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十日伊予

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1564 旅路

エンリット卿

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 着いたばかりの街で、ツィオは買い出しに出された下働きたちに紛れる。この港町で逃げ出そうと、旅の途中、海が見え始めた頃から考えていた。下働きたちからこっそりと離れ、彼は国際港へ向かう。潮と異国のエキゾチックな香りが混ざった港では、体のがっしりした男たちが忙しなく荷を運んだり、船乗りたちが怒声を交わしていたり、身なりのいい者たちが大きなカバンを使用人に持たせて乗船を待っていたり、煩雑としている。その中で遠洋に出る大きな外国船を見上げ、ツィオは覚悟を決めた。
 都は目と鼻の先だ。ここまで無事にいられたのなら、ダイモンにとって自分を殺す最後のチャンスはこの街だ。彼の手下に捕まって海の中に放り投げられたら終わりだ。ツィオはそうなる前に、外国船に乗り込んで逃げるつもりだ。さすがに外国まで追ってくるなどと金のかかることは、ダイモンはしないだろう。
 積荷にどうやって紛れようと、ツィオはあたりを見渡す。人一人が入れそうな樽はあたりの倉庫からいくらでも運ばれてくるが、どれも中身は高価な輸出品や輸入品なので、しっかり見張りが着いている。荷物が難しいなら船乗りに紛れようかと考えてみるが、貧弱な自分の体では、たくましい海の男たちには到底混ざれない。それに赤毛が目立ってしまう。
 ツィオが途方に暮れていると、不意に誰かが彼の腕を掴んだ。ツィオはヒッと叫び声を上げる。ダイモンに捕まってしまったと半泣きになって振り返ると、そこにいたのはダイモンでも彼の下働きでもなく、腕に派手な刺青の入ったいかつい男だった。
「その服、今日から来てる旅芸人のモンだろ。旅芸人がこんなところで何してやがる」
 男はツィオを睨みつける。しまった、倉庫に近づきすぎたか、とツィオは青ざめた。様々な人が行き交う港だが、倉庫の周りは荷を守るために警備が着いている。
「さっきからうちの荷をじろじろ見やがって。何のつもりだ。場合によっちゃ──」
 男はツィオに拳を振りかざす。ツィオは怯み、目を固くつぶった。
「君、君! やめたまえ!」
 その時、ツィオの背後から柔らかい声が響く。「エンリット卿!」と男が驚いた声をあげて、ツィオを離した。何が起こったのかわからず、ツィオは振り返る。するとそこには、四十頃の男が立っていた。男は相当な金持ちらしく、用心棒が三人ほどそばに着いている。しっかりと磨かれた革靴も、シンプルに仕立てたシャツやズボンも、ツィオの目にも相当な値打ち者だとわかる。アルバほどではないが背が高く、体つきも歳の割にはたくましい。柔和な顔つきに灰色の目が特徴的だ。ポマードで軽く立ち上げたグレイの髪の毛は、若作りをしていない上品さがある。ダイモンのように唇の上に髭を蓄えているが、彼とは違って爽やかだ。
「エンリット卿、なんだってこんなやつ庇うんです。こいつは卿の倉庫で盗みを働こうと……」
 いかつい男は思い出したようにツィオの腕を捕まえ直して、四十路頃の男に怪訝な顔をする。するとエンリットと呼ばれたその男は、穏やかな笑みを見せた。
「彼はまだ何もしていないだろう? 旅芸人の一座の身なりだ、きっとこのあたりで迷ってしまったんだよ」
 そう言い、エンリットはツィオにも微笑む。彼の口ぶりに、きっと旅団に連れ戻されると、ツィオは背中が寒くなった。
「君はスキャルソンの下働きかな? あそこの下働きは、素直でよく働くし、読み書きもできると実業家の中では評判なんだ」
 エンリットは薄く目を開く。どこか、じっとりとした目つきだ。
「ちょうど私の屋敷も、人が足りていなくてね。ここで出会ったのも何かの縁だ。どうだい? うちで働いてみないかい?」
 その言葉に、ツィオは目を輝かせる。金持ちに買われるのはどだい無理だと思っていたが、こんな所で拾ってもらえるなんて。これで殺されずに済む。ツィオは突然に降って湧いた話に、うまく返事ができなくなる。彼が「あ、あの」と口ごもっていると、エンリットは嬉しげにツィオの肩をそっと抱いた。
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