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硫酸と絶望の火花
しおりを挟むテレビが喋っている。
いや、喋っているのはキャスターで、僕はそれを“聞いている”のだけれど、どうしてだろう、ずっと他人事みたいに聞こえる。病室の天井はまるで、無菌室の白い棺桶みたいだ。
「高校の理科室で起きた薬品事故。男子生徒が顔面に硫酸を浴び、重度の火傷を――」
僕だ。その“男子生徒”ってやつは、たった今ここで、仰向けになって、呼吸器の音と点滴のリズムに支配されている、僕だ。
でも、画面の中の僕は、名前も出ていない。匿名の“高校生”で、ただの一件のニュースのひとつ。明日には忘れられる。明後日には記憶から消える。来週には、もう誰の関心にも引っかからない。
僕の人生は、ほんのワンカットの「事故映像」で置き換えられた。
皮膚の下で脈打つ熱さ。焼けた顔の奥で、時折暴れる神経。麻酔の切れ目で襲ってくる、正体不明の痛み。
それでも一番痛いのは、鏡の中の“自分”が、もう二度と元に戻らないっていう現実だった。
「甲子園、無理になっちゃったな……」
ぽつりと呟いた言葉が、空気の中で浮いて消えた。
野球部のグローブは、家の部屋の隅に転がっている。あれももう、使われることはない。
──恋も、結婚も、子供も。
目を閉じると、頭の中で映画が始まる。
青空の下でキャッチボールする僕。
クラスでふざけあって笑う僕。
制服姿の彼女と手をつないで歩く放課後。
真っ白なウェディングドレス。
泣きじゃくる赤ん坊。
夕飯ができたよって呼ぶ声。
全部、夢だった。
これから始まるはずだった、僕の人生。
全部、硫酸の一瞬で、溶けて流れた。
⸻
その夜、僕は屋上に立った。
ナースコールの音が遠くに鳴っている。冷たい風が顔のガーゼに吹きつけて、体を震わせる。高層階から見下ろす夜の街は、まるで銀河みたいに静かに光っていた。
飛び降りようと、ほんの少しだけ、重心を前に傾けた。そのときだった。
「……死にたくない」
声にならない声が、心の奥から漏れた。
ふいに、脳裏に浮かんだのは、夢だったはずの未来だった。
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