転生者殺しの眠り姫

星屑ぽんぽん

文字の大きさ
23 / 34

時と聖邪、不死の炎に焼かれて【外伝】

しおりを挟む

 歴史は命を守れる。

「ごはっ」

 そう愚かにも、私は過信していた。
 存外に死というものは、歴史の研究を積み重ねていても容易くは回避できなかったようだ。

 自分の口からとめどなく吐き出された、真っ赤な液体を見て痛感する。
 いつの間にか倒れていた身体すら、自力で持ちあげることができなくなっている。
 なんと、なんと私は無力なのだろう。

 栄えある首都『魔導の集結頂点ペンドグラム』上空は白と黒の爆発、次元を巻き込む渦で荒れ狂っていた。世界の色彩がまるで白黒しか存在しなくなってしまったとでも言うように。
 しかしチラリと目を横に流せば、地平は茜に染まり夕暮れ時を示している。
 眼下の街からは人々の営みの喧騒や、夕食ゆうげの香りが漂ってくるので、世界はそんなにうら寂しいものではないと思い直す。


「かはッ……実験は、失敗か……」

 フェニシアの懸念通り。
 準聖級至高魔法実験マギアメント、次元を超える【時を操る大極のリミティ・時空巡るクロノ・熾天魔法セフィラム】の発動は失敗に終わったのだ。


 魔法の暴発により、実験場にいた多くの学者や研究員が……私の友たちが苦悶の声を上げて倒れている。私もその例外ではない。
 気付いたら、胸に穴がぽっかりと空いていたのだ。

 この現象はおそらく『次元喰い』だろう。空間移動や、空間そのものに関与する魔法が失敗すると、その空間にいる存在ごと削り取られてしまう現象が昔から散見されている。
 その『次元喰い』が起こったとしても、十分な対処措置をとっていたにも拘わらず、この被害量ということは……それだけ爆発的かつ膨大な魔法力を、この実験は生みだす事に至ったようだ。


「ユーリ!? 大丈夫なの!? しっかりしなさいよ!」

 仰向けのまま、後悔に涙しながら空を見続ける。
 白と黒だけに染まった世界。

 そこに唐突に現れたには深紅の赤。
 あぁ、フェニシアか。私より優秀な彼女が無事だったのは僥倖だ。


「フェニ、シア……君が、無事で……なによりだ。生きて、くれ」

「ちょっと、ユーリ!? その傷……」

 燃え盛る紅蓮の瞳は涙に濡れていた。
 なんだ、それは。それではまるで、私の安否を心配しているように見えるじゃないか。
 潤った薄桃色の唇は細かく震え、『ほら見なさい! あたしの心配した通りでしょ』なんて、今にも憎まれ口の一つでも叩くのかと思いきや。


「死なないで! ユーリ! ねぇお願いよ!」
「転生者、を……根絶やしにするまで、は……死ね、ない……」

 彼女は腰をおろし、あろうことか私をそっと膝へと抱き上げたではないか
 何を悠長な事をしているんだ。この場は危険すぎる。神が魔法を放ったとしても、耐えうる施設でこの有様なのだ。聖と邪、決して交わらない魔力性質が混ぜ合った事で、神をも凌駕する魔力濃度が一時的に残留しているはず。
今は無事でも、いつ『次元喰い』が連鎖発動するかわかったものではない。


「今は、ここ、から逃げろ……大丈夫だ。私たちの、憎しみが……脈々と、引き継がれ、転生者を、転移者を、殺す……」

「なんで、なんでユーリなのよ! どうして、あたしみたいな世界に絶望した、何の望みもない抜けがらが生きて、あなたみたいに必死な人間が私より先に死んでしまうの!」
 
 フェニシアは日頃から何かと苛立つ娘だったが……彼女には彼女の事情があると私は察知していた。それが何なのかは詮索せずとも……何かを抱えた者同士、互いに若くして『アストラ歴史学者』に成り得るには、それ相応の理由があるのは語らずともうかがえた。だからこそ、どんなに鬱陶しく感じても、彼女を拒絶する事はなかった。


「返して! あたしの大切なものを、先に行ってしまった人達を! 返してよ!」

 私を抱きかかえ、天へとその慟哭を叫ぶ彼女の姿は美しかった。
 駄々をこねる赤子のような純粋さ、勢いだけは天上をも焦がす太陽の女神のようで、そして何より暖かく、柔らかった。
 最後に見る光景が彼女で良かった、と不覚にもそんな考えに陥ってしまう。

 小生意気な彼女にすら、そんな感情が湧き起こってしまうのだから……死に際の思考というのは、こうも、支離滅裂なものなのか。


 さて、もう意識を……保つのも難しい。
 視界も、暗くなってしま、った。
 この若き情動に駆られた……少女に、最後の言葉を伝えねば、なら……ない。


「消えない意志ほのおで、運命を照らして……世界を、託した……」

「……もう無理。ユーリの死を許容するなんて、無理! い、今の・・あたしじゃッッ、あなたを蘇生させることも、癒す事もできないけど」


 むり……? 何、が……?
 あぁ、泣きじゃくる彼女の顔がぼやけ――

 意識が遠のき、フェニシアの声も……薄らんでいく。

「何度も何人も見送ってきたけど、もう私には無理なの。今のあたしじゃ、ダメかもだけど、でも、それでもあるいは……不死の炎と、この場に残留した魔法の力を転用すれば……どうなるか、わからないけどッ」

 もはや私の耳は彼女が何を言っているのか聞き取れない。ほとんどの感覚を失いかけた中で、不意にゴウッと何かの気配が燃え広がるのを感じる。


「……世界が崩壊するとか、どうなっても知らない! ユーリの言う通り、前に進まないと、失ったモノは取り戻せないもんね!」

 これ、は……何だ?
 何かが……私を、包み込んで……いる?
 霞みがかった視力では判然としない。しかし、このシルエットから鑑みるに……火の鳥?


「不滅、不変、不動……再生まといし我が輪廻の炎に誓う、時欠け満ち欠け、万若ばんじゃくの――――いのち芽吹めぶきし昇火をくさん――」


 視覚、嗅覚、触覚、味覚、聴覚、その全てが穴の空いてしまった胸から流れ落ち、喪失感が満ちる。
 けれども、彼女が発した何かは心地よく響いた。
 それは優しい陽だまりと、慈母心溢れる子守唄のように。


「不死鳥フェニクス・ラーミアの名において、小さき灯よ、その黒翼と白翼を以って飛翔せよ――【聖邪と銀光ハインリヒ・交わりしヴェーゼ・転生の業火リィーンフラム】」


 ……炎?
 それにしては、なんとも、ぬるく……暖かい。
 これが、死ぬ……という事なのか?


「ユーリ……私達はずっと友達よ」

 彼女の、最後の一言だけはなぜかハッキリと耳に響いた。
 フェニシアの泣き顔を朦朧と眺め、存外に死というのも悪いものではないかもしれないと思う。

 妹と両親を救えなかった悔恨も、研究半ばにして自分の生が終わる絶望も、揺らめく炎に飲まれていった。
 こうして私の28年に及ぶ生涯は幕を閉じたのだった。






 聖と邪。
 決して交わらぬ二つを銀光で縫い留めた、不死性の神祖。

 偉大なる我が君は……かつての友を語るとき、その目にひどく不安定なほのおを灯される。
 哀愁と決して手に入らぬ情動に、輝かしい瞳がうるむそのご尊顔は――

 この世の何よりも尊く、お美しい。


 神祖伝承記 『千血の銀姫ブラッド・シルバス』より
 著 ニコラ・テスラ


しおりを挟む
感想 64

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした

藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると 土地を蝕む邪気となって現れる。 それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。 派手な奇跡は起こらない。 けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。 ――その役目を、誰一人として理解しないまま。 奇跡が少なくなった。 役に立たない聖女はいらない。 そう言われ、私は静かに国を追放された。 もう、祈る理由はない。 邪気を生み出す原因に目を向けず、 後始末だけを押し付ける国を守る理由も。 聖女がいなくなった国で、 少しずつ異変が起こり始める。 けれど彼らは、最後まで気づかなかった。 私がなぜ祈らなくなったのかを。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...