I can’t get over you~遥か彼方に君へ永久に~

宇佐美 月明

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第一章

4 信愛の印(中)

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ジーノは、マリウスから送られた腕輪にそっと指でなぞる。不思議とジーノの体も心も温かくなる。叶わない思い……それでもマリウスの幸せを願いたい。自分にとって彼がとても大切だと感じる。
先程マリウスが落とした食べ物がジーノの目に止まった。ゆっくりとしゃがみ込み拾い始めた。

「せっかく持って来てくれたのに、私のせいでごめんなさい……」

ジーノは拾いお盆に乗せる。彼女は今なら再生と浄化の魔法が出来るよう気がした。見る見るうちに、魔法陣が現れる。木の皿にはパンと果物、コップには温かいスープが再現された。そして食事の乗ったトレーごと直ぐに消える。
その状況にマリウスは驚いた。

「凄いな……。何所へ移動させたんだ?さっきの指輪の具現化も驚いたが高度な魔法だ」

マリウスは感心する。ついこの間までジーノの魔法は安定せず使いこなせずにいた。魔法を使い来なせず、幾度も根気よく練習していたのを彼は知っている。

「食事は再生と浄化のイメージをしたの。自分の天幕へ移動するように念じた。さっきの指輪の具現化は、何となくマリの魔法の流れを真似してみた」

彼女は恥ずかしそうに腕輪をマリウスに見せた。
マリウスは満足そうに頷いた。それから自分が来た方向を振り返る。

「わたしはもうそろそろ戻らないとな。まだやることあるから。ジーノの天幕の方向と一緒だ。送って行くよ」
「うん」

天幕に到着するまで会話らしい会話もない。
天幕に着くとジーノはマリウスに礼を言う。マリウスはさり際に彼女が心配になった。

「ジーノ、貴女は私達とは違い、魔法を使えば体力の消耗が激しい。気をつけろ」

ジーノは微笑むとマリウスの後ろ姿を見送る。いつもマリウスは優しい……。それがとても今はまた一層胸を締め付ける。

 ジーノが天幕の中に入ると先程の食事が机にあった。彼女はマリウスとの事で気持が高揚しているのかお腹すいていない。でも無理しても食べようと思った。せっかくマリウスが用意してくれたものなのだから……トレーに手を伸ばし膝の上へ乗せる。果物を一口齧った。

ジーノは大きくため息を着く。マリウスのことはもはや自分の感情なのか、前世の『闇の精霊の長おさ』の記憶からなのかわからない。『恋』という感情は如何にもならない。だがその気持に折り合いをつけないといけない。マリウスには姫がいる……、マリウスを困らせるだけだ。
元々その姫を救うため必要だから召喚された。

『やるべきことをやってまたもとの世界へ帰ればいい。何事もなかったように……』

ジーノは自分に言い聞かせた。

だがそれとは裏腹に目からは後から後から涙が溢れる。
今日はよく泣く日だ……とジーノは泣きながらも食事を続けた。
もう涙の味なのか食べ物味なのか分からない。

「大丈夫、まだ食べれるもの……頑張れる」

ジーノは自笑するしか出来なかった。

「ジーノいる?」

天幕の外から突然ジュリアンヌの声がした。
さっき手分けして探しているとマリウスが言っていた事を思い出す。

「ジュリア、ごめん。ちょっとまって」

彼女は泣いていたと思われたくなかった。慌てて布を濡らし顔を拭いた。

「ジュリアいいよ、入って」

ジュリアンヌは小言を言いながら、天幕の中へ入って来る。

「ジーノだめじゃないか、護衛の騎士がいないときは天幕に結界を張るように言っただろう?それに女官も連れずに一人でうろうろしないようにも言ったよね」

目に濡れた布を当てながら彼女は返事をする。その声は少しうわずっていた。

「うっかりしていた。今日はみんな忙しいから私一人でもいいかなと思って……ごめん」

ジュリアンヌが傍に来たことを感じる。

「……泣いていたの?何か言われた?それとも誰かに何かされた?」

ジュリアンヌは先ほどと一変し心配した声で聞く。ジーノは慌てて目から布を外す。彼女はハッとした。ジュリアンヌの顔が目の前にある。顔を覗き込でいた。ジュリアンヌの水色の瞳は少し怒っているようだった。
あまりの顔の近さに彼女は恥ずかしくなった。ジーノはどぎまぎしてジュリアンヌから少し離れた.

「誰にも何も言われてない。自分の気持ちがいっぱいいっぱいになっただけ……。もう大丈夫だから」

ジュリアンヌは苛つき始める。長い茶色髪を耳かけ腕を組んだ。その腕にはいくつか擦り傷がついていた。

「何かあるなら僕に言ってよ。一人で泣かないで……。頼ってよ、ジーノ」

こんなにジュリアンヌを見るのは初めてだ。ジーノは心配されていることを分かっていた。でもマリウスへの気持ちは言えない。ジュリアンヌを見つめる。

「僕そんなに頼りない?」

今度はジュリアンヌが眉を潜めた。彼女はこれ以上心配させたくなかったし、話題も変えたかった。ジーノはお道化て見せる。

「ごめん……。ジュリアは美少年だと思いまして……。 見蕩れてしまいました。心配かけないように言いつけは守るね。腕、キズだらけだね」
「誤魔化すんだ?もういいよ……」

ジーノは治療魔法を施しジュリアンヌのキズを直していく。ジュリアンヌは拗ねた様子で、彼女の治療を受けた。ジュリアンヌはジーノの腕の腕輪を見つける。水色の瞳を細め彼女の手首を掴んだ。その力は強くジーノは痛みを感じた。

「ジュリア痛いよ、放して」
「それ、『光の姫』に兄上が送った物と同じものだ。一体どういうつもりだ?兄上は、……ジーノごめん……痛かった?」

慰撫がげに呟くと彼女の腕を放した。

「確かにマリから貰った。お守りだと言っていた」

彼女は言葉に詰まる。姫と一緒とは何のことだろうと思う。

「そういう習慣はある。親しい人に自分の魔力で部質化して贈る。もしくは出来合いのものに魔力を入れる者もいる。『信頼の印』として……。で蔦の彫られた装飾の模様で上手く隠してあるけど、ここに『信愛の印』が刻まれている。……自分の最愛の者に贈る為の印」

ジュリアンヌに指摘され腕輪には見つめる。確かに蔦の模様に紛れ四葉のクローバーのような形が見える。
『最愛の印』と『親愛の印』があると言う。ジーノは困惑してジュリアンヌを見た。ジュリアンヌは険しい顔になり説明を続ける。

「『親愛の印』は魔力を入れるだけだ。だが『最愛の印』は魔力を移植する。意味が全然違う。魔力を入れるというのは一時的に魔力を入れるだけだ。魔力の移植は自分の魂の一部を切り取り、最愛の人の魔力の糧として魂が燃え尽きるまで共有する。もしジーノに、何かあれば兄上は自分が魂が亡くなるまで魔力を送り続けるだろう」
「……どうしてマリは私にくれたの?……だって『光の姫』様にも送って有るって、それにとても大切な人だと言っていた」

彼女は腕輪を外す。このままこの腕輪を貰っていいのか分からなかった。

マリウスは生涯一人の女性しか愛さないと決めているという。マリウスの母親が嫉妬のあまり錯乱してジュリアンヌの母親を道ずれに自殺したのは彼らがまだ幼い頃だ。その事情をポツリポツリとジュリアンヌは語った。

「……無意識なのか?兄上はジーノに惹かれている。ジーノはどうしたい?兄上をどう思っているの?」

ジュリアンヌは、彼女の真意を探るように呟く。
その瞳は、何もかも映すような湖畔の美しい水色を湛えていた。

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