私はいい子

coco

文字の大きさ
1 / 1

私はいい子

しおりを挟む
「吉田さんが探してた資料、これでしたよね、どうぞ。」
「あ、そうそう。ありがとう、助かった。」

「飯田さん、このペン使って下さい。」
「いや~、ありがとう!」

※※※

「あの新人さん、本当に気がくいい子だな。」
「ねえ。こちらが探してた資料も、わざわざ資料室から取って来てくれて。」
「私もうっかりペンのインク切らした時は、助かりましたよ。お客さんと商談中だったから。」

 少し前にこの会社に入って来た新人さんは、周りの皆から評判がいい。
 いつも、周りの様子を見ていて、困っている人が居たらすぐ助けに行く。
 気が利いていい子、優しくていい子…あの子のことを悪く言う人はいなかった。

※※※

「佐藤さん、これ、よかったらどうぞ?」

 新人さんが私にのどあめを差し出した。

「ごめんなさい。私、甘い物は食べられないの。」
「…そうですか、ごめんなさい。」

※※※

「佐藤さんも、お茶どうぞ。」
「ありがとう。…後で飲むから、そこに置いといて。」
「…ええ。」

 お茶は手を付けられることなく、流しに捨てられた。

※※※

 …どうして、あの人は私の親切を無下むげにするのかしら。

 みんなが私のことを、気が利くいい子だって言うのに。

 私が物を取ってあげたり、渡してあげると、みんな喜んでくれる。

 あの人は人の親切が分からない人なのね…いや、人を悪く思うのは良くない。

 心を広く持って、他の人と変わらぬように、これからも親切にするだけよ。

 だって私は「」だもの。



※※※

 新人さんは普通に見たら「いい子」なんだと思う。
 いや、彼女自身は本当にいい子なのかもしれない。
 でも…彼女には本当に良くない。

 は相当、たちの悪いものだ…。
 あれは彼女自身ではなく、彼女の周りの者を不幸にする。
 しかも、彼女が親切にしてあげたい、良くしてあげたいと思った相手に程、悪く作用するようだ。
 あれは彼女の渡す物を媒介ばいかいとして、相手を不幸にする。

 吉田さんは彼女の渡した資料をもとに新製品の企画を立てるが、上手くいかないだろう。
 飯田さんの商談も、相手との折り合いがつかずに、失敗に終わるだろう。
 今まで彼女の親切に関わった人たちは、後々のちのちに不幸な目にあってきている…だから彼らにも、そんな未来が待っているはずだ。

 私は新人さんがこの会社に入って来た時から、彼女の後ろにいるあれに気づいていた。
 私は、そういう妙なものが見える人間だった。

 彼女の手渡す物は、いつも真っ黒でドロドロとしていて、言われなければ何を手にしているのかよく分からない。
 この前ののど飴にしろ、先程のお茶にしろ、そんなものはとても口に入れられない。
 だから私はお茶を一口も飲むことなく、流しに捨てた。

 これは私だけが知っていることだ。
 行った所で無駄だ…あれが見えるようになるわけでもないし、どうせ誰も信じないに決まっている。
 新人をいびる、ただの意地悪な先輩と思われるだけだ。

 それに万一そんなことが彼女の耳に入ったら、きっと恐ろしいことになる。
 別に私は、彼女の反応が怖いわけではない。
 見られている、気づかれていると知った時の、あれの反応が怖いのだ。

 だから私は、今日も明日もこの先も、彼女の親切を受け取らない…ただそれだけだ。

※※※

「佐藤さん、前は甘い物が食べられなかったけど、これならどうですか?駅前で買ったおせんべいです。ここのは美味おいしいんですよ?」

 ニコニコ笑って私に黒いドロドロを差し出す新人さんの後ろで、同じように黒くドロドロとしたひどみにくが、今日もニタニタと不気味な笑みを浮かべていた-。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

処理中です...