFショート

山田みぃ太郎

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モンスターペアレント(教師の苦悩)

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 俺が働いている学校で、豪快に給食費をため込んでいるご家庭が何件もあるらしい。前々から噂になっているのは知っていたが、俺が具体的な話を知ったのは昨日の職員会議だ。俺は愕然とした。
 それから会議では、給食費を払わない親たちのことが問題になり、何でも滞納された額は全校で合計数百万円に及んでいるらしかった。
 そしてその中でも横綱級の親、いわゆるモンスターペアレント(略してモンペ)が、あろうことか、俺のクラスの生徒の親だったというのだ! しかもその職員会議の場で、校長は俺に、
「あ~、このやうな事態であるからにして、あ~、この際滞納された給食費を、担任であるおぬしが集金せしめ、あ~、これを以って担任としての責務を果たさんと欲するものである。さしずめこれは、あ~~、明確なる校長命令であ~る!」
(めめめ、明確なるこここ、校長命令であ~る? じょじょじょ、冗談じゃないよ!)
 そう思いながら、翌日、俺は一万トンの重い気分を背負い、しぶしぶチャリでそのモンペの家へと向かった。
 
 閑静な住宅街にある豪邸。そんな状況はこの春家庭訪問に行ったときから、先刻ご承知だったけれど…
 ともあれ車庫には、相変わらず「ベ…」で始まる高級外車が置いてあり、その隣に「ク…」で始まる、それもピンクの国産の高級車もあった。こちらは最近買ったみたいだ。
 庭に入ると、きちんと剪定された植木と庭石と池もあり、立派な錦鯉が何匹か泳いでいた。それと盆栽もたくさん…だけどそれに不釣り合いなようなゴミ袋が数個転がっていたりもして…
 それから俺が豪勢な玄関で呼び鈴を鳴らすと、「ボわぁ~~~ン」という不気味な音がして、ややあって、煙草をくわえた煙草臭い、すすけた顔の母親が出てきた。
「あらら先生、今日はなんの御用かしら?」
「えぇ~と、給食費を納めてもらうお願いに伺いました!」
「給食費? あらら、納めていませんでしたっけ?」
「ええと、一年と二か月分溜まっています。お子さんが入学して以来、一度も入金されていません。だから十四カ月分で六万三千円です」
「あららそうなの。でもうち、お金、ないのよね」
「ところで最近、クルマ買われたのですね」
「あのピンクのでしょ。あれ六百三十万だったのよ。安いでしょ」
「え~と、六百三十万が安いかどうかはさておいて、ともあれ給食費の六万三千円、払ってください!」
「だからぁ、クルマ買ったからもうお金ないのよ。それにぃ、煙草代とかぁ、パチとかぁ、いろいろよ♪」
「あのね、お母さん。クルマ買ったから給食費払えないって、そんなん理由になりませんよ、しかも煙草代とかパチ代とか…」
「でも義務教育だから給食代はタダでいいでしょ?」
「あのですねぇ、義務教育の『義務』とは、親が子供に教育を受けさせる義務です。義務教育だから何でもタダという屁理屈は通りませんよ」
「だって給食費、みんな払ってないでしょ?」
「ほとんどの親御さんはきちんと払っておられます」
「あらぁ?私のママ友はほとんど払ってないわよ」
「一体どういうママ友と付き合いがあるの? まあいいけど、とにかく払って下さい!」
「それってどうして払わなくちゃいけないの?」
「そうです(キリッ!)」
「ねえ、ところでそれって一体どういう根拠があるの?」
「それは、ええと…、『給食費に関する法律』というものがあります」
「何なのよそれ?」
「給食センター設置の費用や職員の給料なんかは自治体が負担するのですが、保護者の方には、それ以外の…まあ、実際はほとんど食材費なんですが、そのぶんを支払ってもらうということが、その法律に明記されています」
「で、誰がそんなこと決めたのよ!」
「法律で決まっているのです。法律は選挙で選ばれた議員による議会の多数決で決まったものです」
「そんなこと言われたって…」
「払ってもらわなければ給食の食材が買えなくなります。食材費が不足すれば給食の質を落とすか、給食費を払わないご家庭では給食を停止し、弁当に切り替えてもらわざるを得なくなりますよ」
「何いってんのよ! うちはあんたたちに給食出せなんて、一言も言ってないわよ。あんたたちが勝手に給食を出して子供に食わせて、それで金払えって…、一体、これってどういうこと?」
「いまさらそんなこと言われるなら、事前に、『うちは給食はいりません。息子には弁当を持たせます』とかなんとか言っていただければよかったですね。それを毎日当たり前のように給食を食べて、で、この際言わせてもらいますが、おたくの息子さんはこないだ給食がカレーのとき、三杯もおかわりしていましたよ! それにいつもいつも沢山ついでくれといって、大盛りを要求していますよ! それに友達の分まで取って食っていますよ! そりゃもう全く食い意地が悪いったらありゃしない!」
「もう!うちの子を悪く言わないでよ!」
「とにかく! だから我々が勝手に給食を出したなんて、全く持って心外です。これはもう踏み倒し、無銭飲食、いやいや、食い逃げのレベルですよ」
「何よ! 食い逃げだろうがなんだろうが、そんなこと知ったこっちゃないわよ。とにかくお金がないの! ピンクのクルマのローンもあるから給食費払えないの!パチ代だって…」
「あのね! そういう身勝手な理由で給食代を払わないというのは社会的に許されませんよ! 経済的に苦しくて、本当に払えない人のために、自治体で給食費の助成金の制度もあります。生活保護もあります。だけどお宅は何ですか? 立派な家に植木に庭石に錦鯉に盆栽に高級外車に新車に煙草代にパチ! それで給食費を払えない? はぁ~~! あのね、ちったぁ金の使い方、考えたらどうですか!」
「何よ! 他所の家計に口出ししないでよ!」
「そもそもおたくは、家計なんて言えたガラですか? しかも息子は豪快に給食食べ放題!」
「担任のくせに息子の悪口いわないでよ」
「とにかく! おたくは金の使い方がでたらめだ。ええい! もう払うもの払わなきゃ金輪際給食、止めますよ!」
「何よ! えらそうに!」
「とにかく払ってもらいます!」
「払えません!」
「とにかく払って下さい!」
「払えません!」
「とにかく払って下さい!」
「ええいもうやかましい! とにかく払えないの! いいわ! とにかくもうそんなこと言うなら……、ええい!くらえぇぇぇ!」
 モンペの母親はそう吠えると、くわえていた煙草を俺に投げつけた。
 しかし残念ながら煙草は、流体力学的にレイノルズ数が小さく、空気抵抗の関係で途中で急速に失速し、螺旋形の煙を残し、俺の目の前にぽとりと落ちた。
 そのことがよほど悔しかったのか、今度は、
「見てよこの財布! 一円もないんだからぁ!」
 そう言うと、今度はポケットから取り出した長財布を、びゅん!とスナップを効かせて見事なオーバーハンドで俺に投げつけた。
 するとその長財布は見事なトップスピンを効かせて飛んできて、俺のこめかみに命中しメガネがぶっ飛んだ。
 俺の目から火が飛び、一瞬、頭がくらくらした。
 それから俺は気を取り直すと、自分のメガネと投げ付けられた長財布を拾った。そしてメガネを掛けてよく見ると、その財布はブランド物の高級長財布だった!

 実は偶然、それはついこの間のことだが、俺はネットで財布を見ていた。そろそろ新しいのを買おうと思って。それで、三千円くらいのを見ていたが、高いのってどのくらいだろうと、気まぐれにそう思って見たら十三万円のブランド物の長財布が出ていた。
 しかしこんな財布、買う奴いるのか? よほどの見栄っ張りか? と、俺はあきれていたが、たった今俺に投げ付けられた長財布は、まさにその十三万円の長財布だったのだ!
 それから俺はちょっと考え、そしてこう言った。
「私に投げ付けたということは、この長財布もういらないのですね」
 それから俺が長財布を開けると、確かに一円も入っていなかった。
 それで俺はこう続けた。
「お金がないのはよく承知いたしました。するとこの長財布も要りませんね。入れるお金がないのでしょ? だったらこの長財布、給食費の肩代りとして頂戴して、ええと、ヤフオクで処分させていただきます。エへへへへへ」
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