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1564 旅路
旅芸人
しおりを挟む市場のはずれ、だだっ広い空き地に大きな派手な柄のテントがそびえ立つ。その周りには様々な目を引く衣装の者たちが、呼び込みをしたり、食べ物や土産物の入った箱を提げて売り子をしたりしている。市場は、いつもの活気とは違う、色めき立つ空気に包まれていた。商人ですら、早々に店を閉めてテントへと吸い込まれていく。
数日前に、旅芸人の大きな旅団がやってきた。このあたりを巡業する小さな旅団くらいなら、市場では月に一度ほど見られる。彼らはテントを持たず、市場のあちこちで芸を見せる、大道芸人の集まりだ。しかし、今回訪れた一座はそれとは規模が違う。この一座は大きなテントを持ち、その中で見世物をして国中を回る。都でも興行をするくらいに大きな旅団だ。こんな田舎には滅多と訪れない。一体何が見られるのだろう、これを逃せば次はいつになるか、と、このあたりの者は皆興味をそそられ、安くはない金を渡してテントに入って行く。
シャマシュもまた、空をひとりじめするあの大きな天幕に目を奪われていた。もちろん、その中身は天幕以上に彼の心を惹きつける。だがシャマシュは金を払うなどということは、はなから頭にない。腕っぷしだけでその日その日を食い繋いでいる彼には、蓄えも、「対価」という意識もない。
テントの入り口は人が多いので、シャマシュはそこから少し離れた場所から入り込もうとする。面倒にならないよう、人気のない場所を選んでテントの裾をめくろうとする。と、遠くから怒鳴り声が聞こえた。
「お前ー! ただ見する気か! 許さねえからな!」
揚げパンの詰まった箱を提げた売り子の男が、こちらに走ってきている。顔に派手なペイントをし、肩までの赤毛は後ろで結び、麻色のワンピースの下には派手な紫のズボンを履いている。年はシャマシュとそう変わらないほどだろう。シャマシュはテントの中に入ってしまってそのまま他の客に紛れようとしたが、天幕は思ったより重く、持ち上がらない。手間取っていると、売り子の男に捕まった。
「この野郎、お前みたいな奴がいるからな、俺の飯が減らされるんだ! 見るなら金を払っての!」
男はシャマシュの腕を強く掴む。シャマシュは振り返り、男を睨みつけた。すると、その顔を見た男が目を丸くする。
「え、貴族さま、いや、なんでここに……」
男が自分の容貌に驚いてしどろもどろになるので、喧嘩になると思い構えていたシャマシュは拍子抜けする。男は、シャマシュをつま先から頭のてっぺんまでじろじろと見た。頭ひとつ抜けた長身には腰巻のみをまとい、尻まで伸びた長い髪の毛は三つ編みにしている。その肌の白さと目の色以外は、このあたりの男と遜色ない格好だ。
「ああ、落胤か」
「なんだよ、らくいん、って」
男のつぶやきに、シャマシュが噛み付く。男はシャマシュから手を離した。
「お前、わかってないのか? まあいいや、どっちにしろ、俺はお手柄だからな」
そう言い、箱から揚げパンを出してシャマシュに差し出す。自分を怖がっていない相手からものを差し出されるのは初めてで、シャマシュは驚いた。
「やる。今回のことも見逃してやるよ。楽しんでいけ。公演が終わったら、ここで待ってろよ」
「なんのつもりだよ、あんた」
警戒してパンを受け取らない。男が顔をくしゃっとさせて笑い、痩せた頬にえくぼが浮かんだ。
「お前は旅芸人になれば稼げるやつだ。座長に会わせたい」
「なんだよ、それ」
「その容姿、ここじゃ生きづらくないか?」
そう言われ、シャマシュは顔をうち赤くして押し黙る。男の手からパンをもぎ取ると、口にくわえた。パンにまぶされた砂糖とスパイスがポロポロ落ちる。おい、と声をかける男を無視し、重い天幕を持ち上げて隙間から中に入った。
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