2 / 11
風の中で泣き崩れる
しおりを挟む「大丈夫?」
病室に来る誰もが、最初にそう言った。
「大丈夫だよ」
「きっと良くなる」
「治ったらまた遊ぼう」
その言葉は全部、誰かが自分を安心させたいだけの、自己完結した祈りにしか聞こえなかった。
もし僕が「大丈夫じゃない」と言ったら彼らはどう反応しただろう。
空気が凍って、沈黙して、言葉を濁して、帰っていったかもしれない。それがわかっているから、僕は何も言えなかった。
そうだ。きっと誰も悪くない。でも、僕の絶望はどこにも行き場がなかった。
母は、何度も言っていた。
「ごめんね、代わってあげられたらよかったのに……」
そんなことを言われても、事故に遭ったのは僕だし、顔を失ったのも僕だし
鏡を見て泣き出したのも、吐いたのも、僕だった。
父は無言だった。
たまに「前を向け」と言った。
その言葉がどれほど重く、冷たく、遠かったか──本人は知らないままだ。
午後、僕は車椅子を押して、ひとり屋上への階段を目指した。
傷口が疼いたけれど、我慢した。
顔に巻かれた包帯の奥がじんじんと熱くて、息が詰まりそうだった。
誰にも言わなかった。
自分の事故が報道されたのを見てから、何かが壊れたままだ。
「どうして僕が……」
そう呟くたび、空気が歪んで、視界が霞んだ。
屋上の扉を開けると、夏の終わりの風が吹き抜けた。
病院の敷地を囲うフェンスの向こうに、遠く町が見えた。
校舎も、グラウンドも、小さく見えた。
あの場所で、僕は笑ってたはずだった。
風がシャツを揺らす。
手すりに手をかけた。
高い場所が怖いなんて、思わなかった。
不思議と静かだった。
心も、体も。
「死にたくない……」
ぽろりと落ちた言葉は、風にさらわれて消えた。
野球がしたい。
甲子園を目指して、仲間と笑いたい。
恋をして、手をつないで、プロポーズして、結婚して、子供ができて──
男の子だったらキャッチボールをして、女の子だったら甘やかして育てて、おじいちゃんになって、釣りをして、孫に小遣いを渡して、そして、ベッドの上で「幸せだったな」って言って、目を閉じたい。
──それだけだったのに。
どうして、それすらも、叶わないんだ。
しゃがみ込んで、泣き崩れた。
涙は止まらなかった。壊れたみたいに、嗚咽が止まらなかった。
そのとき、風に飛ばされた何かが、足元にぶつかった。
一枚の紙だった。
《明晰夢で、もう一度会える──あなたの「望む世界」を夢の中で》
病院の掲示物か、誰かの忘れ物か。
けれど、その言葉が、何よりも強く僕を引き留めた。
夢の中で──
「もう一度会える」
「望む世界」
現実じゃなくてもいい。
もう一度、笑いたい。
もう一度、誰かとちゃんと、話したい。
もう一度、「僕」を、やり直したい。
その夜から僕は、夢を見ようと決めた。
それが、本当の意味での「生きる」ということだと、そのときの僕は、まだ知らなかったけれど。
2
あなたにおすすめの小説
狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。
汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。
元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。
与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。
本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。
人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。
そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。
「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」
戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。
誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。
やわらかな人肌と、眠れない心。
静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。
[こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
光の図書館 ― 赦しの雨が上がるまで
108
恋愛
「あの日、私を救ったのは、あなたの未来でした」
雨の匂いが立ち込める午後の図書館。司書の栞(しおり)の前に現れたのは、影を帯びた瞳の青年・直人だった。 彼はいつも、絶版になった古い物語『赦しについての短い話』を借りていく。 少しずつ距離を縮める二人。しかし、直人の震える右手には、五年前の雨の日に隠された、残酷で優しい秘密が宿っていた――。
記憶の棲む図書館を舞台に、「喪失」を抱えた二人が「再生」を見つけるまでを描いた、静謐で美しい愛の物語。
【完結】恋は、友とビールとおいしい料理と
桜井涼
恋愛
大学時代からの親友、香奈子と理子。婚約破棄から始まる香奈子の恋は失恋旅行で何かをつかんだ。
転職から始まった理子の恋は、転勤でどう動く?それぞれの恋と友情の物語。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
国宝級イケメンとのキスは、最上級に甘いドルチェみたいに私をとろけさせます♡ 〈Dulcisシリーズ〉
はなたろう
恋愛
人気アイドルとの秘密の恋愛♡コウキは俳優やモデルとしても活躍するアイドル。クールで優しいけど、ベッドでは少し意地悪でやきもちやき。彼女の美咲を溺愛し、他の男に取られないかと不安になることも。出会いから交際を経て、甘いキスで溶ける日々の物語。
★みなさまの心にいる、推しを思いながら読んでください
◆出会い編あらすじ
毎日同じ、変わらない。都会の片隅にある植物園で働く美咲。
そこに毎週やってくる、おしゃれで長身の男性。カメラが趣味らい。この日は初めて会話をしたけど、ちょっと変わった人だなーと思っていた。
まさか、その彼が人気アイドル、dulcis〈ドゥルキス〉のメンバーだとは気づきもしなかった。
毎日同じだと思っていた日常、ついに変わるときがきた。
◆登場人物
佐倉 美咲(25) 公園の管理運営企業に勤める。植物園のスタッフから本社の企画営業部へ異動
天見 光季(27) 人気アイドルグループ、dulcis(ドゥルキス)のメンバー。俳優業で活躍中、自然の写真を撮るのが趣味
お読みいただきありがとうございます!
★番外編はこちらに集約してます。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/693947517
★最年少、甘えん坊ケイタとバツイチ×アラサーの恋愛はじめました。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/408954279
〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー
i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆
最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡
バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。
数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる