明晰夢な恋をして【そして、明日を生きる君へ】

暗い灯り

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現(うつつ)と夢のあわい

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親戚の葬儀は、どこか遠くの出来事のようだった。親戚の誰かが亡くなったということよりも、僕の顔に向けられる視線の方がずっと重かった。

親戚のおじさんが言う。「大変だったな」
おばさんが言う。「頑張ってね」
母は笑って受け流し、父は口数を減らす。みんなの言葉が、みんなの表情が、
 “腫れ物”のそれであることに、僕はもう慣れていた。

 ──疲れた。

弔問客の集まりから距離を取りたくなって「少し、外の空気を吸ってくる」と両親に伝えた。

杖をついて、一人で歩き出す。
足元の感覚はまだ完全じゃない。
だけど、風が顔に当たる。
誰にも顔を見られないだけで、心がずっと軽くなる。

歩いていくうちに、知らない道に出た。
民家の並ぶ裏路地。
コンビニでもない。カフェでもない。

──「古美術・七種(ななくさ)」と書かれた、古びた木の看板。

なぜだか惹かれて、僕はその扉を開いた。

カラリ──
優しく鈴が鳴る。

中は薄暗く、古びた家具や装飾が所狭しと並んでいた。
ヨーロッパの宗教画のようなもの。
手書きの天球儀。
錆びついたオルゴール。
年代不明の銀製の食器──

異世界のようだった。

「いらっしゃいませ」

その声に、僕の全身が静止した。

カウンターの奥に立つ女性。
彼女は──僕の夢の中の、あのヒロインだった。

目を疑った。
でも、間違いなかった。

髪の流れ、輪郭、まつ毛の長さ──
あの芝生の丘で出会った、あの「彼女」だった。

「……どうか、されましたか?」

声も、似ていた。
いや、似ているどころじゃない。
あの夜に聞いた、たった一言と同じ、音色だった。

「……なんでも、ないです」

声が震えてしまった。
視線を逸らす。
バレたくないと思った。
逃げ出したいのに、逃げられなかった。

「良かったら、時計、好きですか?」
「え……?」

彼女は棚の上から、小さな懐中時計を取り出して、僕に差し出した。

「古いものだけど、時間がずっと止まらないの。不思議でしょう?」

「……止まらないんですか?」

「ええ。どれだけ置いていても、時刻が狂わない。たまに、戻ることもあるけど」

それはまるで、夢の時間と現実の時間が入り混じったような、不思議な話だった。

「……変ですね」

「うん。でも、私、好きです。こういうの。ねえ、あなたも好きでしょ?」

そう言って、彼女は少しだけ、笑った。
あの日と同じ、あの芝生の丘で見た、微笑みだった。

僕は、答えられなかった。
まるで、声を奪われたようだった。

店を出て、僕は一人、夜道を歩いた。手には懐中時計があった。買ってしまった。
夢で見たあの子が現実にいたことよりも、自分が“創った”と思っていた存在が、先に“ここにいた”という衝撃が、何より深く刺さっていた。

もし、あれが夢じゃなく、彼女自身の中に“同じ夢”があったのだとしたら──

僕は、それを確かめたくなった。

もう一度、夢を見たい。
もう一度、彼女と話したい。
そして、現実の彼女にも──もう一度、会いたい。
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