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第5話 帰還
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八層と七層をつなぐゲートが、背後で静かに閉じた。
深層特有の重たい瘴気が、まだ肺の奥に残っている。
魔力の消耗は想定内。損耗も致命的ではない。
そして――帰還を考えるほどの戦果もない。
希少個体を倒したわけでもなく、特筆すべき素材やアイテムも得られていない。
命を賭けて潜ったにしては、どうにも割に合わない成果だった。
本来なら、もう少し粘る判断もあっただろう。
だが俺は、来た道を引き返すことを選んだ。
理由は、言葉にしづらい。
ただ、胸の奥に小さな引っかかりがあった。
こういった感覚を無視していては、長くは生き残れない。
少なくとも、俺はそう思っている。
七層、六層。
このあたりでは、移動そのものが油断ならない。
八層を狩り場にしているからといって、下の階層の魔物を軽視する理由にはならない。
一手のミスが、そのまま死に直結する。
気配を抑え、魔力を絞り、魔物に察知されないよう進む。
帰還路での戦闘は、最も避けるべき事態の一つだ。
幸い、大きな接触はなかった。
だが――
五層へ抜けた瞬間、足がわずかに止まる。
違和感。
五層は、魔力の流れが比較的安定している階層だ。
上層と下層の境目ではあるが、乱れは少ない。
本来なら、多少は気を緩める余裕のある層――
異常がなければ、だが。
それなのに。
ゲート周辺の魔力が、妙に偏っている。
荒れてはいない。
濁ってもいない。
ただ、ゲート付近に“溜まっている”ような感触があった。
原因は分からない。
少なくとも、魔物由来のものではない。
「……ついてないな」
思わず、声が漏れる。
引き返す判断をしていなければ、気にも留めなかったかもしれない程度の偏りだ。
だが、一度意識してしまうと、
嫌な予感は、徐々に形を持ち始める。
俺は歩調を早め、次のゲートへ向かった。
四層。
ここで、違和感ははっきりと輪郭を得た。
リザードマンらしき魔力反応が、異様なほど密集している。
本来なら三体一組程度で散っているはずの反応が、近すぎる。
そして、明らかに数が多い。
俺は表情を変えず、術式を展開した。
遭遇した反応は、すべて排除する。
思考は挟まない。
一体、また一体。
反応は確実に減っていく。
だが、完全には消えない。
三層へ向かうゲートに近づくにつれ、反応はむしろ増えていった。
本来、四層に存在する数ではない。
走り抜け、三層へ戻った時点で確信する。
多すぎる。
リザードマンの数が、明らかに異常だ。
体感で、四層の倍はいる。
出し惜しみはしなかった。
移動にも魔力を惜しみなく回し、二層へと向かう。
二層。
本来はゴブリンとスライム、稀にリザードマンが出現する程度の坑道構造。
その通路は、圧死するのではないかと思うほど、リザードマンで埋め尽くされていた。
この異常が、ダンジョンの内側だけで終わっていてほしい。
そう願いながら、俺は一層へと急ぐ。
一層。
本来はスライムしか存在せず、そのスライムでさえ敵意を持たない、
花畑の広がる穏やかな階層。
その景色は、もはや影も形もない。
見渡す限りのリザードマン。
ゲートを出た瞬間、振るわれる剣。
それをかわし、魔法で宙へと浮き上がる。
視界の先には、地上へと続くゲート。
案の定、そこにも群がっていた。
――ああ、ダンジョンハザードか。
地上に出たのが、リザードマンだけなら、あるいは。
二年ぶりの事象。
焦りと、どうしようもない諦観が胸を満たす。
地上は、もう壊滅しているだろう。
そう考えながらも、怒りだけは抑えきれなかった。
一層全域を対象に指定し、
リザードマンに対しては過剰とも言える魔力を乗せ、魔法を展開する。
「燃えろ」
その一言で、景色は一転した。
群れごと地表を薙ぎ払う、同心円状の炎の渦。
ゲート付近も含め、一層の地表すべてを焼き尽くす。
すべての魔力反応の消失を確認し、
酸素供給を断って、炎を一斉に鎮火させる。
僅かな可能性に賭け、俺は最後のゲートを潜った。
深層特有の重たい瘴気が、まだ肺の奥に残っている。
魔力の消耗は想定内。損耗も致命的ではない。
そして――帰還を考えるほどの戦果もない。
希少個体を倒したわけでもなく、特筆すべき素材やアイテムも得られていない。
命を賭けて潜ったにしては、どうにも割に合わない成果だった。
本来なら、もう少し粘る判断もあっただろう。
だが俺は、来た道を引き返すことを選んだ。
理由は、言葉にしづらい。
ただ、胸の奥に小さな引っかかりがあった。
こういった感覚を無視していては、長くは生き残れない。
少なくとも、俺はそう思っている。
七層、六層。
このあたりでは、移動そのものが油断ならない。
八層を狩り場にしているからといって、下の階層の魔物を軽視する理由にはならない。
一手のミスが、そのまま死に直結する。
気配を抑え、魔力を絞り、魔物に察知されないよう進む。
帰還路での戦闘は、最も避けるべき事態の一つだ。
幸い、大きな接触はなかった。
だが――
五層へ抜けた瞬間、足がわずかに止まる。
違和感。
五層は、魔力の流れが比較的安定している階層だ。
上層と下層の境目ではあるが、乱れは少ない。
本来なら、多少は気を緩める余裕のある層――
異常がなければ、だが。
それなのに。
ゲート周辺の魔力が、妙に偏っている。
荒れてはいない。
濁ってもいない。
ただ、ゲート付近に“溜まっている”ような感触があった。
原因は分からない。
少なくとも、魔物由来のものではない。
「……ついてないな」
思わず、声が漏れる。
引き返す判断をしていなければ、気にも留めなかったかもしれない程度の偏りだ。
だが、一度意識してしまうと、
嫌な予感は、徐々に形を持ち始める。
俺は歩調を早め、次のゲートへ向かった。
四層。
ここで、違和感ははっきりと輪郭を得た。
リザードマンらしき魔力反応が、異様なほど密集している。
本来なら三体一組程度で散っているはずの反応が、近すぎる。
そして、明らかに数が多い。
俺は表情を変えず、術式を展開した。
遭遇した反応は、すべて排除する。
思考は挟まない。
一体、また一体。
反応は確実に減っていく。
だが、完全には消えない。
三層へ向かうゲートに近づくにつれ、反応はむしろ増えていった。
本来、四層に存在する数ではない。
走り抜け、三層へ戻った時点で確信する。
多すぎる。
リザードマンの数が、明らかに異常だ。
体感で、四層の倍はいる。
出し惜しみはしなかった。
移動にも魔力を惜しみなく回し、二層へと向かう。
二層。
本来はゴブリンとスライム、稀にリザードマンが出現する程度の坑道構造。
その通路は、圧死するのではないかと思うほど、リザードマンで埋め尽くされていた。
この異常が、ダンジョンの内側だけで終わっていてほしい。
そう願いながら、俺は一層へと急ぐ。
一層。
本来はスライムしか存在せず、そのスライムでさえ敵意を持たない、
花畑の広がる穏やかな階層。
その景色は、もはや影も形もない。
見渡す限りのリザードマン。
ゲートを出た瞬間、振るわれる剣。
それをかわし、魔法で宙へと浮き上がる。
視界の先には、地上へと続くゲート。
案の定、そこにも群がっていた。
――ああ、ダンジョンハザードか。
地上に出たのが、リザードマンだけなら、あるいは。
二年ぶりの事象。
焦りと、どうしようもない諦観が胸を満たす。
地上は、もう壊滅しているだろう。
そう考えながらも、怒りだけは抑えきれなかった。
一層全域を対象に指定し、
リザードマンに対しては過剰とも言える魔力を乗せ、魔法を展開する。
「燃えろ」
その一言で、景色は一転した。
群れごと地表を薙ぎ払う、同心円状の炎の渦。
ゲート付近も含め、一層の地表すべてを焼き尽くす。
すべての魔力反応の消失を確認し、
酸素供給を断って、炎を一斉に鎮火させる。
僅かな可能性に賭け、俺は最後のゲートを潜った。
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