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第一章
5 信愛の印(下)
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「……ジュリアは、私からどんな答えを聞きたいの?」
答えに困ったからと質問をそのまま質問で返す。ジーノは自分が狡いと思った。自分が答えられないから、ジュリアンヌの意図が分からないから、何を思われているかが怖かった。ジュリアンヌは何時になく真剣な面持ちで語りだした。
「僕は兄上が大切だ。……兄上の母上、テッラ侯爵夫人は繊細で、身体も弱く床に伏せる事が多かったらしい。父上と僕の母親がどこで知り合ったか知らないが――、僕の母は水の精霊系、没落した貴族の娘だ。娼婦にまで身を落とした。次第に父上は僕の母の所へ通うようになり、僕が生まれた……」
ジュリアンヌは、一呼吸おいてさらに話を続けた。ジーノの視線を避けように背を向ける。それはまるで自分の真意を隠すように……。
「僕の母は、身の程を知らない馬鹿な女だったのさ……。貪欲な人でね、正妻の座を欲しがった。侯爵夫人に毒を飲ませて殺そうとしんだ。毒のせいで夫人は錯乱した。煙火魔法を使い僕の母共々死んた」
ジーノは何とも言えない気持ち陥る。美しい少年の後ろ姿を見つめた。
「そんな女の子供の僕の傍にいてくれたのは、兄上だ。今の僕がこうして居られるのも兄上のおかげだ。だから、兄上が望むことなら僕は何だってするよ……」
ジュリアンヌは振り返る。その水色の瞳には強い決意がうかがえる。ジーノはジュリアンヌの心の中の深い部分を垣間見た気がした。
「ジーノと兄上がお互いに想い合っているなら……。僕が邪魔するものを排除する。何が何でもね」
大人のように成熟して見える少年は、ジーノの弟と同じ年だ。14の少年がここまで聡く大人にならざるをえないということ。まるで兄の為にだけに生きようとしている。彼女にはそう聞こえた。
ジーノは自分の弟を思い出す。見た目も背も違うジュリアンヌに自分の弟の陰を重ねた。ジーノは胸がいっぱいになる。気付くと彼女は目麗しい少年をそっと抱きしめていた。
「確かにマリのおかげかも知れないけど……。マリとジュリアは仲の良い兄弟……。それでいいじゃない?」
ジーノは優しく呟いてからジュリアンヌをそっと離した。彼女は徐に紺のワンピースのポケットから何かを取り出す。先程マリウスに渡したものと同じ銀の指輪だ。
「マリにも渡したんだけど……よかったら受け取って?私、自分が大切だと思う相手は、相手も大切に思ってくれていると思う。……ごめん、何だか上手く言えないね」
ジーノは、よく整理が出来ていない自分の思いをジュリアンヌに語る。指輪を渡したジュリアンヌの手に手を添えてしっかりと握る。それが今、ジーノが彼に伝えられる精一杯の気持ちだ。
「……ありがとう。大切にする……大好きだ、ジーノ」
そこには年相応の少年の笑顔があった。彼女が言わんとしたことがわかったのか、ジュリアンヌには先ほどような張り詰めた表情はない。彼女はその笑顔を見てから、自分の思いを口にしはじめる。
「……ジュリア……。マリが仮に私のこと本当に――。アーセラの『光の姫』様と同じくらい大切に想ってくれてたとしても、私もマリと同じ気持ちだとしても、言う気はない……。いずれ私はもとの世界に帰るし今の関係を壊したくない。マリにはこの世界での立場があるし何より幸せになってほしい」
ジーノはジュリアンヌに、誤魔化すことなく話を続ける。瞳を彷徨わせて考えるように……。まるで自分の気持を整理するように彼には見えた。
「この腕輪に込められた想いを知ったからと言ってマリに返すわけにも行かない。マリを混乱させるかも知れないし……。この腕輪の『信愛の印』の魔力の移植を止める方法はない?それに『信愛の印』を他の人に気付かれるのも不味いでしょう」
ジーノは腕輪に手を添えてジュリアンヌを見返した。彼には、ジーノがマリウスをとても好きだと言っているように聞こえる。彼はその想いを感じながら敢えて口にしないことに決めた。それは、ジーノは決してその想いを今は語らないだろうと思ったからだ。ジュリアンヌはその想いに気づかない振りをする。それに新たに芽生えた自分の中のジーノに対する想いもあり、言わないほうが良いと思った。ジュリアンヌは指輪を右手の親指にはめる。そのまま地べたに座り込んだ。
「ジーノ、この指輪大きいよ……。兄上からの腕輪が『信愛の印』が有ることを気付いたのは、兄弟だからだと思う。『信愛の印』の魔力の移植を止める方法は無くもない、兄弟の僕の『信頼の印』の魔力を重ねて腕輪にかぶせればたぶん大丈夫……。僕、ジーノになら『信愛の印』でもいいだけど」
ジュリアンヌは悪戯ぽく笑う。どこか掴みどころのない、いつものジュリアンヌの態度に戻っていた。その事にジーノは少しホッとする。
「冗談はよして『信頼の印』の方でお願いします」
少し怒ったふりをしてジーノは、腕輪をジュリアンヌの前へ差し出した。
ジュリアンヌは呪文を唱える。薄い緑色の魔法陣と水色の魔法陣が表れ腕輪を覆う。すると腕輪の模様には更に重ねて細かく模様が刻まれた。そうすると今度はもう一つ金の鎖に水色の石があしらわれたブレスレットが現れた。
「……水色、ジュリア、これ?」
ジーノは、食い入る様に目を奪われた。水色の石がジュリアンヌの瞳と同じように輝いていた。
「僕からも贈らせて?『信頼の印』としてね……。兄上の腕輪と一緒に身につければ、大丈夫だと思う」
ジュリアンヌは、ジーノに贈った新たなブレスレットの出来栄えに満足した。澄んだ水色の目を細めた。
「ジュリア、ありがとう……」
ジーノはしっかりと握りしめる。その後右の手首につけた。その様子を彼はじっと見つめている。新たに芽生えた想いを胸に秘めて……。
「僕、ジーノが帰るときにはきっと泣くだろうね」
ジュリアンヌはポツリと言うと寂しそうにはにかんだ。ジーノも小首を傾げ言う。
「私も泣くと思う、でも多分泣き笑いね」
ジュリアンヌとマリウスとのいつか来る別れを思いながら、ジーノは口元を少し上げる。
でもその濃い茶色の瞳は潤んでいた。そのことに気付きながらもう一度、ジュリアンヌは気づかない振りをした。
*********
そんな時だった。
何やら天幕の外が騒がしくなった。二人は異変を感じて天幕の外に飛び出しす。
振り返るとそこには炎に燃え盛る街の情景が広がっていた。
答えに困ったからと質問をそのまま質問で返す。ジーノは自分が狡いと思った。自分が答えられないから、ジュリアンヌの意図が分からないから、何を思われているかが怖かった。ジュリアンヌは何時になく真剣な面持ちで語りだした。
「僕は兄上が大切だ。……兄上の母上、テッラ侯爵夫人は繊細で、身体も弱く床に伏せる事が多かったらしい。父上と僕の母親がどこで知り合ったか知らないが――、僕の母は水の精霊系、没落した貴族の娘だ。娼婦にまで身を落とした。次第に父上は僕の母の所へ通うようになり、僕が生まれた……」
ジュリアンヌは、一呼吸おいてさらに話を続けた。ジーノの視線を避けように背を向ける。それはまるで自分の真意を隠すように……。
「僕の母は、身の程を知らない馬鹿な女だったのさ……。貪欲な人でね、正妻の座を欲しがった。侯爵夫人に毒を飲ませて殺そうとしんだ。毒のせいで夫人は錯乱した。煙火魔法を使い僕の母共々死んた」
ジーノは何とも言えない気持ち陥る。美しい少年の後ろ姿を見つめた。
「そんな女の子供の僕の傍にいてくれたのは、兄上だ。今の僕がこうして居られるのも兄上のおかげだ。だから、兄上が望むことなら僕は何だってするよ……」
ジュリアンヌは振り返る。その水色の瞳には強い決意がうかがえる。ジーノはジュリアンヌの心の中の深い部分を垣間見た気がした。
「ジーノと兄上がお互いに想い合っているなら……。僕が邪魔するものを排除する。何が何でもね」
大人のように成熟して見える少年は、ジーノの弟と同じ年だ。14の少年がここまで聡く大人にならざるをえないということ。まるで兄の為にだけに生きようとしている。彼女にはそう聞こえた。
ジーノは自分の弟を思い出す。見た目も背も違うジュリアンヌに自分の弟の陰を重ねた。ジーノは胸がいっぱいになる。気付くと彼女は目麗しい少年をそっと抱きしめていた。
「確かにマリのおかげかも知れないけど……。マリとジュリアは仲の良い兄弟……。それでいいじゃない?」
ジーノは優しく呟いてからジュリアンヌをそっと離した。彼女は徐に紺のワンピースのポケットから何かを取り出す。先程マリウスに渡したものと同じ銀の指輪だ。
「マリにも渡したんだけど……よかったら受け取って?私、自分が大切だと思う相手は、相手も大切に思ってくれていると思う。……ごめん、何だか上手く言えないね」
ジーノは、よく整理が出来ていない自分の思いをジュリアンヌに語る。指輪を渡したジュリアンヌの手に手を添えてしっかりと握る。それが今、ジーノが彼に伝えられる精一杯の気持ちだ。
「……ありがとう。大切にする……大好きだ、ジーノ」
そこには年相応の少年の笑顔があった。彼女が言わんとしたことがわかったのか、ジュリアンヌには先ほどような張り詰めた表情はない。彼女はその笑顔を見てから、自分の思いを口にしはじめる。
「……ジュリア……。マリが仮に私のこと本当に――。アーセラの『光の姫』様と同じくらい大切に想ってくれてたとしても、私もマリと同じ気持ちだとしても、言う気はない……。いずれ私はもとの世界に帰るし今の関係を壊したくない。マリにはこの世界での立場があるし何より幸せになってほしい」
ジーノはジュリアンヌに、誤魔化すことなく話を続ける。瞳を彷徨わせて考えるように……。まるで自分の気持を整理するように彼には見えた。
「この腕輪に込められた想いを知ったからと言ってマリに返すわけにも行かない。マリを混乱させるかも知れないし……。この腕輪の『信愛の印』の魔力の移植を止める方法はない?それに『信愛の印』を他の人に気付かれるのも不味いでしょう」
ジーノは腕輪に手を添えてジュリアンヌを見返した。彼には、ジーノがマリウスをとても好きだと言っているように聞こえる。彼はその想いを感じながら敢えて口にしないことに決めた。それは、ジーノは決してその想いを今は語らないだろうと思ったからだ。ジュリアンヌはその想いに気づかない振りをする。それに新たに芽生えた自分の中のジーノに対する想いもあり、言わないほうが良いと思った。ジュリアンヌは指輪を右手の親指にはめる。そのまま地べたに座り込んだ。
「ジーノ、この指輪大きいよ……。兄上からの腕輪が『信愛の印』が有ることを気付いたのは、兄弟だからだと思う。『信愛の印』の魔力の移植を止める方法は無くもない、兄弟の僕の『信頼の印』の魔力を重ねて腕輪にかぶせればたぶん大丈夫……。僕、ジーノになら『信愛の印』でもいいだけど」
ジュリアンヌは悪戯ぽく笑う。どこか掴みどころのない、いつものジュリアンヌの態度に戻っていた。その事にジーノは少しホッとする。
「冗談はよして『信頼の印』の方でお願いします」
少し怒ったふりをしてジーノは、腕輪をジュリアンヌの前へ差し出した。
ジュリアンヌは呪文を唱える。薄い緑色の魔法陣と水色の魔法陣が表れ腕輪を覆う。すると腕輪の模様には更に重ねて細かく模様が刻まれた。そうすると今度はもう一つ金の鎖に水色の石があしらわれたブレスレットが現れた。
「……水色、ジュリア、これ?」
ジーノは、食い入る様に目を奪われた。水色の石がジュリアンヌの瞳と同じように輝いていた。
「僕からも贈らせて?『信頼の印』としてね……。兄上の腕輪と一緒に身につければ、大丈夫だと思う」
ジュリアンヌは、ジーノに贈った新たなブレスレットの出来栄えに満足した。澄んだ水色の目を細めた。
「ジュリア、ありがとう……」
ジーノはしっかりと握りしめる。その後右の手首につけた。その様子を彼はじっと見つめている。新たに芽生えた想いを胸に秘めて……。
「僕、ジーノが帰るときにはきっと泣くだろうね」
ジュリアンヌはポツリと言うと寂しそうにはにかんだ。ジーノも小首を傾げ言う。
「私も泣くと思う、でも多分泣き笑いね」
ジュリアンヌとマリウスとのいつか来る別れを思いながら、ジーノは口元を少し上げる。
でもその濃い茶色の瞳は潤んでいた。そのことに気付きながらもう一度、ジュリアンヌは気づかない振りをした。
*********
そんな時だった。
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