九龍懐古

カロン

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東洋魔窟

雨と【東風】

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東洋魔窟1





雨の中、大通りをれて、裏路地へ。薄暗い小道を進んで行けば、電灯が消えかけている見慣れた看板が目に入ったので足早に近付き引き戸をひく。

「あれ、今淹れたの?お茶」

カウンターテーブルには用意をして間もなさそうな湯気のたった普洱茶プーアルチャの湯呑みが2つ置かれていた。中に座る眼鏡の男に声を掛ける。

「そろそろ来ると思って。準備良くない?」

男は答えながら満足気に口角を上げ、傘無かったの?使いなよと言って白いタオルを渡してきた。タオルには【宵城】の文字、それと可愛い女の子のイラストが印刷されている。

「これマオの店の?」
「そう、新しい柄のやつ。イツキまだ見てなかったっけ?ピンクもあるけどどっちがいい?」
「んー…ピンクはアズマが使って」

ピンクだとちょっと風俗っぽ過ぎ…と言いながら、タオルで雑に身体の雨粒を拭うイツキ。だってマオの店は風俗じゃんとアズマは笑った。

アズマは裏路地で薬屋【東風】を営んでいる。ちゃんとした漢方からちゃんとしてないドラッグまで、あれこれ扱う店だ。
一方のイツキは何でも屋。配達から喧嘩代行まで、暇な時に気が向いた依頼を受ける。

イツキ、今日の仕事は?」
「荷物届けた」
「中身何だったの?」
「さぁ…銃とか?カタカタ音してたから」
「あらやだ物騒」

口元に手をあて大袈裟なリアクションをとるアズマイツキは、日常茶飯事の癖によく言うよ…という顔をしてみせ、かぶっている人民帽の雫をはたき落としタオルを返した。


ここ【九龍】は無法地帯。
歴史の中のちょっとした手違いでどの国からの法律も及ばなくなった場所。
増え続ける住民にされて繰り返される違法建築で、街は縦にも横にもどんどん広がり、膨大な人数と土地を獲得したこの城塞は今や都市国家の様相ようそうていしている。

内部はいくつかの地域に分かれ、それなりに治安の良い地区もあれば毎日死体が転がる地区もある。【東風】が店を構えるのはいわゆるスラムに近い区画。
安全とは言いがたいが、いわれなく命を取られるほどではない。自分の身の振り方次第だ。

何にも縛られず自由気ままに暮らせる、それが九龍の何よりの魅力だった。


返したタオルを畳むアズマに、いいことを考え付いたと言わんばかりにイツキが提案する。

アズマも店のタオル作れば?」
「どんなの?」
「東風って書いて眼鏡のイラストつける」
「ダサ…まぁイツキが言うならやろうかな…」

【宵城】のタオルを眺めるアズマ

一応は薬屋なのだから風邪薬ないし栄養剤といったたぐいのイラストがコンセプトには合っているような気がしたが、イツキの中では‘眼鏡’がアズマのイメージらしい。
まぁ、最初にくるイメージが‘違法薬師’より‘眼鏡’のほうがマシなことは自明の理だ。
けれどそれだと眼鏡屋に勘違いされてしまうのでは…?いや、店へと足を運んだ客相手に配るのだから何屋かはわかっているはず。となれば、アイコンは眼鏡でも構わないのか…?

そんなことをとりとめもなく考えつつ手元に視線を落としていたアズマだが、しばらくして、あっ!と思い出したように言った。

「てかイツキ、暇なら猫探しに行かない?」
「猫?」
マオからの依頼…ってほどでもないんだけどさぁ、手ぇ貸してくれないかって。従業員の女の猫が迷子なんだってよ」
マオの猫…ややこし…」

顔馴染みのマオが経営する【宵城】は、この街で一番大きな風俗店。絢爛豪華な天守閣は不夜城と呼ぶに相応しく一日中客足が途絶えない。
言うまでもなくアズマもその客のうちの1人なのだが、それとは別に、漢方や病気の治療薬をマオの店に売ったりもしている。持ちつ持たれつだ。

「いいよ、行く。いつもお菓子貰うし」

返事と共に首を縦に振るイツキ

マオはよく従業員に菓子を配る。その余りを毎回イツキにくれて、これがとても美味しい。
本人は残っちまったから食えよなんて言うが多分もともとイツキの分も買ってくれている。
おそらくアズマにもそうだ。…と、イツキは思っていた。が。

「え…?イツキ、いつもお菓子貰ってるの…?」

違ったみたいだ。

自分はお菓子を貰えてなかったことに気付いて若干しょんぼりしているアズマを横目に、イツキ普洱茶プーアルチャを飲み干し店を出る。
扉のそばでチカチカと光る看板。アズマはなぜかずっと電球をかえない、貧乏だからか。

その隣に引っ掛けてあった傘を勝手に拝借し、雨に煙る九龍の街の中、イツキは【宵城】へと足を向けた。
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