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十日伊予

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1566 蜜月

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 二人は手を繋いだまま、馬車に乗って両親に会いにいく。ふかふかの座席でラスと身を寄せ合い、アルバは未来を想像する。ラスの両親に歓迎されて家族になって、一緒に楽しく暮らして、ラスが望んだように世界中を旅行したっていい、そうだ、いつかは自分の故郷も見せてやりたい。そんなことを考えては、喜びが込み上げて笑顔にならずにはいられない。こんなにも穏やかになれる相手に出会えたことを、世界の全てに感謝していた。
「アルバ、父さんと母さんは、君に会えることを楽しみにしているよ。母さんなんか、息子が増えて嬉しいって」
 金色の目をきらきらさせ、ラスが嬉しそうに言う。敷地の森をじき抜ける。馬車の窓から顔を出せば、両親の屋敷とその広大な庭を囲むフェンスが見えた。すっかり高くなった太陽に照らされ、庭の緑はまばゆいほど美しい。庭の門の前で来客用の人力車に乗り換えたら、屋敷はもうすぐだ。
「えへへ、良かった。ぼくは母親がいないから、ラスの母さんが息子だって言ってくれるのはすごく嬉しい」
 アルバはラスの頬にキスをして、愛おしげに目を細める。こんなに優しいラスを育てた両親は、きっととても優しい人なのだろう。そう思い、早く彼らの息子になりたいと願う。
 嬉しくてたまらないとアルバに抱きついて、ラスはふとあることを思い出した。馬が足を止め、馬車がゴトンと揺れる。屋敷の門の前に着いた。
「そうだ、母さんの容姿なんだけどね」
 先に馬車を降りると、アルバを驚かせないよう、彼を馬車の中に留めたまま伝える。座席を立ち上がったアルバは、きょとんとラスを見た。
「母さんは体に古傷がたくさんあるんだ。初めて見るとびっくりするかもしれないけど、気にしないでね」
 ラスは小首を傾げ、穏やかに微笑んだ。アルバを信じている。
「私にはそんな母さんが当たり前だから、君に言うのを忘れてたよ。私が生まれる何年か前に、川に流される事故に遭ってね──」
 しかし、アルバの目は困惑に見開かれた。青い瞳は、ラスの栗毛がさらさらと揺れるのをとらえて離さない。違う。アルバの震える唇が、そんな言葉をこぼす。ラスが眉をひそめて彼の名を呼ぶと、今度は「嘘だ」とつぶやいた。忌まわしい想像は喉に込み上げて、飲み込むことはかなわない。
「ラス!」
 不意に、覚えのある女の声がアルバの鼓膜を揺らした。それはあまりに苦しい現実で、アルバは体が重たくて動けなくなってしまう。脂汗が額ににじみ、呼吸がうまくできない。
「母さん、父さん! 迎えに来てくれたんだ!」
 ラスが見やると、ドナが人力車から手を振る。隣には、雷神がにこにこと笑って座っている。普段は運動のためと自分の足で庭を歩く彼女だが、今日はアルバが待ちきれずに人力車を走らせて来ていた。
「アルバ、ほら、二人に顔を見せてあげて!」
 何も知らない明るい調子で、ラスはアルバの腕を引っ張る。アルバはその拍子にバランスを崩し、ラスを下敷きにして馬車から落ちた。ラスが悲鳴を上げ、ドナと雷神が慌てて人力車を飛び降りて二人に駆け寄る。
 アルバは打ちつけた体の痛みで混乱し、どうしていいか分からずに顔を上げる。すると、傷痕だらけの手のひらが、自分に差し伸べられていた。信じたくない、違う。一縷の望みをかけ、彼は視線を上げる。
 自分を産んだ女がそこにいた。
 アルバも、彼と目が合ったドナも、これ以上ないほど目を剥く。アルバの下で痛みにうめくラスも、心配してアルバをどかそうとする雷神すらも二人の意識には立ち入れない。
「……シャマシュ?」
 無意識に、ドナの口からその名前が漏れ出す。途端に、アルバの喉に塊がのぼってきた。
 ラス。母の手料理を食べさせて微笑んでいたラス。偉大な父を敬愛していたラス。アルバを好きだと言ったラス。彼から浴びせられたキスの雨、触れ合った優しい体温、この上なく愛おしいと細められたラスの金色のまなこ。そのすべての「意味」が押し寄せてきて、アルバは堪えられない。衝動のまま、ラスの顔の上に嘔吐した。
 ラス、ドナ、雷神、使用人、護衛……アルバ以外の、そこにいた全ての者から悲鳴が上がる。アルバは胃の中身をほとんど吐き出してしまうと、吐瀉物の中に手をついて体を起こした。しばらくぼんやりとドナの面を眺め、やがて思い出したように、その顔に憎しみを露わにする。
「死んで父さんに詫びろ!」
 そう叫び、アルバがドナに飛びかかった。汚れた手で彼女の首を掴む寸前、雷神がアルバの背中に触れる。瞬間、強い電流が雷神の指先から流れ、アルバは失神した。どさっと地面に倒れ込む。ラスは彼の吐瀉物にまみれたまま、唖然としている。
「ドナ、大丈夫か」
 雷神は妻に寄り添い、彼女の無事を確かめるとアルバに訝しげな目をやる。一体どういうことだと一生懸命考えを巡らしていると、不意にアルバの顔にドナの面影が重なった。
「お前、あのときのドナの子か!」
 ハッとして、雷神が叫ぶ。その言葉に、ラスは全てを理解した。
「母さん?」
 彼は、自分の体を抱いて震えている母親を見る。アルバは、母親に捨てられた過去に苦しんでいた。ラスがどれだけ愛しても、不安なままだった。父ではなく、自分が死ねばと泣いていた。軽蔑と嫌悪、それから絶望が心にしみ渡る。
「彼を捨てたの?」
 ラスが尋ねる。ドナは頷くことができない。


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