現代錬金術のすゝめ 〜ソロキャンプに行ったら賢者の石を拾った〜

涼月 風

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第74話 侵攻(2)

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ここは人民国。

アジア最大の国土を持つ大国である。
その西安市に存在するゲートから、今回の氾濫(スタンピード)が発生した。

「なんて数だ……!」
「あのデカいゴブリンが統率してるようだ!」

魔物の群れの後方には、一際大きなゴブリンが控えており、明らかに指揮を執っているように見えた。

西安市のゲートは街の中心部に位置していたため、周囲は背の高い城壁のような防壁で囲まれている。
その光景は、まるでゲートを中心とした巨大な闘技場のようでもあった。

こうした構造には理由がある。
ゲートの奥に広がるダンジョンでは既知の鉱物に加え、未知の鉱物までも採掘できた。
その貴重な資源を隣接する研究所で即座に検査する必要があったためである。

ゆえに西安市のゲートは、一般探索者の立ち入りが禁じられ、政府公認の探索チームのみが潜れる特殊な場所となっていた。

だが今回ばかりは、皮肉にもその厳重な管理体制のおかげで、魔物の街への侵入は辛うじて阻まれていた。

しかし、数はあまりに多い。
屍となった魔物が積み重なり、いまやそれ自体が足場となって、防壁を乗り越えようとしているのだ。

「ここで絶対に食い止めろ! 街に魔物を出すな!」
「ゲート前にいるのはゴブリンキングだ! あいつを倒せば、残りはただの雑魚だ!」

軍人の一人が、肩に担いだロケットランチャーをゴブリンキングへと向け、狙いを定めた。

「撃てぇっ!」

引き金が引かれ、火を噴いた弾頭が一直線にキングへと疾走する。

次の瞬間、爆炎が咲き乱れ、衝撃波とともに大地が揺れた。
視界は白煙と砂塵に包まれ、辺り一面が見渡せなくなる。

「やったか!?」

誰かの声が響く。

だが、煙がゆっくりと晴れていくにつれ、兵士も探索者も次第に顔色を失っていった。
そこに立っていたのは、なおも健在なゴブリンキング。

その巨躯には煤がこびりついてはいたが、致命傷を負った様子はない。

兵たちの表情は、期待から絶望へと変わっていった。

先ほどの攻撃への報復とでも言うように、ゴブリンキングの咆哮が響き渡った。
その声に呼応するかのように、群がっていたゴブリンたちが一斉に吠え返す。

キングは配下を押し退け、自ら前線へと歩み出た。
その巨体が現れるだけで、周囲の兵士たちの呼吸が詰まる。

「撃て! 撃ち続けろ!」

機銃の弾丸が雨のように降り注ぐ。
しかし、分厚い筋肉に覆われた怪物は怯むどころか、低く唸り声をあげただけだった。

次の瞬間、ゴブリンキングは背負う大剣を振り上げ、防壁へと叩きつける。

『ガァンッ!』

大地を伝うような衝撃音とともに、コンクリートで固められた防壁に大きな亀裂が走った。

再び振り下ろされる剣。亀裂はさらに広がり、兵士たちの顔に恐怖の色が濃くなる。

「止めろ! 止めるんだ!」

誰かの絶叫も虚しく、三度目の一撃で防壁は音を立てて崩れ落ちた。

だが、絶望の序曲はまだ始まったばかりだ。

ゲートからゴブリンキングを上回る大きさの魔物……オーガたちが現れたのだった。

……

崩れ落ちた防壁を踏み越え、無数のゴブリンたちが街へとなだれ込んでいった。
緑の群れは怒涛の波のように広がり、瞬く間に通りを埋め尽くす。

「逃げろ! こっちに来るぞ!」
「いやだ、助けてくれ!」

逃げ惑う住民たちに、容赦なき魔の手が襲いかかる。
泣き叫ぶ子供を引きずり、悲鳴を上げる母を蹂躙し、老人すらも容赦なく斬り伏せられていった。

燃え上がる炎、響き渡る断末魔。
西安市は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄と化した。

……

その頃、母親が腰を痛めて入院したため、北京大学から一時帰郷していた王秀英は、西安市の実家でゲートの方角から轟く爆発音を耳にした。

「……何が起きたんだ?」

すぐさまスマホを手に取り、情報を探る。
そして、画面に映った速報に息を呑んだ。

「マジかよ……嘘だろ!?」

そこには、ゲートから魔物の氾濫が発生していると、リアルタイムで報じられていた。

王秀英は、入院中の母の安否を確かめようと、急ぎ実家を飛び出す。
実家はゲートからは離れていたが、母の入院先の病院は不運にもゲートの比較的近くにあった。

「……車はきっと無理だ」

考えることは皆同じだ。人々は逃げるために車を使うだろう。
だが、道路が詰まれば車はただの鉄の箱にすぎない。

秀英は、倉庫の奥から少し錆びついた自転車を引っ張り出し、病院へ向かってペダルを踏み込む。

街に差しかかると、予想通り道路は車で埋め尽くされ、クラクションと悲鳴が混じり合う地獄絵図と化していた。

人々が右往左往しながら逃げ惑う中、王秀英は自転車を放り出し、病院へ向けて駆け出した。
すでに自転車すら使えないほど、道路は混乱に包まれていたのだ。

その時――。
不運にも、どこかの兵士が放ったロケット弾が標的を外れ、彼のすぐ脇のビルへ着弾した。

轟音とともに爆炎が走り、壁面に掲げられていた巨大な看板が瓦礫とともに崩れ落ちる。
それは、まっすぐ秀英の頭上へ……。

「……あっ!」

死を悟った彼は反射的に目を閉じた。
だが、いつまで経っても衝撃は来ない。

恐る恐る目を開けると、そこには信じがたい光景があった。
瓦礫も看板も、まるで意志を持つかのように軌道を逸れ、彼の周囲を避けて地面へと落ちていたのだ。

そして、粉塵の向こうに、着流しの着物をまとった一人の老人が、静かに立っていた。





「みなさん、行っちゃいましたね」

「ええ。ただ待っているだけでは退屈です。……ヒカリ、少し調査しましょうか」

日本で魔物の氾濫が起きた際の戦力として、賢一郎の自宅に待機していたユリアとヒカリ。
二人は、初めて足を踏み入れた賢一郎の家を、物珍しそうに見回していた。

「キッチンは……造りは違いますけど、どこかログハウスに似ていますね」

「本当です。しかも、この“ガス”という空気のようなものが、火の燃料になるなんて……不思議です」

「ユリア姉、これ見て。この箱を開けると中が冷たいんです」

「……ああ、前にケンさまが言ってましたね。『冷蔵庫があれば便利なんだけどなぁ』って。これが、食品を保存するための“冷蔵庫”なんですね」

「氷魔法を応用すれば再現できませんか?」

「たぶん可能です。ただ、私たちの場合は一時的なものにしかなりません。魔道具として仕組み化すれば、持続的に使えるかもしれませんけど」

二人は、珍しげに冷蔵庫を閉じると、そのまま廊下を進み、賢一郎の自室へと足を踏み入れた。

「ま、まさか……ここは……」

「若さまのお部屋みたいですね」

「ヒ、ヒカリ!大変です。ご覧なさい、本がこんなにも!」

「これほどの蔵書を……若さまの深い造詣は、この本から培われたのかもしれませんね」

興奮気味のユリアは、本棚に駆け寄り、一冊をそっと抜き取った。
だが、数ページめくったところで表情を曇らせる。

「何が書かれているのか、全くわかりません。この世界の文字が読めないとは……悔しいです」

「ユリア姉、これ見て。この絵……ユリア姉にそっくりです」

ヒカリが手にしたのは――『金髪姫騎士にくっころと言わせたい件について』というラノベだった。

その表紙に描かれていた絵が偶然にもユリアに似ていた。

「なっ……! え、ええと……。あ、あの……これは偶然ですよね!?」

ユリアが赤くなって慌てる中、彼女も一冊を取り出す。

「なら、この本はヒカリに似ていますよ」

表紙には『ダークエルフの奴隷幼女を買ってしまった件について』。

「な、私がいる!」

ヒカリの尖った耳がぴくぴく震えた。

さらに手に取った本の表紙には、愛らしい獣耳の少女が描かれていた。

「あ……ユメカもいます!」

それは『モフモフ獣っ娘と旅をしてる件について』だった。

ユリアとヒカリは顔を見合わせ、静かに頷き合う。

「やはり……ケンさまは、私たちを救うために世界を渡ってまで来てくださったのですね」

「きっとそうです。この本は私たちの未来を記した“神の書”。さすが若さまです!」

なぜかその瞬間、二人のケンに対する好感度は爆発的に跳ね上がったのだった。

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