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第二話 木(もく)の魔珠
2-03.力がない
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エイクレッドに言われ、机にたくさんの本を積んで調べているレシュウェルの姿をルナーティアも見付けた。
今日はどうするかを決めていなかったので、当然のようにその姿を見られると嬉しくなる。
ルナーティアは叱られない程度に走って、レシュウェルのそばへ向かった。
普段はあまり気にしないようにしているが、エイクレッドがそばにいることでルナーティアはキョウート内でちょっとした有名人になりつつある。
クラスメイト以外の人から「本当に竜?」と近付いて尋ねられること数十回。隣のクラスだけでなく、違う学年や大学部の人からもだ。
ルナーティアは相手のことをいちいち覚えていられないが、聞いてきた人もその周囲の人も「竜を連れているルナーティアという人間」を認識するようになるだろう。
あまりおかしな行動をしたら、普段以上に目立ってしまうので気を付けなくてはならない。悪い噂の方が、早く広まるものだから。
相手の関心はエイクレッドでも、いつもそのそばにいるのはルナーティアだから、名前がどこまで把握されているかはともかく、顔はいやでも知られるようになる。
こんなことでぷち有名人になるなんて、思いもしなかった。
「レシュウェル」
「ん? ああ、もうそんな時間か」
ルナーティアの顔を見て、レシュウェルは時間を確認した。
「調べてるの、素材の調達場所、よね? いつからやってたの?」
「一時間半くらい、か。休講になったから、この時間を使わない手はないだろ」
高等部には自習という時間はあっても、休講はない。この辺りは、大学部ならではだ。
「あたしも、それを調べるつもりで来たの。どこまでできた?」
「手に入るエリアの特定はできた」
早い。優秀だと、こういった調べ物についても段取りよく、さくさくできるのだろう。ルナーティアなら、もっとかかっているはず。
「あとは、その周辺にいる奴らについて、調べておかないとな」
この周辺には、こういった魔物が出現する。
そういったことをちゃんと知っておかないと、自分自身に跳ね返ってくるのだ。
単に興味本位で行くなら、すぐに逃げれば済む。だが、入手しなければならない物があれば、その場にとどまらなければならない。当然、何らかの対処が必要になってくる。
魔物についての予備知識は、絶対に必要だ。
前回、パラレル魔界へ行って痛感した。
「ルナーティアは、どれからやりたいっていうのはあるか? どれが一番集めやすいっていうのは、特になさそうだけどな。それに全部必要だから、順番なんて決めてもあまり意味はないけど」
「んー。じゃあ……この表の順番にしよっか。ねぇ、一度に二つ分の珠の素材って集められそう?」
「無理はしない方がいい。その辺りにある、普通の山や川へ行く訳じゃないからな。表の順番でなら、まずは木の珠からか」
表には、木、火、土、金、水、鏡の順に書かれている。この順番で集めるなら、最初は木の珠だ。
「いつ行く? 土曜の授業は半日だから午後からでもいいけど、慌ただしくなりそうだな」
「うん。すぐに教室を出られるかも、当日にならないとわかんないしね」
前回パラレル魔界へ行ったのは日曜日で、早めの昼食をとってから。
魔界でゆっくり食事ができるとは思わないし、実際そんな余裕はなかった。せいぜい、チョコやキャンディを口に放り込む程度。
土曜日は二人とも授業があるので、その分行くのが遅くなる。うまく入手できればいいが、時間がかからないという保証はないのだ。
それなら、気持ちと時間に余裕のある方がいい。
「人間って、色々大変なんだね」
年月日や曜日など、人間は時間を色々と区切っている。
人間界へ来るまでにも、そういうことをしている、とエイクレッドも何となく聞いていた。
でも、こんなにあれこれと制約があるとは思わなかったのだ。こうしてルナーティアたちと一緒にいることで、初めてわかることがさらにたくさんあった。
帰る方法を探すのに、時間がかかるのはわかる。でも、いざ行動を起こすのに、この日はダメだからこの日、とあれこれ考えなくてはならない人間は何て大変なんだろう、と思うのだ。
それはエイクレッドを帰す術のための話だけでなく、他のことでも「この日は何かがあって」とルナーティア達は予定を話している。
こちらの世界へ来て早くも十日以上経つが、エイクレッドはびっくりすることばかりだ。
自分達の世界でなら、気が向きさえすればすぐに行動を起こせるのに。
「竜から見れば、あれこれ締め付けられてるように思えるんだろうな。いいか悪いかは別として、人間の世界はこういう社会なんだ。こういうシステムを受け入れられない人間もいるけど」
「そうなんだ。レシュウェルは受け入れられてるの?」
「俺? そうだな……自由でいたいとは思うけれど、まだそれだけの力がない」
「力って?」
「自由でいるってことは、全てにおいて自分で責任を持つってことでもある。だけど、俺は誰かに助けてもらわないと、その責任を背負えるだけの力がまだない。だから、その力を得るために勉強してる」
エイクレッドはレシュウェルの言葉を、神妙な面持ちで聞いている。
「ぼく、力がなかったんだ……」
「エイクレッド?」
小さな竜の言葉に、ルナーティアとレシュウェルは首をかしげた。
「ぼく、セキニンも持てないのにこっちへ来て、こんなことになっちゃった。まだダメだって言われてたのに。セキニンを背負えない」
まだ幼いエイクレッド。父親のオウレンや他の竜から「竜の世界から出るのは、まだ早い」と言われていたのだろう。
自分だけでよその世界へ行くには、力が足りないから。何かあっても、自力で対処するのは難しいから。
そして、実際に対処できない事態になってしまっている。
「勝手に来てって、お父さんが言ってたわよね。こういうことを見越してたってことかな」
「うん……」
だから言ったでしょ、と親に言われる子どものパターンだ。人間だけでなく、竜もそれは同じらしい。
「前にも言ったけど、違う世界を見てみたかったんだろ。冒険するのは、悪いことじゃない。好奇心や向上心は、誰にでもある。本当ならうまく帰れたはずが、たまたま来た場所が悪かったんだ。今回のことは、色々な意味で自由を満喫するための代償だな。こうなることもあるってわかっただけでも、勉強になっただろ。エイクレッドのそばには、助けてくれる存在があるんだ。今はそれに甘えておけばいい」
「そうよね。時間はかかるけど、あたし達が手伝うから」
小さな紅竜の顔がルナーティアとレシュウェルの方を向き、それから「うん」と元気な返事が返った。
☆☆☆
「ふう……」
木曜日の朝。
教室へ入って来たルナーティアは、小さくため息をつく。
「おはよう、ルナーティア。どうしたの? 朝から疲れてるみたいだけど」
ネーティがそのため息に気付き、声をかける。
「おはよう。うん……ちょっとね」
「ぼくが魔果を食べてたらね、よその人が来たの」
「よその人?」
ルナーティアは今日の分の魔果を収穫すると、リクリスに教えてもらった通り、たっぷり優しく水をまいていた。
明日はおいしくできますように。
今日の分については、最初の時のようにすっぱくなっているようだが、エイクレッドは文句を言わずに食べてくれている。
「ねえねえ、それって本当に竜なの?」
水やりが終わってほっとしているところにいきなり声をかけられ、ルナーティアはびくっとする。
そちらを見ると、数名の女子生徒がいた。エイクレッドの噂を聞いて、やって来たのだろう。制服を着ているから、高等部の生徒だ。
「え……あ、はい」
これまでにも、こんな感じで声をかけられ、エイクレッドに注目してくる人がいた。
ため口だから同級生、もしくは三年生だろう。さすがに一年生が上級生のルナーティアに、こんな口調で話しかけたりはしないはず。
「えー、ほんとにぃ?」
「こんなちっちゃい竜がいる訳?」
今の自分が小さいことは自覚しているが、それを面と向かって言われると、エイクレッドもいい気はしない。
これまでに「本当に竜?」と言われれば「ぼくは竜だよ」と答えていたが、今は返事をする気になれなかった。
「色々事情があって魔力を失ってるので、こういう状態になっているんです」
初対面なのに、こういう言い方をされると「失礼だな」と思うが、ルナーティアはそれを顔に出さないようにする。
こういう失礼な人に限って、何か言い返すともっときつい言葉が何倍にもなって返るのだ。
「本当にそうなの? 目立とうと思って、別の何かを細工してるんじゃない?」
言いながら、女子生徒達はくすくす笑う。
相手の言葉と態度に、ルナーティアは少しかちんときた。
「目立つって、何のためにですか? 本当に目立ちたいなら、もっと派手にやります」
「な、何よ。偉そうに」
ちょっときつい言い方をしてしまったせいか、相手もむっとなる。
「本当に竜なのか、怪しいもんだわ。そもそも、見習い魔法使いが魔獣や魔物を連れ歩いていいと思ってるの?」
「担任の先生に話して、ちゃんと許可はもらっています」
ルナーティアは、きっぱり告げた。
事実だし、事情を知らない他人にどうこう言われる筋合いはない。
今日はどうするかを決めていなかったので、当然のようにその姿を見られると嬉しくなる。
ルナーティアは叱られない程度に走って、レシュウェルのそばへ向かった。
普段はあまり気にしないようにしているが、エイクレッドがそばにいることでルナーティアはキョウート内でちょっとした有名人になりつつある。
クラスメイト以外の人から「本当に竜?」と近付いて尋ねられること数十回。隣のクラスだけでなく、違う学年や大学部の人からもだ。
ルナーティアは相手のことをいちいち覚えていられないが、聞いてきた人もその周囲の人も「竜を連れているルナーティアという人間」を認識するようになるだろう。
あまりおかしな行動をしたら、普段以上に目立ってしまうので気を付けなくてはならない。悪い噂の方が、早く広まるものだから。
相手の関心はエイクレッドでも、いつもそのそばにいるのはルナーティアだから、名前がどこまで把握されているかはともかく、顔はいやでも知られるようになる。
こんなことでぷち有名人になるなんて、思いもしなかった。
「レシュウェル」
「ん? ああ、もうそんな時間か」
ルナーティアの顔を見て、レシュウェルは時間を確認した。
「調べてるの、素材の調達場所、よね? いつからやってたの?」
「一時間半くらい、か。休講になったから、この時間を使わない手はないだろ」
高等部には自習という時間はあっても、休講はない。この辺りは、大学部ならではだ。
「あたしも、それを調べるつもりで来たの。どこまでできた?」
「手に入るエリアの特定はできた」
早い。優秀だと、こういった調べ物についても段取りよく、さくさくできるのだろう。ルナーティアなら、もっとかかっているはず。
「あとは、その周辺にいる奴らについて、調べておかないとな」
この周辺には、こういった魔物が出現する。
そういったことをちゃんと知っておかないと、自分自身に跳ね返ってくるのだ。
単に興味本位で行くなら、すぐに逃げれば済む。だが、入手しなければならない物があれば、その場にとどまらなければならない。当然、何らかの対処が必要になってくる。
魔物についての予備知識は、絶対に必要だ。
前回、パラレル魔界へ行って痛感した。
「ルナーティアは、どれからやりたいっていうのはあるか? どれが一番集めやすいっていうのは、特になさそうだけどな。それに全部必要だから、順番なんて決めてもあまり意味はないけど」
「んー。じゃあ……この表の順番にしよっか。ねぇ、一度に二つ分の珠の素材って集められそう?」
「無理はしない方がいい。その辺りにある、普通の山や川へ行く訳じゃないからな。表の順番でなら、まずは木の珠からか」
表には、木、火、土、金、水、鏡の順に書かれている。この順番で集めるなら、最初は木の珠だ。
「いつ行く? 土曜の授業は半日だから午後からでもいいけど、慌ただしくなりそうだな」
「うん。すぐに教室を出られるかも、当日にならないとわかんないしね」
前回パラレル魔界へ行ったのは日曜日で、早めの昼食をとってから。
魔界でゆっくり食事ができるとは思わないし、実際そんな余裕はなかった。せいぜい、チョコやキャンディを口に放り込む程度。
土曜日は二人とも授業があるので、その分行くのが遅くなる。うまく入手できればいいが、時間がかからないという保証はないのだ。
それなら、気持ちと時間に余裕のある方がいい。
「人間って、色々大変なんだね」
年月日や曜日など、人間は時間を色々と区切っている。
人間界へ来るまでにも、そういうことをしている、とエイクレッドも何となく聞いていた。
でも、こんなにあれこれと制約があるとは思わなかったのだ。こうしてルナーティアたちと一緒にいることで、初めてわかることがさらにたくさんあった。
帰る方法を探すのに、時間がかかるのはわかる。でも、いざ行動を起こすのに、この日はダメだからこの日、とあれこれ考えなくてはならない人間は何て大変なんだろう、と思うのだ。
それはエイクレッドを帰す術のための話だけでなく、他のことでも「この日は何かがあって」とルナーティア達は予定を話している。
こちらの世界へ来て早くも十日以上経つが、エイクレッドはびっくりすることばかりだ。
自分達の世界でなら、気が向きさえすればすぐに行動を起こせるのに。
「竜から見れば、あれこれ締め付けられてるように思えるんだろうな。いいか悪いかは別として、人間の世界はこういう社会なんだ。こういうシステムを受け入れられない人間もいるけど」
「そうなんだ。レシュウェルは受け入れられてるの?」
「俺? そうだな……自由でいたいとは思うけれど、まだそれだけの力がない」
「力って?」
「自由でいるってことは、全てにおいて自分で責任を持つってことでもある。だけど、俺は誰かに助けてもらわないと、その責任を背負えるだけの力がまだない。だから、その力を得るために勉強してる」
エイクレッドはレシュウェルの言葉を、神妙な面持ちで聞いている。
「ぼく、力がなかったんだ……」
「エイクレッド?」
小さな竜の言葉に、ルナーティアとレシュウェルは首をかしげた。
「ぼく、セキニンも持てないのにこっちへ来て、こんなことになっちゃった。まだダメだって言われてたのに。セキニンを背負えない」
まだ幼いエイクレッド。父親のオウレンや他の竜から「竜の世界から出るのは、まだ早い」と言われていたのだろう。
自分だけでよその世界へ行くには、力が足りないから。何かあっても、自力で対処するのは難しいから。
そして、実際に対処できない事態になってしまっている。
「勝手に来てって、お父さんが言ってたわよね。こういうことを見越してたってことかな」
「うん……」
だから言ったでしょ、と親に言われる子どものパターンだ。人間だけでなく、竜もそれは同じらしい。
「前にも言ったけど、違う世界を見てみたかったんだろ。冒険するのは、悪いことじゃない。好奇心や向上心は、誰にでもある。本当ならうまく帰れたはずが、たまたま来た場所が悪かったんだ。今回のことは、色々な意味で自由を満喫するための代償だな。こうなることもあるってわかっただけでも、勉強になっただろ。エイクレッドのそばには、助けてくれる存在があるんだ。今はそれに甘えておけばいい」
「そうよね。時間はかかるけど、あたし達が手伝うから」
小さな紅竜の顔がルナーティアとレシュウェルの方を向き、それから「うん」と元気な返事が返った。
☆☆☆
「ふう……」
木曜日の朝。
教室へ入って来たルナーティアは、小さくため息をつく。
「おはよう、ルナーティア。どうしたの? 朝から疲れてるみたいだけど」
ネーティがそのため息に気付き、声をかける。
「おはよう。うん……ちょっとね」
「ぼくが魔果を食べてたらね、よその人が来たの」
「よその人?」
ルナーティアは今日の分の魔果を収穫すると、リクリスに教えてもらった通り、たっぷり優しく水をまいていた。
明日はおいしくできますように。
今日の分については、最初の時のようにすっぱくなっているようだが、エイクレッドは文句を言わずに食べてくれている。
「ねえねえ、それって本当に竜なの?」
水やりが終わってほっとしているところにいきなり声をかけられ、ルナーティアはびくっとする。
そちらを見ると、数名の女子生徒がいた。エイクレッドの噂を聞いて、やって来たのだろう。制服を着ているから、高等部の生徒だ。
「え……あ、はい」
これまでにも、こんな感じで声をかけられ、エイクレッドに注目してくる人がいた。
ため口だから同級生、もしくは三年生だろう。さすがに一年生が上級生のルナーティアに、こんな口調で話しかけたりはしないはず。
「えー、ほんとにぃ?」
「こんなちっちゃい竜がいる訳?」
今の自分が小さいことは自覚しているが、それを面と向かって言われると、エイクレッドもいい気はしない。
これまでに「本当に竜?」と言われれば「ぼくは竜だよ」と答えていたが、今は返事をする気になれなかった。
「色々事情があって魔力を失ってるので、こういう状態になっているんです」
初対面なのに、こういう言い方をされると「失礼だな」と思うが、ルナーティアはそれを顔に出さないようにする。
こういう失礼な人に限って、何か言い返すともっときつい言葉が何倍にもなって返るのだ。
「本当にそうなの? 目立とうと思って、別の何かを細工してるんじゃない?」
言いながら、女子生徒達はくすくす笑う。
相手の言葉と態度に、ルナーティアは少しかちんときた。
「目立つって、何のためにですか? 本当に目立ちたいなら、もっと派手にやります」
「な、何よ。偉そうに」
ちょっときつい言い方をしてしまったせいか、相手もむっとなる。
「本当に竜なのか、怪しいもんだわ。そもそも、見習い魔法使いが魔獣や魔物を連れ歩いていいと思ってるの?」
「担任の先生に話して、ちゃんと許可はもらっています」
ルナーティアは、きっぱり告げた。
事実だし、事情を知らない他人にどうこう言われる筋合いはない。
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