明晰夢な恋をして【そして、明日を生きる君へ】

暗い灯り

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追いつけない夢

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夢は、意地悪だった。

あれから毎晩、眠る前に彼女の姿を思い出してみた。
芝生の丘。青空の中のあの微笑。
古美術店で見たときと同じ、澄んだ声。

何度もイメージした。何度も試した。
けれど夢は、ただの夢でしかなかった。

どこにも彼女はいない。
違う場所、違う出来事、
誰とも分からない顔のない人々の中を歩き続ける──
まるで、終わらない迷路のようだった。

「……なんで、会えないんだよ」

目が覚めるたびに、喪失感が増していく。
夢でさえ、彼女に会えないのなら、僕はどこへ行けばいい。

明晰夢のための訓練も、今では形骸化していた。夢日記。現実チェック。視覚の再構築。すべて、彼女に会うためにしていたのに。

その夜、僕はとうとう、何もかもを放り出した。

スマホも閉じた。
時計も見なかった。
ただ、ベッドに倒れ込むように寝た。

けれど、眠れなかった。
まぶたの裏に彼女の姿が焼きついていて、目を閉じれば閉じるほど、遠ざかっていく気がした。

次の日、体を引きずるようにして外へ出た。無意識に、あの古美術店へ向かっていた。

「……あの、これ、ありがとうございました」

カウンターにいた彼女は、僕が差し出した懐中時計を見て、小さく微笑んだ。

「調子、どうですか?」

「はい……時間、まだズレてません」

「ふふ、やっぱり。ね、不思議でしょ」

「珍しい時計を入荷したらお知らせしますよ」

そう言って彼女はLINEのQRコードを出した。

「....あ、ありがとうございます。お願いします」
 スマホで画面を読み取る。

僕は、話すつもりじゃなかったのに、ふいに訊いてしまった。

「……夢、って見ますか?」

彼女は少し考えて、頷いた。

「見ますよ。よく。──とくに、あの芝生の場所の夢は、よく見ます」

その瞬間、呼吸が止まりそうになった。

「誰かと、会いますか?」

彼女は少し首をかしげたあと、こう言った。

「昔から、顔のない男の子が、そこにいるんです。言葉も、名前もないけど……寂しそうな背中だけ、覚えてて」

僕は、思わず口を押えた。
それは、僕だ。
それ以外、ありえなかった。

でも、僕は何も言えなかった。
何も、名乗れなかった。
だって、現実の僕は──このマスクの下に顔を隠したまま、自分を“名乗る”ことすらできないんだから。

帰り道。
バスの中。
風景が流れていく。

夢の中の彼女は、僕の理想じゃなかった。僕の願望の産物でもなかった。

彼女もまた──
夢の中で、誰かに会いに来ていた。

それが、僕だった。

そんな奇跡のような事実に触れてもなお、僕はまだ彼女の隣に立てない。

だから、もう一度、夢を見る。

そして、彼女に聞くんだ。
「君は、誰?」と。

それが、僕の第一歩だった。

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