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東洋魔窟
煙と黎明
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東洋魔窟4
仰向けで死んでいた女性は、間違いなく写真の従業員だった。周りに散らかったドラッグの残骸…状況から見て、死因はオーバードーズ。
部屋の中は荒れていた。というか貴重品だけ持って逃げ出したような感じ。おそらく部屋の主は、この女性に薬を流していた売人だ。もうここには帰って来ないだろう。
猫は持ってきたラムネの小箱を動かない飼い主へと差し出し、まわりをトコトコ歩いていた。樹は猫を抱き上げ妙に幅のある首輪の裏を触った。
カサッと音がする。そこにはビニールの小袋が貼り付いていて、中には塩のようなもの。ドラッグだ。
「お前…運び屋だったんだね」
樹が猫の頭を撫でて言うと、猫は喉をゴロゴロさせミィと小さく鳴いた。
売人というものは基本的に、馴染みの上客以外には出来れば素性を知られたくない。風貌や情報を必要以上に晒す事によって生まれる余計なリスクを減らしたいからだ。
なので詮ずるにこの売人の場合、初回以降、猫を介して女性と薬の売買をしていた。女性は猫の首輪の裏に金を括り付けて売人へと送って、売人はそれをドラッグと交換して送り返す。
猫、というところが手堅い案と言えないが…正直この女性は売人にとってたいした売上にならない些末な客だと、初手で判断されたのだろう。金が届けば薬を送るだけ、届かずとも特に差し支えはない。そんな程度。
けれどある日、売人が送り返した猫は女性のもとへ戻らなかった。
猫が気まぐれで散歩コースを外れ寄り道をすることなんて不思議でもなんでもないが、既に薬物依存症になっている女性は焦り、猫に飼い猫が行方不明だと相談した。
そうこうしているうちに禁断症状が出て一刻も早くドラッグが欲しかった女性は、なりふりかまわずに出来る手段を全て使って、どうにかして突き止めた売人の元へ直接訪れた。
売人はそれを煩わしく思った。当然だ、あまり顔も知られたくない様な使い捨ての細客にあれやこれやと騒がれ、周囲を引っかき回された上に家まで来られたらたまったもんじゃない。
なのでいっそのこと女性をどこかしらへ売り飛ばしてしまおうと考え、親切ぶってわざと必要以上の薬を与えその場で接種させた。
ら…うっかり死んでしまった。仕方ないので売人は金目の物だけを持って消えた。
「ってとこかなぁ」
言って、樹は自分の膝の上に陣取る太った猫をくすぐりながら茶を啜った。
東はカウンターに頬杖をついてこちらを見ている。その手には、適当に巻かれた包帯。
行った時点でもう手遅れで、自分に出来る事も特になかったので、樹はとりあえず猫を連れて【東風】に戻っていた。
よく懐いているので触ってみようか…と東も手を伸ばしたら、光の速さでネコパンチを食らい思いっ切り出血した。その結果の包帯である。
「樹、【東風】帰ってきてていいの?猫が待ってるんじゃね?」
樹の膝で心地よさげに喉を鳴らす猫を若干羨ましそうに見つめる東。樹は頷く。
「今から行く。この猫と薬、置きに来ただけ。猫はどっちにも興味無いだろうから」
「それはそうかもな…てか、随分な量持って帰ってきたな薬」
「部屋にあったやつ全部。東が欲しいかと思って」
「俺が薬中みたいな言い方はやめてぇ?」
虚無顔の東に猫を預け、樹は夜が明ける前に足早に【宵城】へと向かう。取り急ぎ、事の結末を伝えるために。
猫の部屋に着き菓子の残りを食べながら今回の一切を話す。聞き終えた猫はさして驚いた様子もなく、そうか、とだけ言った。
死体はそのうち誰かが発見し、どこかへ運ばれるのだろう。使える部位は使われて、使えない部位は棄てられる。九龍ではよくある事だ。遺体が身内に引き渡されるほうがよっぽどめずらしい。
当然だが、猫は遺体を引き取りに行こうとはしなかった。家族ですら引き取りに行く者は滅多にいないのに───いや、まずこのスラムでは家族がいる者が滅多にいないのだけれど───ゴタゴタにはなるべく首を突っ込まないほうがいい。
猫が部屋を出たので、樹もなんとなく後を追った。階段をいくつか降りた先は広いドレスルーム。数え切れないほどの衣装の中から、猫が何着か手に取る。多分あの女性従業員のものだ。
それを持って屋上へあがると、ちょうど朝日が差しはじめた所だった。
猫がライターで衣装に火を点ける。言葉はなかったが、彼なりの葬送なんだろう。綺麗なドレスはまたたく間に燃えて煙が空へと立ち昇る。
全てが灰になるまで、猫は煙草を吸いながら、樹は菓子をかじりながら、朝焼けに染まっていく九龍の街を眺めた。
今日も、何も変わらない、1日がはじまる。
仰向けで死んでいた女性は、間違いなく写真の従業員だった。周りに散らかったドラッグの残骸…状況から見て、死因はオーバードーズ。
部屋の中は荒れていた。というか貴重品だけ持って逃げ出したような感じ。おそらく部屋の主は、この女性に薬を流していた売人だ。もうここには帰って来ないだろう。
猫は持ってきたラムネの小箱を動かない飼い主へと差し出し、まわりをトコトコ歩いていた。樹は猫を抱き上げ妙に幅のある首輪の裏を触った。
カサッと音がする。そこにはビニールの小袋が貼り付いていて、中には塩のようなもの。ドラッグだ。
「お前…運び屋だったんだね」
樹が猫の頭を撫でて言うと、猫は喉をゴロゴロさせミィと小さく鳴いた。
売人というものは基本的に、馴染みの上客以外には出来れば素性を知られたくない。風貌や情報を必要以上に晒す事によって生まれる余計なリスクを減らしたいからだ。
なので詮ずるにこの売人の場合、初回以降、猫を介して女性と薬の売買をしていた。女性は猫の首輪の裏に金を括り付けて売人へと送って、売人はそれをドラッグと交換して送り返す。
猫、というところが手堅い案と言えないが…正直この女性は売人にとってたいした売上にならない些末な客だと、初手で判断されたのだろう。金が届けば薬を送るだけ、届かずとも特に差し支えはない。そんな程度。
けれどある日、売人が送り返した猫は女性のもとへ戻らなかった。
猫が気まぐれで散歩コースを外れ寄り道をすることなんて不思議でもなんでもないが、既に薬物依存症になっている女性は焦り、猫に飼い猫が行方不明だと相談した。
そうこうしているうちに禁断症状が出て一刻も早くドラッグが欲しかった女性は、なりふりかまわずに出来る手段を全て使って、どうにかして突き止めた売人の元へ直接訪れた。
売人はそれを煩わしく思った。当然だ、あまり顔も知られたくない様な使い捨ての細客にあれやこれやと騒がれ、周囲を引っかき回された上に家まで来られたらたまったもんじゃない。
なのでいっそのこと女性をどこかしらへ売り飛ばしてしまおうと考え、親切ぶってわざと必要以上の薬を与えその場で接種させた。
ら…うっかり死んでしまった。仕方ないので売人は金目の物だけを持って消えた。
「ってとこかなぁ」
言って、樹は自分の膝の上に陣取る太った猫をくすぐりながら茶を啜った。
東はカウンターに頬杖をついてこちらを見ている。その手には、適当に巻かれた包帯。
行った時点でもう手遅れで、自分に出来る事も特になかったので、樹はとりあえず猫を連れて【東風】に戻っていた。
よく懐いているので触ってみようか…と東も手を伸ばしたら、光の速さでネコパンチを食らい思いっ切り出血した。その結果の包帯である。
「樹、【東風】帰ってきてていいの?猫が待ってるんじゃね?」
樹の膝で心地よさげに喉を鳴らす猫を若干羨ましそうに見つめる東。樹は頷く。
「今から行く。この猫と薬、置きに来ただけ。猫はどっちにも興味無いだろうから」
「それはそうかもな…てか、随分な量持って帰ってきたな薬」
「部屋にあったやつ全部。東が欲しいかと思って」
「俺が薬中みたいな言い方はやめてぇ?」
虚無顔の東に猫を預け、樹は夜が明ける前に足早に【宵城】へと向かう。取り急ぎ、事の結末を伝えるために。
猫の部屋に着き菓子の残りを食べながら今回の一切を話す。聞き終えた猫はさして驚いた様子もなく、そうか、とだけ言った。
死体はそのうち誰かが発見し、どこかへ運ばれるのだろう。使える部位は使われて、使えない部位は棄てられる。九龍ではよくある事だ。遺体が身内に引き渡されるほうがよっぽどめずらしい。
当然だが、猫は遺体を引き取りに行こうとはしなかった。家族ですら引き取りに行く者は滅多にいないのに───いや、まずこのスラムでは家族がいる者が滅多にいないのだけれど───ゴタゴタにはなるべく首を突っ込まないほうがいい。
猫が部屋を出たので、樹もなんとなく後を追った。階段をいくつか降りた先は広いドレスルーム。数え切れないほどの衣装の中から、猫が何着か手に取る。多分あの女性従業員のものだ。
それを持って屋上へあがると、ちょうど朝日が差しはじめた所だった。
猫がライターで衣装に火を点ける。言葉はなかったが、彼なりの葬送なんだろう。綺麗なドレスはまたたく間に燃えて煙が空へと立ち昇る。
全てが灰になるまで、猫は煙草を吸いながら、樹は菓子をかじりながら、朝焼けに染まっていく九龍の街を眺めた。
今日も、何も変わらない、1日がはじまる。
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