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N先生からの手紙
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それ以来N先生は時々おれの医院の地下にある書斎へ来られ、2、3日執筆されると、それからまた大正時代へ帰られるというパターンで過ごされた。
それで2、3日執筆されると突然先生は「帰る」と言われ、それでおれはN先生が言われる日時、場所へタイム人力車お送りし、そして次回お迎えに上がる日時、場所を訊いてからおれは21世紀へ帰るという事をしばらく繰り返した。
こちらの書斎ではN先生は、おれが貸してあげた古いノートパソコンで執筆されていた。
さすがに大変なインテリで、しかも英語も得意な方であっただけにローマ字入力にもすぐに慣れられ、「パソコンだと推敲も大変やりやすい」と言われながら、器用に操作されていた。
そして一定量仕上がった作品はプリントアウトされ、それを持って来られていた原稿用紙に達筆な文字で書き写され、そしてそれを大正時代へ持って帰られているようだった。
それから地下のおれの研究室の中や、夜になると一階の医院のあちこちを散策され、おれといろんな話をしたり、おれがパソコンでのネットの検索などを教えてあげたり、それでN先生はパソコンで、先生にとっては未来の出来事をいろいろと検索されているようだった。
それはとりわけ昭和初期から第二次大戦に掛けての出来事で、先生は食い入るように見ておられ、そして大きなショックを受けておられるようだった。
そういうことがしばらく続いた後、ある日おれはN先生を迎えるため、約束していた日時へ移動しようと、タイム人力車を動かそうとしたのだが、なぜかそのときは全く作動しなかった。
それでおれは修理をしようとしたのだが、見てみるとタイム回路が完全に焼き切れていた。
そこで早速部品を交換したが、作動させようとするとやっぱりすぐに煙が上がり、焼き切れてしまった。
そして何度やっても結果は同じだった。
とにかく何回修理してもタイム回路が焼き切れ、だから一向にタイム人力車は復活しなかったのだ。
それからおれは何日か、その事についていろいろと考えた。
そしておれには思い当たる事があった。
それは未来の事を知ったN先生が、大正時代に起すであろう行動。
そういうことを時空が許さなくなったのでは…
そんなある日、おれの所に一通の手紙が来た。
封筒には大正時代の切手が貼ってあり、それを郵便局長がおれの所に直々に持って来てくれたのだ。
郵便局長の話では、それは大正時代に、ある人によって京都のとある郵便局へ持ち込まれ、それには平成の今日の日付と俺の住所が達筆な字で書いてあり、そしてその手紙は21世紀の今日まで、100年余りそこに保管されていたという。
それはN先生からの手紙だった。
大変御無沙汰致しております。
私はこの手紙を大正五年、即ち千九百十七年三月十一日に書いております。先生が暮らしておられる丁度百年前の時分です。そしてこの手紙は、私にとっては遠い未来の出来事である、昭和二十年の東京大空襲を避けんが為、亜米利加が空襲を避けたと、後に知れることと成る、京都のとある郵便局に託すつもりでゐます。
まず、今日私が生きて居られるのは、先生が私の胃潰瘍を治癒せしめて頂いた賜であり、その件については誠に感謝に堪えない所存であります上、先生の御加療無くして私は生きて居よう筈もありません。即ち私はとくに死んでゐると思っております。
まずはそのお礼を申し上げたい所存です。
先生が私の所に来られなくなり二月程過ぎました。そして私は、先生が約束を反故にされるやうな御方ではないという事を良く存じております。
従って、先生が来られない理由とは、おそらく先生のタイムマシンが作動しなくなったからであらふと、私は勝手ながら想像いたしております。
そして私は、それが未来永劫作動しないのではないかといふ懸念を抱いております。
しかしてその理由とは、過去の人間である私如きがこれ以上未来を知る事は、決して許されないからであらふと、考えるに至ったのです。
さもなければ、時の秩序が保てなくなるからではないかと、私は思ひ描いてゐるのです。
そもそも私がこの手紙を書く心持になったのは、そういふ理由によるものです。
私は先生のパソコンを通し、二二六事件から第二次世界大戦や原爆投下や日本国の敗戦あるひは東日本大震災や原発事故等さまざまな事実を知るに至り、多大なる衝撃を受けております。
そして最初のうち私は、このやうな事態を回避せんとするが為に、筆を執る心持でおりました。
しかしてそのやうな私の拙速な行動は時の秩序を破壊し、これを以って、却って歴史に重大なる悪影響を与え得ると思ひ描くに至り、そこで私は私の居る時代から見れば遠い未来の事実を慮り、これを判然と描き出すより、あえて暗々に人々に知らしむるが為、未来を想像するかの如き空想小説を書き遺し、これらを以って人々をしてこれを警告し、啓蒙せしめ、参考に供するやうにすべきと考えるに至ったのです。
さすればそれがどのやふな書物なのかは、これから私が著そうとしている物が、幸ひにして後世に残されておれば、先生にも御覧頂けるかと存じますが、念の為その事を申し上げたところです。しかして此の事は先生と私だけの秘密として、全てを腹の中にしまっておひてください。
それで2、3日執筆されると突然先生は「帰る」と言われ、それでおれはN先生が言われる日時、場所へタイム人力車お送りし、そして次回お迎えに上がる日時、場所を訊いてからおれは21世紀へ帰るという事をしばらく繰り返した。
こちらの書斎ではN先生は、おれが貸してあげた古いノートパソコンで執筆されていた。
さすがに大変なインテリで、しかも英語も得意な方であっただけにローマ字入力にもすぐに慣れられ、「パソコンだと推敲も大変やりやすい」と言われながら、器用に操作されていた。
そして一定量仕上がった作品はプリントアウトされ、それを持って来られていた原稿用紙に達筆な文字で書き写され、そしてそれを大正時代へ持って帰られているようだった。
それから地下のおれの研究室の中や、夜になると一階の医院のあちこちを散策され、おれといろんな話をしたり、おれがパソコンでのネットの検索などを教えてあげたり、それでN先生はパソコンで、先生にとっては未来の出来事をいろいろと検索されているようだった。
それはとりわけ昭和初期から第二次大戦に掛けての出来事で、先生は食い入るように見ておられ、そして大きなショックを受けておられるようだった。
そういうことがしばらく続いた後、ある日おれはN先生を迎えるため、約束していた日時へ移動しようと、タイム人力車を動かそうとしたのだが、なぜかそのときは全く作動しなかった。
それでおれは修理をしようとしたのだが、見てみるとタイム回路が完全に焼き切れていた。
そこで早速部品を交換したが、作動させようとするとやっぱりすぐに煙が上がり、焼き切れてしまった。
そして何度やっても結果は同じだった。
とにかく何回修理してもタイム回路が焼き切れ、だから一向にタイム人力車は復活しなかったのだ。
それからおれは何日か、その事についていろいろと考えた。
そしておれには思い当たる事があった。
それは未来の事を知ったN先生が、大正時代に起すであろう行動。
そういうことを時空が許さなくなったのでは…
そんなある日、おれの所に一通の手紙が来た。
封筒には大正時代の切手が貼ってあり、それを郵便局長がおれの所に直々に持って来てくれたのだ。
郵便局長の話では、それは大正時代に、ある人によって京都のとある郵便局へ持ち込まれ、それには平成の今日の日付と俺の住所が達筆な字で書いてあり、そしてその手紙は21世紀の今日まで、100年余りそこに保管されていたという。
それはN先生からの手紙だった。
大変御無沙汰致しております。
私はこの手紙を大正五年、即ち千九百十七年三月十一日に書いております。先生が暮らしておられる丁度百年前の時分です。そしてこの手紙は、私にとっては遠い未来の出来事である、昭和二十年の東京大空襲を避けんが為、亜米利加が空襲を避けたと、後に知れることと成る、京都のとある郵便局に託すつもりでゐます。
まず、今日私が生きて居られるのは、先生が私の胃潰瘍を治癒せしめて頂いた賜であり、その件については誠に感謝に堪えない所存であります上、先生の御加療無くして私は生きて居よう筈もありません。即ち私はとくに死んでゐると思っております。
まずはそのお礼を申し上げたい所存です。
先生が私の所に来られなくなり二月程過ぎました。そして私は、先生が約束を反故にされるやうな御方ではないという事を良く存じております。
従って、先生が来られない理由とは、おそらく先生のタイムマシンが作動しなくなったからであらふと、私は勝手ながら想像いたしております。
そして私は、それが未来永劫作動しないのではないかといふ懸念を抱いております。
しかしてその理由とは、過去の人間である私如きがこれ以上未来を知る事は、決して許されないからであらふと、考えるに至ったのです。
さもなければ、時の秩序が保てなくなるからではないかと、私は思ひ描いてゐるのです。
そもそも私がこの手紙を書く心持になったのは、そういふ理由によるものです。
私は先生のパソコンを通し、二二六事件から第二次世界大戦や原爆投下や日本国の敗戦あるひは東日本大震災や原発事故等さまざまな事実を知るに至り、多大なる衝撃を受けております。
そして最初のうち私は、このやうな事態を回避せんとするが為に、筆を執る心持でおりました。
しかしてそのやうな私の拙速な行動は時の秩序を破壊し、これを以って、却って歴史に重大なる悪影響を与え得ると思ひ描くに至り、そこで私は私の居る時代から見れば遠い未来の事実を慮り、これを判然と描き出すより、あえて暗々に人々に知らしむるが為、未来を想像するかの如き空想小説を書き遺し、これらを以って人々をしてこれを警告し、啓蒙せしめ、参考に供するやうにすべきと考えるに至ったのです。
さすればそれがどのやふな書物なのかは、これから私が著そうとしている物が、幸ひにして後世に残されておれば、先生にも御覧頂けるかと存じますが、念の為その事を申し上げたところです。しかして此の事は先生と私だけの秘密として、全てを腹の中にしまっておひてください。
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