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第55話 商業ギルド
しおりを挟む「いらっしゃいませ」
小綺麗な服を身に纏った少女が、猪熊亭に入った途端に声をかけてきた。
よく見ると、金色の髪を綺麗にカットされたユリアちゃんだった。
「ん?あれ、何してるの?」
「ミーシャちゃんに頼まれて、給仕をしています。なんでも、お母さんと一緒に隣町にいるお婆さんのところへ行かなければならないらしくて。2、3日だけ手伝いを頼まれました」
どうやら、お手伝いを頼まれたらしい。
「おお、悪ぃなケン。うちのカミさん、悪阻がひどくてな。ここじゃ食いもんの匂いがダメらしくて、ミーシャは付き添いで一緒に行っちまったんだ。
それで、ユリアちゃんに頼んだってわけさ」
熊獣人の親父さんが、厨房から顔を出してそう説明する。
「そうですか。ユリアちゃんがいいなら、俺は構いませんが……本当に大丈夫なの?」
そう尋ねると、元気に「はい、やってみたいです!」と、はきはきとした返事が返ってきた。
(病み上がりなのに大丈夫か?)
『マスター、病気で自由に動けなかった分、いろいろ挑戦してみたいのではないでしょうか?』
(……そうかもしれないな)
『それよりマスター、そろそろ家を調達しましょう。あの拠点では家を建てられませんから、誰も住んでいない家を王都で手に入れて、ストレージに入れておけば、拠点で展開してすぐに住めますよ』
(確かに。でも、都合の良い家なんてあるのか?)
『家を扱っている商業ギルドで聞いてみればよいかと』
(……なら、明日行ってみるか)
ちょうど良い家があればいいが、正直、家を買えるほどのお金は持っていない。
エイシスはああ言っているけど、買うつもりもない。ただの興味本位だ。
その後、頑張って接客しているユリアちゃんだけに働かせるわけにもいかず、厨房で皿洗いなどの雑用を手伝うことにした。
◆
慣れない仕事に疲れたのか、ユリアちゃんは朝までぐっすり眠ってしまった。
もちろん、俺は自分の影の中で一晩を過ごした。
翌朝、張り切っているユリアちゃんに、師匠からもらったポーションを「疲れたら飲むように」と渡し、俺は商業ギルドへ向かった。
商業ギルドは商人たちが集まるギルドで、貴族も多く登録している。中には、身分を隠して登録している王族もいるらしい。
「どうか傲慢な貴族には関わりませんように」と心の中で願いつつ、商業ギルドの扉を開ける。そこは冒険者ギルドとは違い、豪華な家具が並び、静けさが漂っていた。
受付には女性が二人と、男性が一人。
女性の二人はどちらも接客中だったので、自然と男性の受付に向かうことになった。
「あのー、すみません。空き家ってありますか?」
「いらっしゃいませ。空き家ですね。ご購入をご希望ですか?それとも賃貸をご希望ですか?」
ダンディな男性が、低く響くバリトンボイスで尋ねてきた。
「実は、建物だけが欲しいんです。取り壊し予定の物件とか、ありませんか?」
「建物だけですか……。あいにく今は時期が悪くて。王立の魔法学園が始まった影響で、他国から来た貴族や商人の護衛や従者たちが次々に借りてしまって、現在は空きがないんです。その中には、取り壊し予定だった建物もあったんですが……」
そうか、時期的な問題もあるのか……。
日本でも、年度の変わり目には都会の賃貸が一気に埋まるし、それと同じようなものか。
「ちなみに、その取り壊し予定だった建物、おいくらくらいするんですか?」
「そうですねぇ……その建物は貴族街にありますので、金貨30枚は必要になります」
高っ!
建物だけで日本円にして、約300万円かよ……。
『マスター、貧民街の建物なら空いてると思いますよ』
なるほど、そっちの方が現実的か。聞いてみるか。
「貧民街の建物って、どうなんでしょう?」
「あー、あそこは管轄外ですね。全部、違法に建てられたものなんですよ。なので、空いていれば勝手に取り壊しても問題ありません」
貧民街の建物は、勝手に壊してもいいらしい。
「教えていただき、ありがとうございます」
「いえいえ、ご用がありましたら、またいつでもお越しください」
ダンディな男性は、とても親切な人だった。何かあったときは、この人に頼もう。
商業ギルドを出たあと、そのまま貧民街へ向かうべきかどうか考えていると、中央通りの路肩に一台の綺麗な馬車が止まっているのが目に入った。
御者の男性が馬車から降り、車輪の様子をじっと確かめている。
そして、馬車の中にいる誰かと何やら話し合っていた。
俺がその脇を通り過ぎようとした、そのとき──いきなり御者の男性に声をかけられた。
「君、その格好は冒険者かい?」
「そうですけど……」
「ちなみに、ランクを聞いてもいいかな?」
「昨日、鉄級に上がったばかりですが」
「ふむ……少しランクは低いか。だが、話し方は丁寧だな……」
何やら、独り言をつぶやき始めた。
「トーマス、私はその方で構いませんわ。早くしないと、間に合いませんの」
「承知しました――君、名前を聞いてもいいかな?」
「ケンイチロウですが……」
「ケンイチロウ殿か。すまないが、この馬車の中にいる方を魔法学園まで送ってもらえないだろうか?報酬は銀貨3枚……いや、銀貨5枚渡そう」
魔法学園まで送るだけで銀貨5枚。
日本円にして約5,000円の収入か……。
『マスター、場所は分かりますか?』
(千里眼で見てみるよ)
『そうですか……分かりました』
エイシスは、少し残念そうにそう言って会話を終えた。
──そんなに、早く建物を手に入れたいのか?
「分かりました」
「引き受けてくれるか! 一応、ギルドの会員証を見せてくれ。
報酬は、帰りにギルドへ寄ってもらえれば、受け取れるよう手配しておく」
御者との会話が終わるのを見計らったかのように、馬車から一人の少女が降りてきた。
「初めまして。私はバディ男爵家のサラサですわ。確か……ケンタウルスさんでしたか?よろしくお願いしますわ」
魔法学園の制服に身を包んだその子は、見事な金髪のツインテール――しかもみごとなドリル巻きだった。
◆
「さあ、参りましょう」
「サラサ様、お気をつけて。ケンイチロウ殿、頼みましたよ」
御者にそう言われて、俺は軽くうなずいた。
その短いやり取りの間に、千里眼を発動し、魔法学園までの道のりを確認する。
──およそ1キロほどの距離か。
「さあ、ケンイチ……ケンタウルスさん、行きますわよ」
……ケンタウルスって星座かよ。
「あの、ケンイチロウです。言いにくければ、ケンで構いませんよ」
「ウォッフォン、失礼。では、ケンさん、行きましょう」
……本当に、言いにくかったんだな。
魔法学園は全寮制だが、外出許可を取れば、外泊もできるらしい。
昨夜は、トーマス夫妻が借りている家に泊まっていたそうだ。
どうやら、奥さんの誕生日だったらしい。
どうして俺に案内を頼んだのか疑問だったが、貴族は一人で歩くことは、あまりないらしい。
常に護衛か従者が付き添うのが普通だそうだ。
だからこそ、たまたま通りかかった俺が、その役目を任された――というわけだ。
聞いてもいないのに話を続けるサラサ嬢のおかげで、いろいろなことがわかってきた。
彼女の実家であるバディ家は、海沿いにある小さな領地を治めており、あまり裕福ではないらしい。
特産品は、海産物を塩漬けにした保存食が多いそうだが、隣の伯爵領も似たような品を出荷しているため、バディ家の特産はあまり目立たず、売上にも影響しているようだ。
サラサ嬢の話し方はたしかに貴族らしいが、それでも同じ目線で話しかけてくるので、とても接しやすい。
そのおかげで、貴族に対するイメージが、ほんの少しだけ良くなった気がする。
何のトラブルもなく、学園の正門に到着すると、サラサ嬢は丁寧にお礼を言ってくれた。
彼女が学園に入っていくのを見送っていると――
何やら、取り巻きを連れた小太りの男がサラサ嬢に絡みはじめた。
その男は、サラサ嬢を突き飛ばして笑いながら、校舎の中へと入っていった。
転んでしまったサラサ嬢は、汚れた制服を手で叩きながら、必死に落とそうとしている。
……見てらんないな。
正門には警備兵がいるため、俺は中に入ることができない。
だから、人目のない場所に移動して影に潜み、つらそうな表情を浮かべながら制服の汚れを落としているサラサ嬢に向けて――
【クリーン】をかけた。
ついでに、擦りむいていた膝に【ヒール】もかけておく。
サラサ嬢は、驚いた様子で辺りをきょろきょろと見回していたが、俺は影に潜んでいる。見つかるはずがない。
そのまま、俺はギルド近くまで移動することにした。
『マスター、良かったのですか?「俺が綺麗にしたんだぜ」って言わなくて』
「いいんだよ。それより、報酬をもらわないとな」
『せっかく、貴族に恩を売るチャンスでしたのに……』
(しかし、どこにでもいるんだな。ああいう奴ら)
腐ったイメージの貴族だったが、サラサ嬢と出会ったことで、貴族の中にも真っ当な人がいるとわかり、少しだけ安心した。
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