I can’t get over you~遥か彼方に君へ永久に~

宇佐美 月明

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第一章

6 火の精霊石の魔獣との攻防―神力

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 街の上空には『火の精霊石』が鳥型の魔獣となって、暴れている。赤い翼を広げ夜空をわが物顔で飛び回る。その口から炎を吐き出し、街を焼き尽くそうとしていた。

「くそ、捕獲魔法が破られたのか――僕行くよ。ジーノは、ニコ殿のところに……ジーノ手を」
「うん、わかった」

ジュリアンヌは、ジーノの手を取り魔法で一気に街まで移動した。そこには、魔導師達が魔獣めがけて攻撃をしかけている。騎士達は住民を避難させながら魔導師と組み、浮遊魔法で魔獣めがけ斬りこんでいる。その間も魔獣は、炎を吐き続け辺りを火の海にする。あちこちで逃げ纏う人々の悲鳴が響いていた。
 魔獣を捕獲しようとしている騎士達の中にマリウスの姿を見つけた。

  「僕、行くね、ジーノ気を付けて」

ジュリアンヌは、ジーノに早口で言い残すとマリウスの下へ行ってしまう。その間も心臓が嫌な音を立てて早くなっている。
ジーノは、赤く染まる空をみつめマリウスとジュリアンヌの無事を祈った。

「ジーノ様、こちらに」

大神官ニコは彼女を見つけると直ぐ様手招きをした。ジーノは呼ばれた方向を振り返る。そこには、神官達により結界が張られ、負傷者や住民達がいた。

「ニコ様……」

ジーノはあたりを見回した。その光景は眉を顰めるものだ。次々と負傷者が運ばれて来る。交戦している方向には、魔獣の大きな翼で吹き飛ばされた騎士が次々と地面に倒れていく。魔獣に捕獲魔法を仕掛けているが、巧みにかわされている。戦況は芳しくないことは見て定かだ。

「見ての通りじゃ……。先の交戦での負傷者も多く、魔力が不足している。力の差はあきらかじゃ。口おしいが……一旦引くしかあるまい。グラハム公の負傷は痛いの」

ジーノはその名前を聞いて深くため息をついた。グラハム公爵―――ダン、ダンヒルト=ラトラ=グラハム。アフェーロの五大精霊家の一つ火の精霊の長おさの血を受け継ぐ公爵だ。凄腕の騎士で、騎士団を率いている最高幹部である。先の交戦で重傷をおい意識がもどったばかりである。この不足の事態に公爵の不在は痛手になる。ジーノのことは、『嬢さん』と呼び、何時もさり気なくフォローをしてくれる大人の男性だ。彼女には兄弟は弟しかいない。兄がいればこんな感じなのかなと何時も思わされる相手だった。
ジーノは唇を強く噛む。悲惨な状況を見てとても怖い。だけどそんなこと言っていられない。自分の恐怖心に蓋をする。ジーノは自分に出来ることがないか考えた。

「……同調魔法は可能ですか?ダン様は意識がもどられていますよね」

彼女の思いつきに大神官ニコは顎髭に手を当てる。何かを考えるように渋い顔をした。同調魔法とは、他人の魔力を自分に取り込み代わりに発動させるものだ。とても危険な行為だ。

「ジーノ様、それは高度魔法ですぞ。同じ系統の魔力でも取り込んだ者が、同調者の魔力に引きずられ命の危険もある」

大神官ニコは、眼鏡越しの目を細める。到底、ジーノがその魔法を使うことに同意はし兼ねる様子だ。ジーノは十分それは分かっていた。今までの彼女の魔力の安定しないところを見ていれば無理もないだろう。でも今日は出来る気がした。先程のマリウスやジュリアンヌの魔法の気の流れと同じようにすれば何とかなる。何とかしなくては行けないと思った。繰り広げられる目の前の光景を黙ってみていることなど出来ない。

「このままだと街は全滅です。それに、魔獣を『火の精霊石』に戻すには、『火の精霊の長(おさ)』の力が不可欠……。どちらにしてもダン様の魔力が必要です。でも幸いにも私には女神ダイアの神力がある。このような時に使わず、いつ使うのですか?」

大神官ニコは、ジーノの言葉に強い意志を感じた。彼女に今何かを説いても聞き入れないだろうと思った。それからゆっくりと瞑り天を仰ぐ。

「ジーノ様くれぐれも無茶をしないように……。今、グラハム公爵の処に魔法でお送りする」

ジーノが頷くとニコにより、ダンヒルトの下へ送られた。
ダンヒルトは、街の後方の天幕にいる。彼女は気づくとダンヒルトの枕元に立っていた。寝ているダンヒルトの身体に巻かれた包帯には血が滲んでいる。荒い呼吸を繰り返していた。治療魔法には限界がある。負傷者本人の魔力が弱っていたり、傷が致命的であると早々には回復はしない。ジーノは、恐る恐るダンヒルトに声をかける。

「……ダン様」
「よ、嬢さん……。ニコから今、念が来た。情けねえ、こんな姿……面目ない。だが俺は承知し兼ねる……ぞ」

ダンヒルトは相変わらず砕けた調子で言う。いつも撫で付けてある赤い髪は乱れていた。そこから覗く赤い瞳は鋭く、ジーノの申し出を聞く気など無いと物語っている。それは、ジーノの事を案じてのことだと彼女はわかっていた。それでも、このまま魔獣を逃してしまえば昼間の死闘が無駄になる。
それで命を落した者もいる。その中にはジーノの顔見知りの騎士や魔導師もいた。ジーノはこれ以上耐えられないと思う。そしてマリウスやジュリアンヌまで――。

「…ダン様、聞いて下さい。私には神力があります。今は私の言うことを……。先の交戦を無駄にしたくはないのです。お願いします」

ダンヒルトは、ジーノをじっと見つめる。彼女の言うことはよく分かる。ここで、魔獣を取り逃がしてしまえば最初からやり直しだ。また犠牲者が増える。それに今は自分がこんな状況だ。ジーノに頼るしかないのかと思った。それから諦めたように口角を上げる。

「嬢さん、わかったよ。やってくれ、テッラの小僧に恨まれるな……」

ジーノは頷き、ダンヒルトの額に右手を左胸に左手をおいた。

「同調魔法の間、ダン様の意識は深い眠りに陥ります。ではやりますね」

人好きそうな笑顔をダンヒルトは浮かべ、そのまま赤い瞳を閉じた。その微笑みは、とても魅力的で女性が放って置かないのだろうな。だから女性の噂も絶えないのかしら……。ぼんやりと場に不釣り合いな事を思った。
彼女は一呼吸おいて、ダンヒルトの意識に入る。その中で炎のような熱い魔力を見つけ同調させた。
意識を重ねるほど身体が焼かれるように熱い。気を抜くとどこかへ意識が引きずられる。それをじっと耐えた。ジーノはダンヒルトの魔力を捉える。だがそれと同時に、この状態が長く持たないことも悟った。ジーノは一気に魔獣が見下ろせる上空へ移動する。彼女は、この力の元が神力だと感じる。自分の身体や命マナを消費している。長くこの力に頼るのは危険だ。ジーノは、魔獣に意識を集中させ見据えた。魔獣が『火の精霊石』に戻る魔法を発動させる。そうすると赤い夜空に幾つもの魔法陣が現れる。『金、銀、赤、緑、青、黒、白』の魔法陣が何十にも現れ魔獣を取り囲み締め上げた。魔獣は暴れ抵抗を見せる。その光景をそこに居た者達は唖然と見ていた。誰もが今までそれだけの数々の魔法陣が現れた光景を見たことがなかったからだ。
その間もジーノは意識を集中させる。額に汗が滲み、身体の骨が軋むのを感じていた。ジーノは顔を顰めた。肋骨の辺りに痛みが走る。

「ジーノやめろ、無理だ」

魔獣の後方でマリウスは呪縛魔法を張っている。ジーノの様子を見て叫んだ。
彼女はその声を無視した。そのまま複数の魔法の発動を更に進める。一気に雨を降らせ街の炎の沈静化をはかった。そして街の取り残された住民を安全な処まで転移させる。ジーノはもう自分で限界に近づいていることが分かった。口元を引き締め吐き捨てるように言った。

「いいかげんにしてよね」

ジーノは魔獣の抵抗に苛立ちを覚え更に力を注ぐ。幾つも重なっていた魔法陣が益々煌々と光輝いた。一瞬の出来事だった。魔獣はその光の中で最後に大きな嘶きを放ち消滅した。その後、ジーノの手の中に赤い炎の様に輝く石が落ちてきた。それは『火の精霊石』だった。ジーノはほっとしたように息を吐いた。
そして彼女は少し離れたところにマリウスとジュリアンヌの姿を確認する。ジーノは安心したように微笑みを浮かべた。その時身体のあちこちに激痛が走り、今度は頭が割れそうに痛い。

「うっ――」

彼女は呻くと口に血の味が一気に広がった。ジーノは目の前が暗くなり、意識が遠のくのが分かる。このまま真っ逆様に地面へ叩きつけられると思ったのが最後だった。

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