明晰夢な恋をして【そして、明日を生きる君へ】

暗い灯り

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風の中で泣き崩れる

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「大丈夫?」

病室に来る誰もが、最初にそう言った。

「大丈夫だよ」
「きっと良くなる」
「治ったらまた遊ぼう」

その言葉は全部、誰かが自分を安心させたいだけの、自己完結した祈りにしか聞こえなかった。

もし僕が「大丈夫じゃない」と言ったら彼らはどう反応しただろう。

空気が凍って、沈黙して、言葉を濁して、帰っていったかもしれない。それがわかっているから、僕は何も言えなかった。

そうだ。きっと誰も悪くない。でも、僕の絶望はどこにも行き場がなかった。

母は、何度も言っていた。

「ごめんね、代わってあげられたらよかったのに……」

そんなことを言われても、事故に遭ったのは僕だし、顔を失ったのも僕だし
鏡を見て泣き出したのも、吐いたのも、僕だった。

父は無言だった。
たまに「前を向け」と言った。
その言葉がどれほど重く、冷たく、遠かったか──本人は知らないままだ。

 午後、僕は車椅子を押して、ひとり屋上への階段を目指した。
傷口が疼いたけれど、我慢した。
顔に巻かれた包帯の奥がじんじんと熱くて、息が詰まりそうだった。

誰にも言わなかった。
自分の事故が報道されたのを見てから、何かが壊れたままだ。

「どうして僕が……」

そう呟くたび、空気が歪んで、視界が霞んだ。

屋上の扉を開けると、夏の終わりの風が吹き抜けた。

病院の敷地を囲うフェンスの向こうに、遠く町が見えた。

校舎も、グラウンドも、小さく見えた。
あの場所で、僕は笑ってたはずだった。

風がシャツを揺らす。
手すりに手をかけた。
高い場所が怖いなんて、思わなかった。

不思議と静かだった。
心も、体も。

「死にたくない……」

ぽろりと落ちた言葉は、風にさらわれて消えた。

野球がしたい。
甲子園を目指して、仲間と笑いたい。
恋をして、手をつないで、プロポーズして、結婚して、子供ができて──
男の子だったらキャッチボールをして、女の子だったら甘やかして育てて、おじいちゃんになって、釣りをして、孫に小遣いを渡して、そして、ベッドの上で「幸せだったな」って言って、目を閉じたい。

 ──それだけだったのに。

どうして、それすらも、叶わないんだ。

しゃがみ込んで、泣き崩れた。
涙は止まらなかった。壊れたみたいに、嗚咽が止まらなかった。

そのとき、風に飛ばされた何かが、足元にぶつかった。

 一枚の紙だった。

 《明晰夢で、もう一度会える──あなたの「望む世界」を夢の中で》

病院の掲示物か、誰かの忘れ物か。
けれど、その言葉が、何よりも強く僕を引き留めた。

 夢の中で──
「もう一度会える」
「望む世界」

現実じゃなくてもいい。
もう一度、笑いたい。
もう一度、誰かとちゃんと、話したい。
もう一度、「僕」を、やり直したい。

その夜から僕は、夢を見ようと決めた。
それが、本当の意味での「生きる」ということだと、そのときの僕は、まだ知らなかったけれど。


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