転生一九三六〜戦いたくない八人の若者たち〜

紫 和春

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第38話 偶発的

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 マジノ線某所。現地時間一九三六年六月十九日早朝。
 フランス軍の兵士数名がマジノ線の向こう側である、ラインラント方面を哨戒しているときだった。
「日が昇り始めてきたな。そろそろ交代の時間だろう」
「ナチスの野郎、なんでラインラントなんかに進軍してきたんだ。おかげで、故郷に残してきた嫁の出産に立ち会えやしねぇ」
「まぁ、そうカッカするな。ナチス野郎の顔面に一発カマしたら気の済む話だろ?」
 そんな話をしていると、一人の兵士が頓珍漢な方向を見る。
「どうした?」
「いや……。今そこで何かが動いたような気がして……」
 そういって仲間のほうを見た瞬間だった。彼の後ろから黒い影が飛び出してきて、彼の首に牙を剥いた。
 それとほぼ同じタイミングで、他の兵士のところにも黒い影が飛んでくる。
 兵士たちの首から、鮮血が噴き出す。ただ一人、兵士たちをまとめていた班長を除いて。
 班長はとっさにナイフを取り出し、覆いかぶさってくる黒い影を躱してナイフを突き立てる。
「ヴッ……!」
 低い声を上げて、黒い影は班長に覆いかぶさってくる。班長がチラリと黒い影の正体を確認する。
 その服装を見て、班長は目を見開いた。
「ドイツ軍……!」
 だんだんと明るくなる朝日で、黒い影の様子がはっきりしてくる。全員ドイツ兵であった。
『かかれっ』
 ドイツ兵が一斉に襲い掛かってくる。班長は覆いかぶさってきたドイツ兵を盾にするように、体の向きを変えた。
 ナイフが死体のドイツ兵に刺さる。そのまま拙い背負い投げをするように、突撃してきた力をいなす。
 ドイツ兵が地面を転がっている隙に、班長は全力でその場から離脱する。後ろから拳銃だか小銃の発砲音が聞こえるが、振り返れば命の危険に晒されることを直感した班長は、そのまま全力で逃げることに徹した。
 すぐにマジノ線の直上に到着する。班長は近くにあったトーチカへと逃げ込む。
「おい、何があった?」
 トーチカで周囲を警戒していたフランス兵が呑気に聞く。
「ドイツ軍だ! すぐそこまで来ている!」
 それを聞いたフランス兵は、すぐに行動を起こす。
 一人は、常備されていたスイッチを押して、ドイツ軍が接近している非常ベルを鳴らす。
 また、二人ほど周囲の警戒を行うために、外に向かって小銃を構える。
 そして残りの兵士は、トーチカに配備されていた歩兵砲の準備に取り掛かる。
 全員の準備が整った辺りで、非常ベルによって叩き起こされた歩兵中隊長がやってきた。
「敵はどこだ!?」
「前線方向百メートル辺りです!」
「まだ外は暗い……。外に出るのはまだだ! 朝日が出てきてからにしろ!」
 トーチカの中に、緊張した空気がしばらく漂う。
 十数分ほどしただろうか。朝日が昇ってきて、辺りの様子が分かるようになってきた。
 中隊長がペリスコープを使って、周辺の様子を観察する。
「む。前方二百メートルやや左、人のようなものが伏せている。歩兵砲で狙えるか?」
「測距します。中隊長、ペリスコープをお借りします」
 歩兵砲の観測員が、中隊長の使っていたペリスコープで確認する。
「左に十五度、俯角五度」
 トーチカの中で向きを合わせ、砲弾と装薬を装填する。
「射撃準備完了」
「発砲!」
「押せー!」
 後ろでスタンバイしていた歩兵砲を、前方に移動する。トーチカの窓から砲口が顔を出し、直接目標に照準させて発砲した。
 発砲直後に、前方の地面が爆散する。その横の地面から人の姿が現れ、ラインラント方面へと逃げていった。
「あっ、クソ! 逃げられたっ」
「戻せ戻せ!」
 歩兵砲を素早く後退させ、身を隠す。
 観測員が周辺の様子を確認する。
「誰か残っているか?」
 中隊長が観測員に聞く。
「死体だけです」
 観測員は淡々と答える。
「そうか。周辺の警戒に出る。哨戒班を編成しろ!」
 そういって、中隊長はトーチカからマジノ線の内側へと戻っていった。
 その後、中隊長の命令の元、哨戒班が五班ほど編成され、周囲の状況確認に向かう。
 その中で、ドイツ兵とフランス兵数名の遺体を発見した。
 中隊長は、ラインラントに進駐したドイツ軍によるものと判断し、近くの要塞へと連絡した。要塞にいた歩兵連隊長と師団長は協議したが、ごく少数のドイツ兵による偶発的な遭遇戦と判断し、これといった対策をする必要はないという結論を出す。
 この判断によって、マジノ線付近では、三日間で少なくとも十回もの偶発的な戦闘が勃発するようになった。
 この事実をフランス軍上層部が把握するまで、約一週間かかった。
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