現代錬金術のすゝめ 〜ソロキャンプに行ったら賢者の石を拾った〜

涼月 風

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第75話 タボール公園の奇跡(1)

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「危なかったねー。君、大丈夫?」

キラーラビットに襲われかけていた小さな男の子を助けたユメカは、振り向いて声をかけた。
だが、言葉が通じない。少年はきょとんとした顔で首をかしげるばかりだった。

《獣っ娘、言葉は通じないわよ》

ペロの念話で理解したユメカははっとして笑う。

「あ、そうだった……えへへ」

何が起きたのか理解はできなくても、少年はいつの間にか泣き止んでいた。
ユメカの笑顔と、彼女の差し伸べる手の温かさだけで、十分に安心できたのだ。

《それで、どうすんのよ》

「主人さまが、魔物を倒せって言ってたよ」

《そうじゃないって! この子をここに置いてくのか、って聞いてんの!》

ペロに言われ、ユメカは目の前の少年を見つめながら首をかしげる。
どうしたらいいか、まるで見当がつかない様子だった。

「あ、ペロちゃん。ねぇ、ひとつ聞いてもいい?」

《……何よ》

「なんでここって夜なの?」

突拍子もない質問に、ペロは思わずずっこけ、ユメカの首から落ちそうになる。

《……時差っていうのが関係してるみたいよ。自慢じゃないけど、詳しくは知らないわ》

「ふぅん、そうなんだ~。変なの~」

ユメカは楽しげに笑い、少年はその無邪気さに不思議と安心していた。

この時、ペロは思った。

《(この獣っ娘に任せたら、とんでもないことになるわ、きっと……)》

ペロは慌てて周囲を見渡した。
すると、弓を携えた一人の女性、イレーヌの姿を見つける。

《ちょっと、そこの仏蘭西娘! 聞こえてる?》

突如、頭の中に声が響き、イレーヌはぎょっとして辺りを見回した。

《なにキョロキョロしてんのよ。念話で直接声を送ってるんだから、それくらい察しなさい》

(……念話? 本当に、私に話しかけてるのですか?)

《そうよ。仏蘭西娘の声もこっちにちゃんと届いてるわ。それでね、あんたに頼みがあるの》

(えっ!? いったいあなたは誰ですか?)

《私は“神”よ。獣っ娘の首に巻きついている、この白蛇様よ》

そう言い放つと、ペロはイレーヌの方へ鎌首をもたげ、きらりと瞳を光らせた。

《私はこの国の魔物を倒しに来たの。この獣っ娘を連れて行く――この辺りの地理に詳しくないから、安全な場所まで案内しなさい》

「蛇の神様!? 」

《驚いているヒマはないわ。とにかく案内しなさい!》

「わ、わかりました!」

その瞬間、猪の魔物にまたがったゴブリン数体がこちらへ突進してきた。

《はあ……面倒ねぇ。【念力】》

ペロの声と同時に、宙に動きを止められたゴブリンたちがぎしりと身を折られ、無残に落下して絶命する。まるで見えない力に捻じ切られたかのようだった。

その隙に、ユメカは双剣を振るい、近くの猪魔物の首を一刀両断に切り落とした。血の匂いが風に混じる。

「ペロちゃん、このボア、持って帰っていいかな? お兄ちゃんに料理してもらうんだ」

《構わないわよ。……それと、私の分も忘れないでよね》

ユメカは倒したボアをそそくさとアイテムボックスにしまい込み、満足げに笑った。

そうなのだ。
ユリアとユメカはアイテムボックスをマスターしている。
ヒカリは影収納。
剣聖の爺さんは自前の魔法袋。
カナドは賢一郎から借りた魔法鞄を所持していた。

《ほら、仏蘭西娘。さっさと案内しなさい! 次が来るわよ!》

ペロの鋭い声が響く。

イレーヌは、先ほどの戦闘を思い返していた。
宙に浮かされ、骨をへし折られ絶命したゴブリンライダー。
そして、猪の魔物をあっさり首刎ねした少女――ユメカ。

(……逆らったら、私も同じ目に……)

冷や汗が背中を伝う。
自分の矢では到底届かない力。
彼女たちはただの冒険者ではない。

「わ、わかりました! つ、ついてきてください!」

イレーヌは慌てて弓を握り直し、街道の奥を指差したのだった。
 
……

タボール公園に着いたユメカたちは、多くの市民が避難している様子を目にした。
広場には毛布にくるまった子どもや、怯えた表情で空を見上げる老人の姿がある。

その市民たちの視線が、一斉にユメカの耳と尻尾に注がれた。
ざわめきが起こり、好奇と恐怖が入り混じった空気が広がる。

《……だだっ広い場所ね。ここなら結界を張れるわ。仏蘭西娘、この公園の中心まで案内しなさい》

「は、はいっ!」

イレーヌは緊張しながら返事をする。

するとユメカが、ぴょこんと手を挙げた。

「あのさー、ペロちゃん。少し周りの魔物、倒してきてもいい? 退屈だし」

《……わかったわ。でもあんまり遠くに行かないでよね。私じゃ追いつけないから》

「うん! 頑張るね!」

ユメカはその場でぴょんぴょん飛び跳ね、耳と尻尾を揺らしながら全身で喜びを表現した。
そのあまりに無邪気な姿に、市民たちは息を呑み――恐れよりも安堵の色を少しだけにじませたのだった。

《私たちは結界を張りに行くわよ!》

そう言うと、ペロは白い体をするすると伸ばし、イレーヌの肩へとよじ登った。
突然のことに戸惑いながらも、イレーヌは抵抗できず、ただ目を瞬かせる。

「じゃあ、ペロちゃん、行ってくるねー!」

ユメカは小躍りしながら手を振り、鼻をひくつかせると魔物の匂いを追って駆け出していった。
彼女の尻尾が楽しげに揺れ、市民たちの視線を惹きつける。

一方イレーヌは、肩に蛇を乗せたまま指示どおりタボール公園の中央を目指した。
やがて広場の真ん中に辿り着き、深く息を吐く。

「この辺りが……中心地です」

《そう? ふむ……かなり広いわね。魔物避け程度で十分かしら》

「け、結界って……そんなもの、本当にできるの?」

イレーヌが半信半疑で問い返すと、ペロは自信満々に鎌首をもたげた。

《当たり前よ! だって私は“神”だから!――【神聖結界展開】》

次の瞬間、地面に淡い光の魔法陣が浮かび上がり、静かな波紋のように広がっていく。
黄金色の輝きが夜の闇を押し返し、公園全体を包み込んだ。

「……すごい……」

その神聖な光景を間近で見たイレーヌは、息を呑み、思わず声を漏らしていた。

《ふーー、やれやれ……結構疲れるわね。ねぇ、あんた、何か食べもの持ってない?》

「食べもの……ですか?」

突然の要求にイレーヌは目を瞬かせたが、バッグの中を探り、包みを取り出した。
中に入っていたのは、いつも携帯している甘い菓子――パート・ド・フリュイ。

フルーツのピュレをゲル化剤のペクチンで固め、表面に砂糖をまぶしたフランス定番の砂糖菓子だ。

「これ……食べますか?」

《食べるわよ。口に入れてちょうだい》

言われるままに、イレーヌは恐る恐る一切れをつまみ、白蛇の口元へ差し出した。
ペロはちろりと舌を出してそれをくわえ、もぐもぐと味わい始める。

《……ふむ、なかなかイケるじゃない》

「……」

イレーヌはその光景を見つめながら、ふと内心でつぶやいた。

(蛇って……甘いフルーツのお菓子を食べるの………?)



一方その頃、ユメカは街に漏れ出した魔物を次々と斬り伏せていた。
獣耳を揺らしながら跳ね回り、双剣が閃くたびに血煙と悲鳴が消えていく。

「な、なんだあの子は……!」
「いや、待て。助けてくれてる……」

警察官や消防士たちは、現場の混乱を収拾する間もなくユメカの戦いぶりを目の当たりにしていた。
耳と尻尾を持つ異形の少女――敵か味方かすら分からない存在。

だが、魔物が次々と倒れていく光景に、彼らは気づけば胸を撫で下ろしていた。

(……あれがいなければ、俺たちはもうやられていた)

恐怖と驚愕の中に、不思議な安堵感が広がっていた。

……

「くん、くん……もう、この辺には魔物はいないや」

ユメカは鼻をひくつかせて周囲を確認し、双剣をくるりと回して背に収めた。

「んー……あっちはゲートのある方向かな? たくさんの魔物の匂いがする……」

耳と尻尾がぴんと立ち、興奮したように身体が前のめりになる。
だが次の瞬間、ユメカは足を止め、唇を尖らせた。

「行きたい……けど……ペロちゃんを置いてきちゃったし……どうしようかなぁ」

双剣を肩に担いで、右へ行くか左へ戻るかと、きょろきょろ首を動かす。
その姿は、先ほどまで魔物を薙ぎ倒していた凄腕の戦士というより、迷子になった少女のようだった。

「主人さまが言ってた……悪魔?っていう強いやつもいるみたいだし……」

ユメカは小首をかしげ、ふわりと尻尾を揺らした。

「ま、来たら逃げればいいよねー♪」

そう呟くと、双剣を軽く振って肩に担ぎ、足取りも軽く駆け出した。
耳がぴんと立ち、鼻先に広がる匂いの流れを追う。

街の外れ――ゲートのある方向からは、血と硝煙と、そして何より魔物の濃い臭気が風に乗って漂ってくる。
普通の人間なら一歩も近づけないその気配に、ユメカの胸はむしろ高鳴っていた。

「えへへ、ちょっとだけ見に行くだけだからね!」

好奇心が理性を押し流し、ユメカはひとり、ゲートへと向かって走り出したのだった。
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