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選択肢
しおりを挟む私は夜の風を浴びたくなり、マンションの屋上に登る。
夜空は雲一つなく、深い水のように澄み切っていた。
その時、私の携帯電話が鳴った。
同級生のミミカからの電話だ
「助けて!」
ミミカは、つんざくような声で叫ぶ。
「マミが……ここに、どうして? 殺そうとしてる……マミが私を……マミが私を殺そうとしてるの……!」
マミも私と同級生だった。
けれども、マミはもう、この世にはいない。
彼女は今日、自ら命を絶ってしまった。
午前の授業中、マミは急に叫び声を上げた。
「……こっちに来ないで……! 来ないで……お願いだから……来ないで!!」
泣き叫ぶ彼女の口から出る言葉はすべて意味不明。誰も理解できなかった。
「死にたくない!」
最後にそう叫び、5階の教室から自ら身を投げてしまった。
ついにクラス全員がパニックになる。
当然、臨時休校となり、生徒は家に帰された。
クラスメイトの中で、一番、衝撃を受けていたのがミミカだった。
しかし、ミミカはマミの死を悲しんでいたわけではない。
彼女は自分自身の恐怖心から泣いていたのだ。
1週間前、私はミミカから、放課後に呼び出された。
場所は、学校からそう遠くない、小さな神社。
その神社には不思議な都市伝説が存在していた。
神社の入り口には、小さな赤い箱が置かれていた。野ざらしに置かれたその箱は、神社への意見や要望を集める、いわば「目安箱」。
赤い折り紙に誰かの名前を書いてこの箱の中に入れると、書かれた人は呪われ、この世のものでない何かにつきまとわれ、そのまま命を落とす。
それが都市伝説。
そして、ミミカはその日、赤い紙を用意していた。
紙に書かれていた名前はマミ。
ミミカは呪いの存在を信じていたわけではなかったが、こんな紙がもし見つかったら、マミは学校に来れなくなる、とケラケラ笑っていた。
ミミカがそんな嫌がらせをした理由はとてもシンプル。彼女は仲の良いグループで、マミを虐めていたからだ。
いじめを見かねたクラスメイトの一人がマミと共に、担任に相談をしたが、不幸にも、それがミミカのグループに知れ渡ってしまった。
ミミカはさらに陰湿にマミを追い詰め始め、ついに赤い紙に名前を書いたのだ。
マミが命を落とした日、ミミカは呪いの存在を確信したようだ。
呪いが本当のなら次に命を落とすのは私だと
ミミカは泣き叫び、自分の家に逃げ帰った。
「あの呪いは本当だった! 私の目の前にはマミがいるの……。私のことを呼んでいるの!」
ミミカは、この世の者でなくなったマミのことが見えているような。
ミミカの悲鳴は大きくなり、彼女の言葉は、やがて理解することが出来なくなった。
なぜ、自ら死を望むほどに、ミミカは怖しいものを見続けているのか。
その理由は、ずっと簡単なものだった。
ミミカがこの世のものではないものを目の当たりにしている理由。
彼女が自ら「死」を願うほどに、怖しいものに襲われている理由。
それは、私がミミカの名前を書いたからだ。
血のような真っ赤な折り紙に。
もしミミカが書いた赤い紙が見つかったのなら、マミは教師の強い庇護を受けることになるだろう。
そして、もし、マミと一緒に担任に相談に行ったのが私だったとバレたなら。
次のいじめのターゲットになるのは、私だ。
その瞬間、人生で初めて「人を傷つけたい」と思った。ミミカと同じやり方で。
ミミカの名前を書いた時、私は何を思っていたのだろうか。
マミに陰湿な嫌がらせを続けることへの怒りか、それとも単に、自分がいじめられることへの恐怖心だったのか。
ミミカは泣き叫び続けたあと、声にもならない悲鳴をあげて、そのまま静かになった。
私はミミカとの通話を切り、携帯電話を屋上から投げ捨てる。
この携帯電話を使うことなんて、もう二度とないのだから。
呪いは確かに存在した。
私が何者かに手を引かれるように、この屋上に立っていることこそ、揺るぎのない証拠。
思えば、全く意味のないことをしてしまった。
呪いは存在したのだから、放っておけば、ミミカは自ら身を滅ぼしたというのに。
もしも、呪いの存在を少しでも信じていれば、
あるいはミミカの卑劣なやり口に、正々堂々、立ち向かっていたのなら。
誰も命を落とさない選択肢は、本当にすぐそこにあったのかもしれない。
しかし、今となっては、私にはもう、どうでもいい。
ただ、身を乗り出したい。
私が柵から身を乗り出した時、暖かい風が、私の髪を撫でた。
風はとても柔らかく、とても穏やかで、そして、とても優しい匂いがした。
陽の光のように、心の奥まで暖めてくれる、そんな優しい香りが。
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