おもしろSFショート

山田みぃ太郎

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もう一つのニッチェの物語

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 彼と彼女はニッチェの海岸で、ヤシの木の根元に仲良く並んで座り、ニッチェの海を見ながらいろんな話をするのが好きだった。
 ニッチェとは木星の内部にある直径一キロほどの空間。

 何万年も前からそこにあり、そこは立体的な街、あるいは大きなデパートのような感じの場所だ。二百五十ものフロアがあり、中央に巨大な吹き抜けがある。
 そして一番下のフロアがニッチェの海だ。

 地球のきれいな海岸を模して作ってあり、ニッチェに住む数万人の人々にとっては憩いの場所だ。
 彼らはともにニッチェで生まれ、学校へ行き、仲良しになり、そして将来を約束する仲だった。

 その日、彼らはニッチェの海岸の砂浜に座り、幸せな時を過ごしていた。

「私、ハンバーガーとジュースをもらってくるわね」
 それから彼女はそう言うと、海岸にあるハンバーガー屋へと向かった。

 ニッチェは衣食住に不自由のない場所だった。
 理由は分からない。
 だけど大昔からずっとそうだった。

 それから彼女はヤシの木陰の近くにあるハンバーガー屋へ行き、だけどたまたまそのとき数人がハンバーガー屋に並んでいたので、彼女も列の後ろに並んだ。
 それから彼は彼女から視線を外し、しばらくニッチェの海を見ていた。
 そして彼が再び彼女に視線を向けると、彼女はその場所から忽然と消えていた!

 それから彼は海岸のあちこちを探した。
 もちろん、ニッチェの二百五十の全てのフロアも探した。しかし彼女はニッチェのどこにもいなかった。

「もしかしてタイムカナル…」
 彼は思った。そして彼は嘆き悲しんだ。
 彼の恐れていたことが…

 タイムカナルは木星にあるニッチェと地球のいろんな場所、いろんな時代をつなぐ時空のトンネルだ。
 時々その入り口が開き、居合わせた人が吸い込まれ、運ばれる。
 ニッチェから地球へ。
 地球からニッチェへ…

 実は彼は、そのタイムカナルのことを熟知していた。
 いろんな人からも話にも聞いていたし、ニッチェの五十階のフロアにある、中央図書館でもタイムカナルについて書かれたいろんな書物を読んでいた。
 だから彼は熟知していたのだ。

 彼女がハンバーガー屋で並んでいた数分間に、おそらくヤシの木の根元あたりでタイムカナルの入り口が開き、彼女はカナルに吸い込まれ、地球へ送り込まれたのだろう…
 彼はそう思った。

 だから彼女を探そう!
 彼はそう考えた。

 そして実は、彼はタイムカナルを熟知していたのみならず、タイムカナルを「見る」ことも出来た。
 これは普通の人には出来ない、彼の「超能力」とも言える。

 タイムカナルはちょうど人一人が通れるくらいのトンネルで、それは普通の人には見えない。
 ただその入り口が開いたその瞬間には、普通の人でもそれが黒い小さな穴として見えるのだ。
 そしてそれに触れると吸い込まれる。

 しかし彼はタイムカナルの入り口が開くもう少し前に、それが開こうとしているのが「見える」のだ。
 ところが彼女が吸い込まれたとき、彼はハンバーガー屋の列に並んでいた彼女から視線を外し、ニッチェの海を見ていた。
 それで彼女がカナルに吸い込まれる、その瞬間を見ることが出来なかった。
 そして彼女がタイムカナルに吸い込まれるのを、止めることも出来なかった。
 彼は悔やんでも悔やみ切れなかった。

 それから彼は地球へ行ったであろう彼女を探すため、タイムカナルで地球へ行く決意をした。
 タイムカナルはニッチェのいろんな場所でその入り口が開くことが知られていたが、とりわけこの海岸にある木の根元で開くことが多かった。
 といってもそう頻繁に開く訳ではなかった。

 それで彼は毎日海岸へ来て、辺りを見渡し、そしてタイムカナルの入り口が開く瞬間を待った。
 そして数日後、彼はとうとうタイムカナルの入り口を見付けた。
 それで彼は急いでその入口へ近づき、それに触れ、そして吸い込まれた。

 すると彼は光のトンネルの中で、物凄い距離を、物凄い速さで移動しているような感覚に襲われ、彼は気が遠くなったような感覚の後、何処かに「どしゃん」と背中から落ちた。
 彼が我に返るとそこはやはり海岸だった。
 彼は砂浜で仰向けになっていた。

 見渡すとそこはニッチェの海ではなく、その海ははるか遠くまで続き、波が押し寄せ、彼の上には果てしなく高く、空があった。そして白い雲もなびいていた。
(地球に来たんだ!)
 彼は思った。

 いろんな人から話に聞いた、中央図書館で読んだ、「地球」そのものだ!
 彼は感動した。

 それから彼は海とは反対側の、陸の方を見た。
 そこにはむき出しの岩がごろごろと転がり、ギザギザの葉っぱのシダ植物などが生い茂っていた。
 遠くでは火山が噴火していた。
(一体ここは何処だろう。そしてどの時代だろう…)

 彼がそう思っていると、恐竜のトリケラトプスがやって来た。
 そしてそれを追うようにティラノザウルスも走って来た。
(うわ~。ここはジュラ紀だ!)

 それから彼は、いろんな訳の分からない植物が生える茂みに急いで身を隠した。
 幸い、トリケラトプスもティラノザウルスも、すぐに何処かへと走って行った。
 彼は一安心。

 それにしてもタイムカナルがこんな太古の時代にもつながっていたなんて! 
 彼は驚いた。
 そして彼は再びタイムカナルの入り口を探した。

 それから丸一日、彼はその入口を探し続けた。
 彼はジュラ紀の茂みで、いろんな動物に遭遇し、中にはベロキラプトルなどという、獰猛な肉食獣も遠くを歩くその場所で、命からがら丸一日を過ごしたのだ。
 そしてようやくタイムカナルの入り口を見付け、彼はニッチェへ戻った。

 それから彼は中央図書館であることを調べ始めた。
 タイムカナルには地球の過去へつながるものや、未来へつながるものや、同じような時代につながるものがあるはずだと、彼は考えたのだ。
 そしてそれを見分ける方法はないのか、と。

 それから何日かそのことを調べ、そして彼はある書物を見付けた。
 それは彼同様、タイムカナルが「見える」人が書いたものだった。
 タイムカナルはその入り口が開いたとき、「黒い穴」として見える。
 しかし過去へつながるタイムカナルはやや赤く、未来へつながるタイムカナルはやや青く見える。
 そして同じような時代につながるタイムカナルは真っ黒く見える。

 この記述に彼は注目した。
 そしてそれを知った彼は、真っ黒に近いタイムカナルの入り口を見付けるとそこへ入り、近代から現代、近未来の地球へと移動した。
 彼はニッチェと地球の間の移動を繰り返したのだ。

 そして地球ではいろんな時代のいろんな図書館へ行き、ありとあらゆる新聞記事を読んだ。
 彼女の手掛かりを探すために…

 そして何度目の移動か分からないけれど、彼はある時代のある場所の図書館で、彼女の手掛かりとなる、ある新聞記事を見付けた。

 若い女性、公園で暴漢に襲われ、銃で撃たれて死亡

 その記事に載っていたのは彼女の名前だった。
 そして載せられた被害者の写真は彼女そのものだった。
 その記事にはもちろん事件のあった日時、場所も書いてあった。

 それはある公園の、ある日の夜。
 しかもその日はニッチェの日付では、ニッチェの海で彼女がタイムカナルに吸い込まれた、まさにその日だったのだ。

 それから彼は一度タイムカナルでニッチェへ戻り、その事件の少し前の地球へ行けそうなタイムカナルを探した。
 実は彼は何度も何度もタイムカナルで移動を繰り返し、その結果どの穴へ入ればどの時代へ行けるのかということが、正確に予測出来るようになっていたのだ。

 それは開いた穴の微妙な色の違い…、それはもう途方も無く微妙な色の違いを、彼は見分けられるようになっていたからだ。

 そうして彼は、事件の数日前の地球へ移動することが出来た。
 それから事件の日の午後、彼はその公園へ行き、彼女を探した。

 彼女は公園でハンバーガーを売る仕事をしていた。
 そして彼はそのことに驚いた。
 ニッチェで彼女が行方不明になったとき、彼女はハンバーガー屋にいたのだ。
(何という偶然!)
 彼は思った。

 そしてその夜、彼は仕事を終えた彼女を迎え、彼女と公園を散歩しながらいろんな話をした。
 彼女は彼のことをはっきりと覚えていた。
 もちろん恋人であることも。

 だけど彼女はずっと以前から地球にいて、このハンバーガー屋で勤めていると思い込んでいた。
 どうやらタイムカナルでの時空移動は、人の記憶を書き換えることもあるようだった。
 だけど彼の話から、彼女は自分がニッチェで生まれ育ったことを徐々に思い出した。
 ニッチェの海で、彼と一緒に砂浜に座り、話をしていたことも…
 
 それから公園のベンチで二人は話し込んだ。
 そして再会出来た喜びに、彼はその夜、彼女に起こるであろう悲劇のことを、すっかり忘れていた。

 だけどそのとき、拳銃を持った一人の暴漢が現れた。

「金をよこしな」
 それで彼女は暴漢に有り金を全部を差し出した。
 しかしハンバーガー屋で稼いだ全財産を見た暴漢は、

「こんなはした金じゃ、話にならん」
 そう言って彼女の腕を掴み、言った。

「この御夫人にはちょっと来てもらおう」
 それで彼は「やめろ!」と言って彼女を暴漢から引き離した。

 彼と暴漢はもみ合いになった。
 そしてその直後、暴漢の持った拳銃が暴発し、その弾丸が彼女の心臓に当たった。
 彼女はその場に倒れた。

「俺は撃っていない。お前が俺ともみ合っているうちに、勝手に暴発したんだ!」
 暴漢はそういうとその場から逃げていった。

 彼は彼女を起こそうとしたが、彼女はすでに息を引き取っていた。
(せっかく彼女を助けるためここへ来たのに、これでは何も変わっていない。僕は何をやっていたんだ…)
 彼は嘆き悲しんだ。

 それから彼はタイムカナルでニッチェへ戻り、もう一度事件の直前の地球に行くことにした。
(暴漢に出会わないように、彼女をどこかほかの場所へ連れて行かなければ…)
 彼は考えた。

 そして運良く事件の日に地球へ移動できた彼は、公園へ行き、ハンバーガー屋の仕事を終えたばかりの彼女を見付けると、こう言った。

「ここにいてはだめだ!」
 それから彼は、彼女に事情を説明した。
 彼女は彼のことを思い出し、それから二人は夜の街を歩いた。

 そして街角のベンチに二人で座り、しばらく話をした。
 すると通りの向こう側にはハンバーガー屋があり、それで彼女は通りを渡り二人分のハンバーガーとジュースを買い、通りを渡ってベンチへ戻ろうとした。

 だけどそのとき、一台の暴走車両が走って来て、彼女はその車に轢かれてしまった。
 彼はわが目を疑った。
 それから救急車で病院へ行ったけれど、その日の深夜、彼女は息を引き取った。

 深夜の病院の、待合室のソファーで、彼は悲しみにくれ、そして彼は考えた。

(きっと彼女は…、僕が何をしようと、この夜、命を落とす運命なのだ。どうやらそれだけは避けようもないことのようだ。だからたとえ僕が百万回彼女を救いに来たとしても、彼女は百万通りの死に方をするだろう。それが彼女に与えられた運命に違いない。しかも彼女はニッチェにいたとしても、この日はタイムカナルで地球に運ばれてしまう日…)
 とにかくその日は、彼女にとって「特別の日」だったのだ。

 それから彼はもう一度ニッチェへ戻り、そして中央図書館へ通い、タイムカナルのことを調べつくした。
 そしてついに彼は、タイムカナルのメカニズムを知り尽くし、そして何とタイムカナルで自在に時空移動が出来るようになったのだ!

 それから彼は再びタイムカナルで移動し、彼女が命を落とすその「特別の日」に、ハンバーガー屋での仕事を終えた彼女を迎え、そして彼はしっかりと彼女の手を握り、彼女とともに、ただちにタイムカナルでニッチェへ戻った。

(だけどそれだけではダメだ。「特別の日」彼女はまたタイムカナルに吸い込まれ、何処かへと行ってしまうだろう…)
 彼は考えた。

(だから何処か違うところへ行かなければ…)
 それから彼らはもう一度タイムカナルで地球へ移動した。
 今度は過去の地球へ。

 それは彼女の「特別の日」まで百年以上もある、ある時代。
 そこは西部の開拓時代の、ある平和な村だった。
 そこでは暴漢に襲われる心配もない。
 暴走車両が突っ込む心配もない。
 とても平和な場所だったのだ。

 そして彼らはその村で、末永く幸せに暮らした。
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