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21話 戦慄せまる日々
しおりを挟む弱々しく繰り返される浅い呼吸。
その空気の流れに呼応し、うずくまった身体が生まれたての小鹿のように小さく揺れる。
傷だらけの少年――――転生者アルバート、未来の奴隷王は完全なる弱者であった。
「貴様がっ……」
耐えがたい衝動が、身体中から燃えあがる。あの日、あの時、必ず殺すと誓った転生者の1人が目の前にいるのだ。相手が弱っているのなら容易に抹殺するチャンスだと、殺してやりたい気持ちで胸が張り裂けそうになる。
だけど、理性が殺意を懸命に抑え込んでくる。この少年は未来の奴隷王だと……歴史に必要な人物だと……ここで私が殺してしまったら、それこそ歴史を狂わす地球からの転生者たちと同じ存在になってしまうと。
度し難い憎悪が無限に沸き上がろうとも……決して自分の使命を忘れてはならない。
歴史を守り、2000年後に現れるチャーチルやルーズべルドに備え、未来で待つ家族や戦友たちを守るのだと。
「いかがなさいますか?」
「主の御意向のままに」
エリザベスとジャンヌがアルバートの処遇を尋ねてくる。
「……この子供は……匂いが薄い……。予定通り、ミルコらに引き渡すとともに、様子見としてしばらく同行する」
この少年は転生者としての匂いがひどく薄い。その事実を強調し、私は自らを納得させるようにして臣下たちへと答える。
「良いのですか?」
「主よ、討つべき悪は……」
殺さなくていいのか?
そう2人が目で問い掛けるも、私は頷く。
「彼は未来の……奴隷王だ……安直な判断で殺してはいけない」
身体の傷と発熱による弊害なのか、とっくに気を失ってしまった少年を見下ろす。
彼が本当に奴隷王となるのであれば、私はこの怒りの矛先を閉じ込めなければならない。
守りたい者のためならば――
例え、憎い相手にすら微笑んでやろうとも。
◇
アルバート・アインスタイン少年を保護し、ミルコらと共に【ケネディア黒宝都市群】へと五日かけて帰還した。
と言っても、その頃にはもはや【ケネディア黒宝都市群】と呼べる体裁を保つには厳しい状況に立たされていた。というのも、五日前にアインシュタイン新総統が率いる軍に攻め込まれた【西の黒城都市】がたったの一日で陥落し、黒宝勢力は残す三都市までに削られてしまった。
黒宝の中でも【西の黒城都市】は武力に秀でた都市で、この時代では【落とすことは不可能】と言わしめるほどに精強な軍が常備されていたはずだ。
それをたった一日。
早すぎる。
通常、城攻めは何日もかかるはずなのに……。
「こちらが――ロドリコ・アインスタイン黒宝卿が1人息子、アルバート・アインスタイン様を救い出してくださったロザリオ殿です」
私たちは【西の黒城都市】を迂回し、【北の黒玉都市】へと到着。その後、ミルコの伝手でこの都市を治める黒宝卿や政務官たちとの顔合わせに至る。
「B級冒険者のロザリオと申します」
「同じく、エリザベスでございますわ」
「ジャンヌです」
集まった数人の政務官が、後ろの彼女たちの美しい容姿に当てられたのか『おぉっ』とどよめく。
「ロザリオ様は類まれなる手腕で、未来の【南の黒鉄都市】の黒宝卿を救って頂いたのです。感謝の極みでございます」
ミルコはアルバート少年を私達が救いだしたことで、私やエリザベス、ジャンヌの三人に絶対の恩義と信頼を置いてくれている。
彼が私達を【北の黒玉都市】の重鎮に紹介するには理由がある。
「ほう……貴殿らの働き、御苦労であった。また、【南の黒鉄都市】の跡取りが無事であったのは僥倖であるな」
口髭をきっちりと整えた壮年の、やや恰幅のいい男がこの都市の黒宝卿らしい。
「では、この金を持ってさっさと去るがいい。白金貨3枚だ。貴殿らにとって十分な報酬だろう」
慇懃な態度で、うるさい虫を追い払うように手を振る黒宝卿。まさか名乗りもされずに終わるとは思いもしなかったけれど、【北の黒玉都市】の立場を考えればそれも当たり前かもしれない。
ニコラ・テスラの定期連絡から仕入れた情報によると、彼らは滅亡の危機に瀕している。【西の黒城都市】を落としたアインシュタイン新総統は1万の兵を黒城に残し、すぐに軍を編成しこの【北の黒玉都市】に向かっているだとか。
その数、およそ2万。さらに本国より【南の黒鉄都市】、【西の黒城都市】を経由して、援軍とし後方より2万が後発軍として控えているらしい。
今まで【北の黒玉都市】は落とされた各4都市に5000ずつの援軍を送っており、そのことごとくが敗北し戻ってきていない。都市防衛戦に入る前から合計2万の兵を失っているに等しい。だから現状、この都市は1万程しか兵士が残されていない。
都市の周囲にはぐるりと高い壁があるため、通常なら防御に徹するなら十分な戦力と言える。しかし、相手はあの破竹の勢いを誇るアインシュタイン総統率いる、『見えぬ悪魔』を大量に装備した軍。
勝ち目の薄い戦いを前に、他の都市の生き残りのために余計な出費をしたくないというのが本音だろう。
しかしそれにしても、ニコラ・テスラはどうして周辺諸国の事情に詳しいのか疑問である。
「少し、無礼ではありませんか? モースン卿」
内心が透けて見えるモースン黒宝卿に対し、ミルコが咎める。
「はて。自らの主が敵の支配下に入り、一冒険者に払う報酬すら工面できず、他の黒宝都市にその報酬をせびるどなたかの方が遥かに無礼ではないか?」
「それはっ……しかし、黒宝連盟の協定で……互いが危機的状況にあるときは、各都市の財産・武力を共有物として取り扱い、抵抗するのが決まりでしょう……」
「無論、協定であるから、きちんとこの冒険者には報酬を支払っているではないか。既に敵の手に堕ちた、無益な都市の御子息のために、な」
痛烈な皮肉をモースン卿は放ち、この話はこれで終いだとでもいうように再び手を振った。
しかし、ここで話が終わっては私達がここに来た意味がない。白金貨3枚のために【北の黒玉都市】まで足を運んだわけではない。
「恐れながらモースン黒宝卿、現在この都市に総数4万の大軍が向かっているだとか。その対抗策は十全であるかお聞きしたい」
私が恭しく、しかし口調だけは厳しく問えば、モースン黒宝卿は顔をしかめた。
「ッ! その情報、どこから……いや、いい。貴殿ら冒険者風情にも耳に入るほどの大事だ。無論、対抗策は用意してある」
「この都市にそれほどの戦力があるようには思えませんが?」
「ええい! いくらB級冒険者だからといって政に口出しするでない!」
「たかだか冒険者風情が戦の何を理解しているというのだ!」
「冒険者に愛国心というのがないのは百も承知!」
「貴様らに国の存亡がかかった戦いに口出しされる筋合いはない! この金の亡者どもめ!」
モースン黒宝卿に続き、他の政務官たちが声を荒げる。
金の亡者、どもね。
確かに国を愛する者からすれば、金を支払わないと動かない冒険者はまさに金の亡者として映るかもしれない。それならそれでけっこう。
「金の亡者ですか、御明察です! 私、実は3000人の傭兵団も経営してまして。いかがですか、国の危機とあれば金に糸目をつけている場合ではないでしょう」
この発言に政務官は口々に怒りをあらわにする。
しかし、1人だけ反応の違う男がいた。それはもちろんモースン黒宝卿だ。
ピクリと眉を動かし、【北の黒玉都市】が生き残る道筋を探し思考するだけの頭はあるようだ。下手なプライドよりも今は少しでも戦力が欲しいはず。例え、足元を見られて法外な金額を提示されようと、敗北色の濃い状況でこの都市に味方する傭兵団などいない。
「ロザリオ殿。そのようなまとまった兵力がこの都市に入った、という報告は受けていないぞ」
敵が来るまでに配備は間に合うのか、という質問も含まれているのだろう。
「都市の近くに待機させております。今から私の伝書鳥を配下に飛ばせば、およそ一日で到着するかと」
一日と言わず、本当は転移門を使えばすぐにでも出現させられるが……その事は伏せておく。
炎神王あたりに人族に近い容貌の種族を集めさせればいいだろう。
そして私の影の中には【戦神王レオニダス・スパルタ】が常に潜んでいる。
つまりは彼の権能によって、1人1人が英雄なみの実力を誇る300人もの配下もすぐに動ける。
「ふむ……あい、わかった。金で容易に寝返る貴殿らの働きに、大した期待はしていないが……契約しようではないか」
「それでは――」
「その前に、団長である貴殿自ら単身でこの都市に入るとは考え難い。傭兵団には敵が多いのだろう?」
本当にいるのか?
そんな疑念の目を向けるモースン黒宝卿に対し、私は涼しい笑みで以って答える。
「もちろん300の精鋭が、既にこの都市にて待機していますよ」
「ほう……では、その者らを一度見せてもらってから金額の交渉といこうか」
もし私が率いる傭兵団がお粗末なものであったなら、ここで契約を結ぶのは悪手。
傭兵団としての格を見定め、こちらに法外な値段を提示させないための予防策なのだろう。
どのみち、その駆け引きは裏目にでる。
レオニダス・スパルタの兵士が一兵たりとも、粗末な装備で身を包んでいるはずがない。
むしろ、この時代……いや、どの時代の兵よりも最高、最強の武具を纏っているのだ。
「もちろんですとも。では、団員に召集をかけてもよろしいですか?」
「よろしくたのむぞ」
モースン黒宝卿の許可を取り、私たちは一旦、会議室から出た。
これでアインシュタイン新総督の侵攻は防げるかもしれない。
この攻防戦が、転生者との決着の場となる予感がする。
「におうな……」
「そうですわね」
「主よ……どうなさいますか?」
実は、この都市にも複数の転生者の匂いが漂っている。
アルバート少年以外の、だ。
これもまた、この都市まで足を運んだ理由の一つである。
「まだ、様子見だ」
◇
「あのモースンとかいう男、地獄の苦しみを味あわせた後に、ゆっくりとくびり殺してさしあげますわ」
「主よ、すぐに殺しましょう」
「……2人とも、やめてあげて」
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