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そして、明日を生きる君へ 【完】
しおりを挟む彼が旅立って、三ヶ月が過ぎた。
彼の葬儀の日、私は笑った。
誰にも気づかれないように、そっと。
だって──彼が最後まで「生きた」がんばりを、私は知っていたから。
お腹の中の命は、日々少しずつ育っている。
彼の残した「願い」は、私の中で静かに息づいている。
母子手帳の名前欄には、まだ記入していない。
でも、決めている。
男の子だったら「晴翔(はると)」
女の子だったら「詩遥(しはる)」
──どちらも、空に届くような、風に乗るような、そんな名前。
今日、出版社から一通の手紙が届いた。
『君のとなりで、夢を見る』──彼との記録を書いた小説の原稿に対する返信だった。
「とても素晴らしい内容ですが、最近すぎる事故が背景にあると、遺族の方に対しての配慮もありますので、いま世に出すにはタイミングが難しい作品です。必ず陽が当たる時がくると思います」
構わない。
誰に届かなくてもいい。
私が、ちゃんと彼を記憶した。
彼が生きた証を、物語にした。それだけでいい。
私は今、小さな庭のある家に住んでいる。
彼と一緒に探した街にある、古い平屋。
近所の人が野菜を分けてくれるような、のどかな町。
夕方、洗濯物を取り込みながら、庭を見た。
パパと息子がキャッチボールをしている。
──夢で何度も見た光景。
その横から、私はご飯ができたことを伝えるために、裸足で芝生を駆ける。
風が気持ちいい。
声が、出る。
手が、動く。
足が、前へ進む。
当たり前の日常。
でも、私にとっては、命をかけて手に入れた「奇跡」だ。
夜、机の前で、小さな手紙を書く。
まだ名前のない、あなたに宛てた手紙。
「あなたは、パパの生きたかった人生を歩んでいいの。
学校に行って、友達をつくって、思いきり身体を動かして、恋をして、結婚して、子供ができたら──
男の子だったら、キャッチボールをしてあげて。
女の子だったら、お姫様みたいに育ててあげて。
おじいちゃんになって、『幸せだった』って目を閉じてね。
それが、パパとママがあなたに渡す「明日」だよ。」
そして、私はあの日のようにお墓を訪れる。
花を手向け、風を感じて、微笑む。
「ハッピーエンドになったよ」
「──ねえ、あなた」
私は、お腹をさすりながらそう呟く。
そして空を見上げる。
星がまたたく、どこまでも続く夢のような空。
完
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