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アンサンブルコンテスト

動揺

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 曲が終わってすぐに、たっちゃんはあたしの手の甲を指でトントン叩いた。かつての友だちが今の彼女の友だちと一緒にぺこりと礼をして、拍手が起きる寸前のことだった。
「英里佳、もう出よ」
 早口で言って、たっちゃんはパッとあたしの手を離す。そして、拍手をしながら立ち上がった。悟くんはあたふたしていたけど、宇野はたっちゃんを見もせず、前だけを見つめて座っている。
「じゃあね」
 たっちゃんはそう言って、あたしの手をまた掴んで、立たせた。珍しく、乱暴に。あたしは慌ててたっちゃんについていく。椅子と椅子の間を足早に通っていき、途中、何回も「すみません」と言った。座っている人たちは、あたしたちが前を通るたび、足をちょっと椅子の中に入れてくれた。悟くんはずっとあたしたちを目で追いかけて、宇野は何もせず石みたいになっていた。
 教室を出て、引き戸を閉じたとたん、たっちゃんはニヤッと笑う。
「バカみたい……」
 そう言って、顔を手で押さえた。泣いてはいない。大きな息を吸って、吐いて、それを繰り返している。
「たっちゃん。平気?」
 あたしはたっちゃんの背中を撫でた。たっちゃんは、体全体を使って呼吸をして、それから息を止める。
「平気。大丈夫」
 たっちゃんはちょっと笑って、また呼吸を再開した。次は、ほっとしたように。胸だけで、ゆっくり、ゆっくり。
「手、繋ごう」
 たっちゃんは、あたしの腕に自分の腕を組ませてくる。そして、あたしの二の腕に頭をもたれた。それがものすごく嫌で、もう耐えられなくなって、遠ざけたくてたまらなくなくても、できない。だってそうしたらたっちゃんを傷つける。
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