白鴉が鳴くならば

末千屋 コイメ

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第二十三話

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 鴉が鳴きながら旋回飛行を続けている。その下で黒い猫が鳴いていた。通りすぎる人々が「縁起が悪い」「気味が悪い」と口々に呟く。
 長い袖をふわふわ揺らしながら雨泽ユーズゥァは道を行く。その隣を彼の頭三つ分ほど背の低いウェイが歩いている。手には銀色に輝くフォーク。口には飴を入れているようで、しきりにコロコロ、小さく音が鳴っていた。
 白鴉には『準備中』の札が下げられている。店の中には雨涵ユーハンがいるが、彼女では仕事の伝言は難しいので素直に鍵はかけていった。また何処かの組織に持っていかれては困る。せっかくもどってきた大事ななのだから。
 カアカア、鴉が鳴いている。雨泽ユーズゥァは唇を薄く吊り上げると、袖を振る。ちゃりん、ちゃりん、金属の音が鳴った。少し遠くに女性が見える。ウェイは飴を噛み砕いた。ガリッ、の後に続いてバキバキ、異様な音が響く。
「白い鴉ちゃん。あれで間違いないヨ」
「見た感じ、まだ腹は膨らんでなさそう。きっとうまいよ!」
「アッヒャア! ボクはあっちもらおっかな!」
 女は友人との二人連れであった。この辺りの治安が悪いのは有名な事であるし、注意して二人で歩いているのだろう。だが、それも無駄だったようだ。
 すれ違いざまに、雨泽ユーズゥァの袖が小さくなる。頭上で鴉がやかましく鳴く。彼女が驚く暇はなかった。次の瞬間には、首に鋭い刃が滑っていた。もう一人の友人らしき女が叫ぶ前に、喉にフォークが突き刺さっていた。穴の空いた喉笛は血を流しながら、ヒューヒュー……掠れた音をたてる。ウェイは口を大きく開いて笑っている。歯の矯正器具が太陽光を受けて光る。ワイヤー部分が光の線を生むようで、異様な美しさをもっていた。フォークを指先で弄んだ後、再びそれは女に突き立てられる。何度も何度も、まるで遊んでいるかのように。
「ちょっと、ウェイ姐姐ねーね、食材で遊ばないで」
「はあはあ、サイッコー! ああ、もう、興奮してゾクゾクしちゃうネ! 君はならないノ?」
「うーん。オレはね、別に、人を殺すのが好きなワケじゃないからさ」
 と言いつつ。雨泽ユーズゥァは地面に転がる女の首を齧る。血で彼の唇が赤く染まる。それまた婀娜っぽいようで、ウェイは目を見開いてから嬉しそうにケラケラ声をあげて笑う。壊れかけの猿のシンバル人形のように何度も手が打ち鳴らされる。その音を掻き消すように鴉が鳴いていた。人に見られると面倒なことになる。雨泽ユーズゥァウェイが肩に提げていたクーラーボックスを奪い、丁寧に食材を折りたたんでいく。しかし、一人しか入らない。担いでいくか家族に食べさせるかを考える。
「薬に使うから運んでくれ。ボクが良い物にしてアゲよう!」
「じゃあ、持っていくよ」
 決断は速かった。クーラーボックスをウェイに渡し、もう一人を担ぐ。白い服が赤く染まっていく。紅白揃って綺麗だと笑う。これにはウェイも笑っていた。
 裏路地に人通りは少ない。治安の悪い場所にわざわざ来る必要も無い。店も今の時間は開いていないとわかっているので、一般客も来ない。だから、誰にも出会わずに店へ戻ることも簡単――だと思っていた。今回は違った。
「うわああああ! 人殺し!」
 首から一眼レフカメラを提げた男が声を発する。シャッターを切ったらしい、フラッシュが点滅する。ここでこんなことを言うなら、裏の人間ではないはずだ。表の善良な人間なのだろう。鴉が鳴く。ちゃりん、と金属の音が耳に響いた。だが、フラッシュは想像以上に目を眩ませていた。方向の定まっていない刃がゴミ箱に突き刺さる。このまま逃がすわけにはいかない。鴉は死体を食っているだけなのだから。それ以外の事が表に出てはいけない。
「ヤアヤアお気の毒! おさらばバラバラ!」
 ウェイが白衣から何かを取り出し、逃げる男に向かって投げた。それが男の背にくっついた瞬間、閃光が起こる。また目が眩む。ざあああ、と赤い雨が降ってきた。
「……何したの?」
「ボクの開発した対銀行強盗用の防犯グッズ。使うと犯人が木っ端みじんになッチャウから、使用禁止にサレたんだナァ! アッヒャヒャ、ヒャアアア、アハハヒャア!」
「見事だけど、駄目だねこれ。オレも、オレの家族も目がクラクラするよ」
「アッハァ! そいつは悪いネ! マアマア、面倒事を避けられたんだから、許してくれタマエよ!」
「うん。これ女のほうでしてたら、オレ、ウェイ姐姐ねーね食ってたからね」
「すまないすまない!」
 ヒャヒャヒャと笑うウェイと目線を合わせるために屈んで、雨泽ユーズゥァは微笑んだ。地面に散らばった肉片を一つ掴み口に入れる。焼けた肉は噛む度に甘い汁を溢れさせた。彼が「カア」と鳴くと、頭上にいた鴉達が次々に下りてきて、あちこちに散った肉を啄む。そこに黒い猫も加わっていた。
「後片付けよろしくね」
「ヨロシクヨロシク!」
「カア!」
「ふなぁー」
 声に反応して鴉と猫は返事をする。
 鴉がよく鳴いた日だった。

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