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十日伊予

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1566 蜜月

転機

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「本日は舞台を見ていかれませんか、御子息さま」
 いつものようにアルバを訪ねて一座にやってきたラスに、ダイモンはそう声をかける。一度見たからとラスが断ろうとすると、いつもの営業用の笑顔を満面に浮かべた。都では滞在期間が長いため定期的に演目を変える、今日から新しい演目だからぜひ見てほしい、と、大袈裟な身振り手振りで誘う。ラスはその話に興味を持って聞いていたが、隣に居合わせたアルバはダイモンの様子に胸を悪くした。いつも通り客前の態度といえばそうなのだが、今日のダイモンは心なしかいつもより仰々しい。彼が客に見せない顔を知っているものだから、アルバにはその仰々しさの裏側が透けて見えてしまう。
「あんまり、あいつのこと信用するなよ」
 ダイモンにのせられて大テントに向かうラスに、アルバは釘を刺した。目や髪の色で落胤とばれないようフード付きのポンチョを着て、気休めだが背筋も丸めている。
「……ありがとう、でも大丈夫だよ。そう悪いことなんて起こらないよ」
 ラスは小首を傾げてアルバに笑いかける。確かに、ラスが素直にダイモンと接する様子は、傍目には警戒心がないように見えるだろう。しかし父の権威を目当てに擦り寄ってくる人間を腐るほど見てきたラスは、ダイモンの張り付いた笑顔も、丁寧な猫撫で声も、信用に値するものではないと最初から感じている。ダイモンには一線を越えそうな悪意を感じず、アルバの雇い主ということもあってあまり距離はとっていないが、内心ではラスはダイモンがあまり好きではない。しかしダイモンのテリトリーでそれを口に出すのは失礼で下卑たことだと思い、アルバの前では言葉を選んだ。
「能天気だな。もうちょっとしっかりしろよ」
 彼の本心を知らずにアルバは呆れた。
 公演の行われる大テントの周りでは、一座の下働きが土産物や軽食を売り歩いたり、屋根だけのテントを張って小さな露店を開いたりしている。一座が都で拠点にしている広場は規模が大きく、大テントを中心にした興行スペースと団員の居住スペースを確保してもまだ余裕がある。そのため、一座だけでなく都の店々も大テントの周りにたくさん出店していた。
「御子息さま、占っていきませんか!」
 都から出店している占い師が、通りがかったラスに声をかける。アルバは興味を示さなかったが、ラスは喜んで占い師の小さなテントに入っていった。
「ぼくはこの辺り、うろうろしてるから」
 ラスの占いの間、アルバは大テントの周りを散策する。今日はラスが一緒がいいとごねたので居住スペースの外を歩けているが、普段はそんなことは許されない。旅芸人になって都に到着するまで、三年近く……そう、ほぼ三年ぶりに自由だ。アルバはフードを深くかぶり直し、心なしか軽い足取りで歩いて行った。
 珍しく出歩いているアルバの姿に、一座の者たちは皆驚く。土産物屋の前で口上を述べていた下働きなどは、アルバが逃げ出しているのだと思い、慌てて裏手に連れて行こうとしたものだ。それにうんざりして、アルバは早々に身を隠した。下働きたちが売る軽食を作る裏の調理場に潜り込み、机の下に隠れて売り物の揚げパンをつまむ。何人かの旅団員は彼に気付いたが、仕事が忙しくてそれどころではないと放置した。
「ダイモンの親父さん、俺たちに任せてくれたら良かったのになあ!」
 アルバが揚げパンをかじっていると、近くをダイモン付きの下働きたちが通っていく。ダイモンへの不信感から、見つかりたくないと、アルバは息を殺した。
「あんな占い師に大金を渡さなくっても、俺なら半分の金でやるのに」
「ほら、声が大きい」
 拗ねたような声の下働きを、もう一人が叱りつける。占い師、という言葉に、アルバは嫌な予感がした。
「一座の人間に言われたら、仕込みだってすぐわかるでしょ。ただでさえお前は間抜けなのに」
 そう言われ、拗ねた下働きはぶうぶう言う。
「アルバさんは面倒ごとが多い上に、放蕩息子さまが加わってしまって厄介極まりないよ」
 ダイモン付きの下働きたちの話に、アルバは背筋が寒くなった。ダイモンがラスに何かしようとしている。きっと、自分からラスを引き剥がすつもりだ。机をひっくり返して二人の前に出て、思いっきり殴りつけて話を詳しく聞き出したい。しかし、暴力を振るうなとツィオに厳しく躾けられている。
「親父さんも災難だな。まあ、その分地方で儲けてはいるんだけどさあ」
 ぼやきながら、下働きたちは去っていく。彼らがいなくなってから、アルバは机の下から抜け出た。食べかけの揚げパンをあくせく働く他の下働きの口に突っ込んで、調理場から飛び出す。今すぐ、ラスを占い師から離さなければ。
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