白鴉が鳴くならば

末千屋 コイメ

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第二十二話

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 白鴉を黒く染めることができたナラ、どれだけ楽しいダロウ。ボクには良い遊び相手。そして彼には、良き治療。化け物は化け物らしく、美しくッテ、怖くなくっちゃ。いけないイケナイ。早々、そのまま、実験動物を亡くすナンテ、できないもんサ!
 白い鴉ちゃんから貰った唾液や血液の解析を終わらせる。やっぱりボクの思った通り、数値の所々が死ンデル。臓器のトッカエが速そうだけれど、今までソレをしなかったからには、別の理由があるんダ。ボクにはわかる。彼の異食症の理由。
 長い白衣を翻し、社内を歩く。営業部に向かえばこちらを不審な目で見てくる社員共。そうそう、ここの奴らはボクのことが苦手なんダ。こんなに可愛いボクなのにナ。血のにおいを振りまいているだトカ? ナントカ? ああ、デタラメな御託は並べなくて良い。ボクは赤い華が咲き乱れるのが好きなダケ。
 パリッとノリのきかせたスーツを身に纏った営業部長がボクを睨む。相変わらず洋洋ヤンヤンはボクと視線を合わせようとしてくれない。首が疲れちまうヨ。
洋洋ヤンヤン。君のカワイコちゃんの情報を持って来たヨ」
「語弊を招く言い方をしないでくれ。あと、それなら社内メールで送ってくれれば良いだろう。俺は忙しいんだ」
「アッヒャ! それはすまないことをしたネ! 今度からそうしてあげヨウ!」
 社内のデータは全てクラウドに吸い上げられているカラ、思ってもみないところで閲覧される可能性があるのに、洋洋ヤンヤンはセキュリティについては考えていないようダ。まっ、ボクも本当のことを社内共有のデータにするつもりはない。こうやって直接閲覧できる外部端末を持っていけば良いカラ。
 ボクが研究部が独自で使用しているパソコンを渡せば、洋洋ヤンヤンは興味深く閲覧しているヨウだった。こうして営業部に足を運ぶのも久しぶりダ。いつの間にか人事異動されているのか、どっかで肉塊にナッチャッタのか、人がだいぶ変わっていた。ボクの知っている人も少ない。それなのに、営業部は研究部――特にボクのことが苦手なようダ。オマエらの作った薬を売り込んでいるのはオレたちだ。とかそういう態度? 気に食わない。ボクらの開発した薬で生きながらえているのは、君達だってのにさ。アア、もう、お腹空いた。
「どういうことだ、これは?」
「どういうコトも、こういうコト。ボクに任せてくれたら、治してあげよう! ボクの患者ダ!」
「……キミは、白鴉パァィアを実験動物にしたいだけ、だろ?」
「その言い方はナンセンスだ! ボクは、困っている白い鴉ちゃんを助けたいだけサ!」
 ポケットから取り出したフォークを指先で回す。ああ、そろそろ昼飯の時間ダ。お腹空いたな。研究部に置いているトランス脂肪酸過剰マウスは食いつくしたし、次はレチノール過剰投与でもしてみよッカな。どんなに肝臓が変わるか、楽しみダ。正午を報せるチャイムは響く。営業部の皆は逃げるように席を立っていく。洋洋ヤンヤンに「お昼行ってきます」ってきちんと挨拶してってる。エライね。
「で、俺はこれをどうすれば良い?」
「えー? 察しが悪いナ。ボクに任せてくれ!」
「……仕事の繋ぎも、か?」
「アア! ボクなら、できるサ。研究部は外回りもあるからネ。被検体の買い付けもボクがいくことが多い。その被検体の提供を彼に任せル。そうすれば、ボクも白い鴉ちゃんも、イイカンケイになる!」
「――あいつは、キミの求めるものを食うぞ」
「ご褒美を提示してないカラだ。ボクは、躾もできル。まあ、任せていてくれタマエ!」
 フォークを投げれば、通りすがりの営業職員に頬を掠めた。逃げて行っちゃったヤ。うーん、彼のように刺すのは難しいカナ。ボクも針を持っておこうカナ。美しい白い鴉ちゃん。たっぷり可愛がってあげないとネ。
 洋洋ヤンヤンから何かあったらすぐ連絡するように、と言い聞かせられる。まるで新入社員に言い聞かせるような言葉ダ。ボクにも優しく指導するあたり、妹が三人いるお兄チャンは女には弱イ。あんなに女は要らないだとかなんとか言ってるくせに、心配するあたり、育ちの良さがワカル。この国で兄妹がいるってことすら珍しいことなのに、きっちり世話してやってンのがマタ……、洋洋ヤンヤンらしいヤ。
 壁に刺さったフォークを引っこ抜いて、彼に叱られつつ営業部を出る。新たに持たされたを手に、会社を出た。風で白衣が翻る。ウーン、最高にカッコイイ! 影がカッコイイ! 良いねぇ、ボク、まるで大女優のようダ! 車を出さずとも、路地裏に辿り着く。ゴミ捨て場の鴉達に「カア!」と鳴けば、まん丸の目をきらきらにして、「カア!」と返してくれタ。
 白鴉は昼の営業中のようだ。店から満腹で幸せそうな人達が出てくる。美味そう。オット、よだれが垂れちゃった。食事してカラ彼に仕事を説明と治療方針を説明してアゲヨウ!
「ハイハイ、いらっしゃい! ああ、ウェイ姐姐ねーね! ちょうど良かったや。今日はサソリあるよ!」
「本当カ? それなら、それをクレ!」
「ハーイ!」
 白鴉店内はそこそこ賑わっている。うちの社員も数人見えた。社員証をさげているからわかりやすいナ。首輪をぶらさげたママだから、所属がわかりヤスイ。全て美味そうに見えるヤ。
 幼女がぽてぽて歩いてきて水とおしぼりをくれた。足が悪そうダ。
姐姐ねーね
「ん。アリガト。君は足が悪いのカナ?」
「あ……うぁ……わ……?」
「ウン。喉も悪いノカ。どれどれ、アーンして、アーン。口をこう、めいいっぱい開けて。ボクに見せてゴラン」
 幼女はボクの言葉で口を開いて見せてくれた。まだ歯が生えそろっていないノカ? 発達が遅いノカ? 口の中は悪くナイ、かな。喉を開いて診たいガ、そうはさせてもらえないダロ。ボク、そこまで外科手術できないシ。専門家ではなくて趣味ダシ。
 炎症していそうだから、腫れどめくらいなら出してアゲよう。表で出回っている薬だから、幼女にも安全ダ。うがい薬だから、うっかり飲み込まないように、白い鴉ちゃんに渡しておくカナ。
雨涵ユーハンを診てくれてありがとうね。お待たせ、サソリの素揚げだよ」
「ヒャッハア! これは良いサソリだネ!」
「うん。オレも久しぶりに食べたくなって仕入れたけど、おいしーやつだよ。どうぞごゆっくり」
 白い鴉ちゃんは皿を運んだらそのまま厨房に戻っていった。今日は半袖ダ。幼女も料理を運ぶためにその辺をウロウロ歩いてイル。脚はまた今度診てあげよっかナ。
 視線を皿に戻す。サソリがそのままの姿で乗っていた。素揚げだから、そのままの姿だ。色は黒っぽい。尻尾には針もくっついたママ。これは美味いやつだ。ボクにはわかる。
 まずは尻尾を噛む。バリバリした食感が楽しい。噛み心地が最高ダ。これだよこれ、ボクの求めていた最高のサソリだ! 次にハサミ。これもバリバリでボリボリいける。白い鴉ちゃんは、料理が上手だ。さすが、料理人やってるだけアル。ボクはもう、嬉しくなってきた。胴体を口に入れる。バリッ、とした後に内臓のうにゅっとした軟らかい感触がシタ。うまいうまい。これは美味しい。ぬるぬるの内臓がとろけて、満たされていく。ボクはうっかり天にも昇りそうな勢いでサソリを食べ尽くした。サソリは健康に良い。破傷風、ひきつけ、筋肉痛、頭痛ナドナド、色んなものに効ク。毒をもって毒を制すノダ。ふう、いっぱいダ。満足感でいっぱいダ。
 いつの間にか店からは消えていた。時計を見る。ア、休憩時間終わってるナ。まあ、ボクは仕事に来たんだから、問題無いカ。研究部も部下が勝手に仕上げてくれるダロウ。ボクの個別端末に連絡も無いシ。
ウェイ姐姐ねーね、今日は昼飯だけ? 何かオレに用?」
「ああ。君に頼みたい仕事がアルんだ。白い鴉ちゃん」
「オレに仕事ねぇ……。食っても良いの?」
 琥珀色の瞳が濡れて光っている。開いた口から鋭く長い犬歯が覗く。白い鴉ちゃんは嬉しそうに笑ってイル。洋洋ヤンヤンの持たしてくれた仕事の資料をテーブルに広げる。女の処分だ。富豪が愛人を殺して欲しい、ナンテ。
「孕んでそうダ。食って良いヨ。君のビョーキに良い」
咯咯くすっ、そうこなくっちゃね」
「ご褒美はもっとアル。ボクが準備しておいてあげるヨ! 君のビョーキが良くなる薬ダ! あの子の喉も足も治してアゲヨウ!」
雨涵ユーハンも治してくれるの? へえ、それならすぐにでも調理してあげるよ」
「それなら、ボクも同行するヨ。回収したいモノがあるんダ」
 外で鴉と猫が鳴いている。ああ、これは――面白いことになりそうダ!

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