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20話 首都の転生者
しおりを挟む3年前はよく怖い夢を見て、『死なないで!』なんて不思議なことを父様やミルコ爺によく言って、泣きついたっけ。
あの頃の、6歳になったばかりのボクは自分が偉大な学者だったっていう夢をよく見ていた。その夢ではいつも決まって、大事な家族が殺されて終わっちゃうんだ……夢の中の奥さんも、子供たちも、みんな殺されてしまう。でも夢の中の兄さんだけが逃げ伸びて、涙を血で濡らしながら『弟の復讐はしてやる』って叫んでるんだ。
ボクには兄さんなんていないのに、本当に不思議だった。
そんな悲しい夢が怖くて母様にひっついて……忙しい父様やミルコ爺を捕まえて、なるべく一緒にいようとしたんだ。でも妹のエリーが生まれてから、ボクは変わった。母さんが出産の病気で亡くなってしまってから、妹のエリーを守るのはボクだって。
甘えるだけの坊やは卒業しようって決めたんだ。
「あぅ……」
それなのに、今……ボクは辛さに負けて思い出に甘えてしまっている。
お家は暖かくて、いつも美味しいものが食べれて、妹のエリーがいて……幸せだったなぁ。
寝る場所もベッドのふかふかで、こんなに固い地面なんかじゃなかった。
「うぅ……」
奴隷監督に殴られた顔がズキズキして痛い。ムチで削られた身体中が、熱を帯びたようにあっつい。
頭もぼやっとする。
どうしてボクはこうも無力なんだろう。
ボクは三年前と何一つ変わっていない。
痛みと恐怖に怯えて奴隷監督が、あのおばあさんを滅多打ちにするのを、泣きながらうずくまってやり過ごすしかできなかった。お家が敵の襲撃で焼かれた時も、妹のエリーが死んでしまった時も、泣くことしかできなかった。
みんなはアルバート様だとか、未来の黒宝卿だとか……たくさん褒めてくれたのに……ボクの身分も家柄もここでは何の役にも立たない。
ボク自身が強くならないと、何も解決できないし……誰も守れない。
強くて凛々しい父様と離れ離れ、優しいミルコ爺とも会えない。ボクは2人がいなきゃ何もできない子供なんだ……。
ここでの地獄のような暮らしは、今までの自分の生活がどれほどの綺麗事の上で成り立っていたのかを痛感する日々だ。
弱き民を守るとか、不正はしちゃいけないとか、正義の志を捨ててはいけないだとか……そんなのは、本当に綺麗事で。
お腹が限界まで減れば、食べ物の奪い合いになる。
余裕がなければ、人は弱い者をないがしろにする。
力がなければ自分の意見なんて通らない。
最初は優しく、丁寧にボクたちに接してくれたここの人達も……幼い妹が弱っていくのをわかっていながら、ただ眺めるばかりになっていったように……。
「んん……」
ボクの心の嘆きに同調するように、どこかで悲痛な叫び声が上がっているのに気付く。
変だと思ったボクは、痛みを堪えるために横になっていた身体をゆっくりと起こす。
これは上から聞こえる? でも、作業場からも聞こえる気がする。
こんなのは、ここに来て初めてかもしれない。だってこの地下では騒ぐことも遊ぶことも禁止。ただただ、働くことだけを義務付けられる。今が夜か朝なのかもわからない、ずっと薄暗い中での生活を強いられるんだ。そう、ずーっと。
「もう……べつに、いいや……」
そんな地獄でこれほどの絶叫が響き渡るのは、本当にここが地獄になってしまったのかもしれない。
そう思って、もう顔を持ち上げるのすら億劫になったボクは、もう一度寝転ぼうとする。そのまま何もかもを諦めようとして、放り投げようとして――――
絶望に堕ちるボクの瞳に、不意に眩い光が差し込んだ。
一瞬、闇夜を照らす月かと錯覚してしまう。それほど、綺麗な髪の色をした、男の子……?
女の子みたいに可愛らしい顔で、同い年ぐらいのフードを被った男の子がボクを見下ろしていた。
いつの間にか、本当にいつ目の前に現れたのかわからない。
けれど、確かに彼はここにいて、ボクをジッと見つめている。
「君が、アルバート・アインスタインか?」
彼は……とても澄んだ声でボクにそう問い掛けて来た。
その時ボクは確信した。
あぁ、この人はボクを地獄から救い上げるために神様が遣わしてくれた天使様なのだと。
◇
「ギァアァァア! ゲホォッゲホッケホッ……」
モヒカンが醜い叫び声をいくら上げようとも、転生者は姿を現さなかった。
アルバート・アインスタインを救出する目的のある私としては、このモヒカンに長くは構っていられない。なので数分の生き地獄を味わってもらった甲斐はないけれど、この辺でトドメを刺してあげようと思う。
【屍の王】に命じれば、その骨ばった手がモヒカンの顔へと伸ばされる。そのまま、モヒカンの両目に骨の指がズプリと音を立てながら、ゆっくりと押しこまれるのを見届ける。
完全に動かなくなったのを確認し、私は【屍の王】や【腐った兵士】たちを黄泉へと送ってやる。
「ロザリア様……目的の少年らしき者を発見致しました」
「主よ……ここより三区画、隣の小部屋に横たわっています」
決着がついた途端、エリザベスとジャンヌが影より傅きながら這い出てきた。
どうやら彼女たちは私が一段落つくのを待ってくれていたのかもしれない。君主を思うその配慮には感謝できるのだけど……有能であるはずの彼女らが、どうして救出対象であるはずのアルバートを発見しておきながら、私の元に届けないのかという疑問も感じた。
こうしている間にも彼に危険が及んでしまう可能性はゼロではないのに。
「なぜ、救出対象を連れてこない? 何か問題でもあったのか?」
まさか既に息絶えてしまったとか?
「それが――――」
エリザベスは私の問いに、はっきりとした口調で答えた。
その内容は私の内心を酷く揺るがすものだった。
◇
全神経を集中させ、あらゆる局面に備え……自分が活用できる最高峰の権能を即座に発動できる準備をしながら、私は問い掛けた。
「君が、アルバート・アインスタインか?」
傷だらけの少年は力なくうなだれ、かみ合わない視線をさまよわせながら私を見上げる。
その様子から傷が化膿し、発熱しているのが容易にわかる。
「は、はい……ボクがロドリコ・アインスタインの子、アルバート・アインスタイン、です」
彼の吐く息から嘘の気配は感じられない。
ならば本当に、このひどい匂いをまき散らす少年が、10年後のアルバート黒宝卿にして、未来の奴隷王?
この少年が……多くの奴隷を救い、奴隷による奴隷たちの人権を保証する、奴隷国家を立ち上げる君主となるのか?
この……転生者の匂いをぷんぷんと垂れ流す、少年が……?
救出対象が憎き転生者だったとは……その驚愕に心がざわつく。
まさか、未来の奴隷王が転生者なはずが……ありえない……。
私は一体、どうすれば、いい?
憎しみと正義の狭間で、私は立ち尽くす他なかった。
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