6 / 11
追いつけない夢
しおりを挟む夢は、意地悪だった。
あれから毎晩、眠る前に彼女の姿を思い出してみた。
芝生の丘。青空の中のあの微笑。
古美術店で見たときと同じ、澄んだ声。
何度もイメージした。何度も試した。
けれど夢は、ただの夢でしかなかった。
どこにも彼女はいない。
違う場所、違う出来事、
誰とも分からない顔のない人々の中を歩き続ける──
まるで、終わらない迷路のようだった。
「……なんで、会えないんだよ」
目が覚めるたびに、喪失感が増していく。
夢でさえ、彼女に会えないのなら、僕はどこへ行けばいい。
明晰夢のための訓練も、今では形骸化していた。夢日記。現実チェック。視覚の再構築。すべて、彼女に会うためにしていたのに。
その夜、僕はとうとう、何もかもを放り出した。
スマホも閉じた。
時計も見なかった。
ただ、ベッドに倒れ込むように寝た。
けれど、眠れなかった。
まぶたの裏に彼女の姿が焼きついていて、目を閉じれば閉じるほど、遠ざかっていく気がした。
次の日、体を引きずるようにして外へ出た。無意識に、あの古美術店へ向かっていた。
「……あの、これ、ありがとうございました」
カウンターにいた彼女は、僕が差し出した懐中時計を見て、小さく微笑んだ。
「調子、どうですか?」
「はい……時間、まだズレてません」
「ふふ、やっぱり。ね、不思議でしょ」
「珍しい時計を入荷したらお知らせしますよ」
そう言って彼女はLINEのQRコードを出した。
「....あ、ありがとうございます。お願いします」
スマホで画面を読み取る。
僕は、話すつもりじゃなかったのに、ふいに訊いてしまった。
「……夢、って見ますか?」
彼女は少し考えて、頷いた。
「見ますよ。よく。──とくに、あの芝生の場所の夢は、よく見ます」
その瞬間、呼吸が止まりそうになった。
「誰かと、会いますか?」
彼女は少し首をかしげたあと、こう言った。
「昔から、顔のない男の子が、そこにいるんです。言葉も、名前もないけど……寂しそうな背中だけ、覚えてて」
僕は、思わず口を押えた。
それは、僕だ。
それ以外、ありえなかった。
でも、僕は何も言えなかった。
何も、名乗れなかった。
だって、現実の僕は──このマスクの下に顔を隠したまま、自分を“名乗る”ことすらできないんだから。
帰り道。
バスの中。
風景が流れていく。
夢の中の彼女は、僕の理想じゃなかった。僕の願望の産物でもなかった。
彼女もまた──
夢の中で、誰かに会いに来ていた。
それが、僕だった。
そんな奇跡のような事実に触れてもなお、僕はまだ彼女の隣に立てない。
だから、もう一度、夢を見る。
そして、彼女に聞くんだ。
「君は、誰?」と。
それが、僕の第一歩だった。
2
あなたにおすすめの小説
狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。
汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。
元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。
与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。
本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。
人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。
そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。
「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」
戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。
誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。
やわらかな人肌と、眠れない心。
静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。
[こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
光の図書館 ― 赦しの雨が上がるまで
108
恋愛
「あの日、私を救ったのは、あなたの未来でした」
雨の匂いが立ち込める午後の図書館。司書の栞(しおり)の前に現れたのは、影を帯びた瞳の青年・直人だった。 彼はいつも、絶版になった古い物語『赦しについての短い話』を借りていく。 少しずつ距離を縮める二人。しかし、直人の震える右手には、五年前の雨の日に隠された、残酷で優しい秘密が宿っていた――。
記憶の棲む図書館を舞台に、「喪失」を抱えた二人が「再生」を見つけるまでを描いた、静謐で美しい愛の物語。
【完結】恋は、友とビールとおいしい料理と
桜井涼
恋愛
大学時代からの親友、香奈子と理子。婚約破棄から始まる香奈子の恋は失恋旅行で何かをつかんだ。
転職から始まった理子の恋は、転勤でどう動く?それぞれの恋と友情の物語。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
国宝級イケメンとのキスは、最上級に甘いドルチェみたいに私をとろけさせます♡ 〈Dulcisシリーズ〉
はなたろう
恋愛
人気アイドルとの秘密の恋愛♡コウキは俳優やモデルとしても活躍するアイドル。クールで優しいけど、ベッドでは少し意地悪でやきもちやき。彼女の美咲を溺愛し、他の男に取られないかと不安になることも。出会いから交際を経て、甘いキスで溶ける日々の物語。
★みなさまの心にいる、推しを思いながら読んでください
◆出会い編あらすじ
毎日同じ、変わらない。都会の片隅にある植物園で働く美咲。
そこに毎週やってくる、おしゃれで長身の男性。カメラが趣味らい。この日は初めて会話をしたけど、ちょっと変わった人だなーと思っていた。
まさか、その彼が人気アイドル、dulcis〈ドゥルキス〉のメンバーだとは気づきもしなかった。
毎日同じだと思っていた日常、ついに変わるときがきた。
◆登場人物
佐倉 美咲(25) 公園の管理運営企業に勤める。植物園のスタッフから本社の企画営業部へ異動
天見 光季(27) 人気アイドルグループ、dulcis(ドゥルキス)のメンバー。俳優業で活躍中、自然の写真を撮るのが趣味
お読みいただきありがとうございます!
★番外編はこちらに集約してます。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/693947517
★最年少、甘えん坊ケイタとバツイチ×アラサーの恋愛はじめました。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/408954279
〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー
i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆
最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡
バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。
数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる