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第71話 日常は異常に
しおりを挟む『カリカリカリカリ……』
テストを受けてる生徒たちが必死に答案を書きつける、どこか懐かしい音が耳に届く。
目を開けて大きく息を吸い込むと、教室特有の匂いが全身を包み込んだ。
(この瞬間だけは、どうしても慣れない……)
突如として、別の世界に迷い込んだような感覚。新鮮ではあるが、どこか不快でもあった。
そうだ……俺は英語のテストを受けていたんだ。
勝手に言語翻訳が発動して開始10分で終わったんだっけ……
テストを受けていた記憶こそあるものの、科目までは思い出せなかった。
それほどの時間、向こうの世界で過ごしていたのだ。
シャーペンを握る手の力を加減しないと、このままでは折れてしまいそうだ。
しばらくすると、身体もようやく教室の空気に馴染んできた。
そして、理由もなく目頭が熱くなるのを感じた。
(……やったーーっ! これで、あのつらい修行をしなくて済む!)
いつかは戻らなければならないのだろう。だが、それは高校を卒業してから、のんびり考えればいい。
……残してきた人たちが心配じゃないのか?
……無責任だろ! 一人だけ楽をしようとして!
心に巣くう罪悪感が、容赦なく俺を責め立てる。
卑怯者と罵られても構わない。
それでも、千年もの間、あの空間に閉じ込められるのだけは、どうしてもごめんだった。
だって、あのダークエルフの爺さん、どう考えても頭おかしいんだもん。
ユリアもユメカも、それにヒカリだって、まだあんなに小さいのに、俺よりずっと魔法を上手く使いこなしているんだもん。
カナドにしたって、魔法は身体強化しか使えないはずなのに、魔物を次々と薙ぎ倒していく。
……俺なんて、あそこにいたら、みんなの足を引っ張るどころか、足手まといとして追放されてもおかしくないよ。
『マスター、テストはもうよろしいのですか?』
(とりあえず解答欄は埋めてあるから、これでいいよ。試験の結果なんて、今はどうでもいい)
『さきほどから逃げの言い訳ばかり並べているようですが……ひとつ報告があります』
(さっきの、ワイバーンがどうのこうのって話?)
『それもありますが――全世界にある108ヶ所の内、数カ所のゲートの“狭間”が消失します』
(え???それってどういうことだよ!?)
その瞬間、教室中でテストを受けていた生徒たちのスマホが一斉に鳴り響いた。
それは、政府による 緊急避難警報 だった。
◇
緊急避難警報が発令される前の出来事。
(第48話参照)
……
東日本探索者養成高等学校の二年生たちは、ゲート先で行われるダンジョン実習に備え、ゲート前の広場で待機していた。
「なあ、いつまで待たされるんだ?」
「さっき先生が、狭間がどうのこうのって言ってた気がする」
そんな会話があちこちで交わされる。
待機はすでに一時間近くに及び、生徒たちは次第に落ち着きを失っていた。
一方その頃、狭間の異常を確認しに向かったAランク冒険者パーティー『暗夜行路』の面々は、メジャーを使って狭間の長さを測っていた。
「咲夜、八メートル四十二センチだ。……あ、今、八メートル四十一センチになった」
「まさか、狭間が消失しつつあるのか?」
「いま八メートル三十九センチ。間違いなく縮んでいる」
「篠田、悪いが今回の実習は中止だと伝えてこい! それとギルドとクランにも連絡を頼む。残りのメンバーは俺と一緒にダンジョンへ向かう。中で何が起きているのか確かめるぞ」
リーダーの尾花咲夜は、仲間を引き連れてダンジョンの第一階層へ足を踏み入れた。
少し奥まで進み、周囲を見渡す。
「リーダー、どこも変わった様子はないようですが」
斥候の石橋が声をかける。
「確かに変化は感じられない。いつもの八王子ダンジョンだな」
そう答えた咲夜だったが、それに異を唱える者がいた。
「リーダー……おかしくありませんか? いつもより静かすぎます」
「あっ……魔物がいないんだ」
八王子ダンジョンの第一階層に出現する魔物は、ネズミ系の『キラーラット』だ。
その名の通りネズミの特性を持ち、頻繁に姿を現す。数も多く、討伐のしやすさから初心者にとっては稼ぎやすい人気の魔物だった。
だが、一匹たりとも遭遇していない。
「……確かに、言われてみればキラーラットがいないな」
「こんなこと、今までありましたっけ?」
「いや、普通ならダンジョンに入ってすぐに遭遇するはずだ。もう少し奥に進むぞ。できれば二階層の様子も確認したい」
Aランクパーティー『暗夜行路』は第一階層の探索を終え、二階層へ続く階段に辿り着いた。
ここまで、魔物の姿は一匹も確認できなかった。
「リーダー、これは明らかに異常です。すぐに撤退すべきでは?」
「確かに異常事態だ。だが、原因を突き止めなければ上に報告すらできない。……二階層も慎重に進むぞ」
そして階段を降りた瞬間、彼らの目に飛び込んできたのは………
ひしめき合い、所狭しと蠢く魔物の群れだった。
◇
ここは――総理大臣の執務室。
すべては一本の電話から始まった。
「はい、総理執務室です」
「ゲート対策庁の西条だ。緊急案件だ、総理に繋いでくれ」
「はい、畏まりました」
「……西条です。総理、ゲートの狭間が消えかかっています。至急、国民に緊急避難指示を発令してください!」
「西条君……狭間が消失しても、魔物は外へ出てこないのではなかったか?
たしか、フランスの研究者が『狭間の消失はダンジョンの消滅を意味する』と言っていたと記憶しているが」
「それは誤りです。アメリカの研究者、フェイス・アンダーソン氏が提唱した研究結果に、難癖をつけただけにすぎません。
私の部下がすでに八王子ダンジョンに潜って確認しました。二階層に魔物が異常に集結しているのです。
もしこれらが地上に溢れ出したら、どれほどの被害が出るかわかりません!」
「……それは本当なのだろうな。だが、今の段階で緊急避難指示を出すわけにはいかん」
「正気ですか!?」
「ああ、無論、正気だ。緊急避難指示を出したものの――結果として魔物は外へ出てきませんでした、となればどうなる? 野党から徹底的に叩かれる。
それに、指示を出せば経済活動は一時的にでもストップする。どれだけの経済的損失が出るか、想像もつかんのだ」
その時、大陸にある人民国の大使館から、ホットラインが総理に繋がった。
「大変です! 人民国のダンジョンから魔物が地上に溢れ出しました。至急、避難用航空機の手配をお願いします!」
「総理、アメリカ大使館からも連絡です。魔物が地上に出現したそうです」
「フランスからも……」
「イギリスの方も……」
総理執務室は、各国からの報告で慌ただしさを増していた。
「……西条君、君の言った通りだったようだ。各国のダンジョンから魔物が地上に出現している。
今から緊急避難指示を発令する」
そして、梨河総理大臣は、決断の重みを胸に、防災担当者に連絡を入れて緊急避難指示の発令を告げた。
こうして、この日を境に地上はもはや、安全な場所ではなくなった。
◇
「みんな静かに。試験はこれで終了する。速やかに体育館に集合しろ。
それと、走るんじゃないぞ。落ち着いて行動するように」
監督官の指示に従い、クラスの生徒たちは不安げながらも、どこか楽しむような雰囲気で廊下に出て行った。
俺も、みんなと同じように教室を出る。
『マスター、バックを持って行った方がいいです。そして、トイレの個室に入ってください』
エイシスの言葉に従い、バックを取りに戻り、トイレの個室に入る。
(……何が起きてるんだ?)
詳しい情報はまだ届いておらず、状況がまったく掴めない。
『ゲートから魔物が溢れ出ました。世界の数カ所で』
(な、なんだって……それって……)
『先走った悪魔族の仕業です。例えるなら斥候部隊のようなものです。地上でも戦える力を、日本で言えば“狭間”から吸収できたのでしょう』
(それって、どういう意味?)
『狭間は、悪魔族の生命力を補充するための特殊な空間です。
冒険者がダンジョンに潜る行き帰りに、狭間によって少しずつ生命力や魔力を奪われていたのです。
本来なら禁則事項に該当しますが、ある程度神力を得た今のマスターなら話しても問題ないと判断しました』
「なっ……それってマズいよね?」
『はい。ですので、斥候部隊の悪魔族を倒して世界を救ってくださいね、マスター』
「はい!? 無理、無理、無理!」
『ここはトイレですので、無理ではなく“ブリ”ですね』
「そんなこと言ってる場合じゃねぇ! どうすんの、これ。世界の終わりじゃん!」
『これは、彼らにとっては、マナが少ない地球において地上で魔物や悪魔たちが力を発揮できるかテストのようなものです。思慮深い悪魔たちはおそらく様子見でしょう。
ですので、今のマスターでも対処可能なはずです。
それに、マスターしかみんなを助けられませんよ』
一ヶ所ならまだしも、世界なんて無理に決まってるだろ!
それをどうにかしろっていうのか!?
『とりあえず、影に潜って自宅に帰ることをお勧めします』
エイシスには、何か考えがあるようだ。
あーーこれなら、亜空間で1000年修行していた方がマシだ。
そんな都合の良いことを考えつつ、俺は影に潜り、自宅へと移動したのだった。
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