現代錬金術のすゝめ 〜ソロキャンプに行ったら賢者の石を拾った〜

涼月 風

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第81話 八王子ゲートでの戦い

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カナドとペロと一緒に自宅へ戻った。
ユリアとヒカリはすでに現地へ向かっているようだが、千里眼で確認すると、まだ戦闘には加わらず、戦況を見極めている最中のようだった。
おそらく現地の探索者たちが、必死に持ちこたえているのだろう。

《ねえ、わたし疲れたから戻って寝るわ》

ペロはそう念話を残すと、自分の亜空間へとスッと消えていった。

ペロがいなくなった瞬間、カナドが小さく肩をすくめて安堵の息をつく。
今はユメカを背負い、慎重に体を揺らさないようにしている。

この家にはペロの結界が張られていない。
そこで、カナドたちにはゲートを通り、亜空間経由で湖畔の教会に戻ってもらうことにした。

「主人、早く腕を治した方がいいぜ」

ゲートを潜る前、カナドが振り返りざまにそう言った。
二人を見送ったあと、俺は黙ってエリクサーの瓶を取り出し、口に流し込む。

瞬間、焼けるような痛みとともに失われた左腕が再生し、血肉が繋がっていく。
ひび割れた筋肉や、無理に酷使した身体の痛みもすべて癒えていく。

……エリクサーって、本当にすごいな。

だが、師匠から譲り受けたエリクサーも、戦場に向かう仲間たちへ分け与えてしまった。
手元に残るのは、もう数本だけ。

幸い、素材はまだある。
解呪薬やポーションを補充しておかないと、次に何が起こるか分からない。

エイシスによれば、仙台のゲートにも不穏な兆候があるという。
日本各地のゲートを順に確認したうえで、ユリアたちのいる八王子へ向かうつもりだ。

さて……行くか。

俺は息を整え、影の中へと沈み込んだ。


 
ユリアとヒカリは、八王子ゲートを見下ろせる山の斜面に立っていた。
遠くには、うっすらと煙が上がり、時折爆発音が響く。

「皆さん、まだ余裕がありそうです」

ヒカリが双眼鏡を下ろしてそう言う。

「待機していた探索者が多かったのが幸いでしたね」

ゲートから溢れ出てくるのは、今のところキラーラットとゴブリンだけ。
どちらも雑魚とはいえ、油断すれば死に繋がる相手だ。

「ユリア姉、わたしは街に抜けた魔物を退治しておきます。ここは任せてもいいですか?」

「ええ、大丈夫です。気をつけるのですよ。――危険なのは魔物だけではありませんから」

「わかってます。若さまのフード付きの服を借りましたから、一見しただけでは目立ちません。それに、基本的には影の中にいるので問題ないです」

ヒカリはそう言うと、柔らかく笑い、次の瞬間には影の中に沈み込んで姿を消した。

静寂が戻る。
風が髪を揺らし、夜気が肌を撫でる。

「……便利ですね。今度、ケンさまから転移魔法を教えてもらいましょうか」

ひとり残ったユリアは、誰に聴かせるでもなく小さく呟いた。
その眼差しは、戦火に包まれるゲートの方角を静かに見つめていた。

◇  

八王子ゲート前で戦う探索者たちは、ユリアの言った通り、何とか戦線を維持していた。
だが、決して余裕があるわけではない。

「ヤバい!すり抜けられた!」
「任せろ、俺が仕留める!」

怒号と金属のぶつかる音が入り乱れる。
いくつものパーティーが、互いに息を合わせながら防衛線を張っていた。
それでも、ゲートからは途切れることなく魔物が溢れ出してくる。
いずれ体力が尽きる……それは誰の頭にもあった。

そんな中、ただ一人、前線でゴブリンを次々と屠る探索者学校の生徒がいた。
周囲の援護も受けず、己の力だけで突き進むその姿に、ベテラン探索者が思わず声を上げる。

「君!あまり前に出るな!囲まれたら終わりだぞ!」

だが、その生徒は振り返りもしない。
血に濡れた剣を振り抜き、返り血を浴びながらも笑みを浮かべていた。

その生徒は、東関牡丹。
敵を斬り倒すことに快感を覚えてしまった女生徒だ。

だが、やはり忠告通りにその生徒はゴブリンに囲まれてしまった。
2~3体のゴブリンなら、牡丹は対処できただろう。

だが、牡丹を襲ったのはその倍のゴブリンたちだった。

錆びて汚れた剣が、牡丹の身体を傷つけていく。
助けに行きたいが、誰もが目の前の敵を倒すのが精一杯だ。

このとき、牡丹は自分が慢心していたことを悟った。
容赦なく、振るわれる錆びついた剣が背後から襲った。

背後から迫る刃――それを防ぐことも、避けることもできなかった。

「――あ」

短い声が漏れた瞬間――襲い来るはずの痛みは、いつまで経ってもやってこなかった。

(……え?)

おそるおそる振り返ると、そこには金髪の若い男がいた。
彼は、錆びついたゴブリンの剣を持つ腕を素手で掴み止めていたのだ。

「おいっ!あんまり無茶すんな!死ぬぞ!」

そう言い放つと同時に、男は拳を振り抜いた。
鈍い衝撃音と共に、ゴブリンの頭があらぬ方向を向き倒れた。

「背後は俺に任せろ!」
「ありがとう、助かったわ!」
「気にすんな!――ほら、次が来るぞ!」

男はそう叫ぶと、再び拳を構えた。
その拳が振るわれるたびに、ゴブリンたちは次々と地に沈んでいく。

彼の名は――瀬戸海航平。
あの賢一郎を「マブダチ」と呼ぶ、豪胆な青年であった。

そしてその頃――邪な考えで戦場に臨んでいた時金光輝は、ゴブリンの猛攻を受けていた。

「く、来るなっ! こっちに来るんじゃねぇぇっ!」

必死に剣を振るうが、恐怖に震える腕では、まともに刃を扱えない。
無情にも、ゴブリンたちの攻撃は止まらなかった。

鈍い衝撃とともに、背骨に激痛が走る。
「――ぐっ!」
自慢だった足が動かない。
その場に崩れ落ち、地面を這って逃げようとするも、身体は言うことを聞かなかった。

(や、やめろ……! 死にたくねぇ……!)

だが、運が良かったのか、近くで戦っていた探索者が、間一髪で割って入り、光輝を抱えて戦線の後方へと退いた。

こうして彼は、一命を取りとめたのだった。

………

「あれは……オークでしょうか」

ユリアは、ゲートから出てきた新たな魔物を見てそう呟いた。
ゲートの奥から、鈍く光る斧を構えた巨体の影がぞろぞろと現れたのだ。

今までかろうじて保っていた戦線が、一気に押し崩される。
探索者たちの悲鳴と怒号が飛び交い、混乱が広がっていく。

「このままだと……まずいですね」

ユリアは小さく呟くと、ふわりと地を蹴った。
気配を殺し、風の流れに身を委ねて滑空する。
夜風が金色の髪をなびかせ、瞬く間にゲートの真上へと到達した。

静かに両手を掲げ、詠唱する。

【――サンダー・レイン】

瞬間、轟音が空を裂いた。
無数の雷光が雨のように降り注ぎ、出てきたばかりのオークたちを一掃する。
地面は焼け焦げ、空気は焦げた金属の匂いに満たされた。

一瞬の静寂――
そして、戦場の誰もが息を呑んで彼女を見上げていた。

「あれは……なんだ!」

探索者の一人が驚きの声を上げた。
視線の先には、ゲートの周囲に無理やり積み上げられた鉄の箱――
おそらくは車両を利用した即席の防壁があった。
だが、その多くが魔物の突進で歪み、穴だらけになっている。

その声は空中にいたユリアの耳にも届いたが、何を指しているのかまではわからなかった。
視線を下ろすと、確かに鉄の壁らしきものが見える。

「なるほど……鉄の箱で囲んでいたのですね。
けれど、あれではもう意味をなしませんね」

ユリアは静かに着地した。
硬く舗装されたアスファルトの感触を確かめると、そっと右手を地に触れさせる。

【アース・ウォール】

その声が響いた瞬間、地面がうねりを上げた。
ひび割れたアスファルトを突き破って、大地そのものが隆起していく。
やがて、ゲートをぐるりと囲む巨大な土の壁が形成された。

轟くような音を立てて立ち上がったその壁は、魔物の侵入を完全に遮断する。
ゲートの中で蠢く影たちは、壁を乗り越えなければ外に出られない。

「これで少しは……持ちこたえられるはずです」

ユリアは小さく息をつき、額の汗を拭った。
長く続いた戦闘で疲弊していた探索者たちは、連携が乱れたゴブリンを片付けるだけだ。
探索者たちは、ようやく束の間の休息を取ることができた。

だが、魔物は待ってくれない。
ひとり壁の中にいるユリアは、出て来る魔物を魔法で片付けていた。

【ウィンド・カッター】【ウィンド・カッター】

風魔法を連発する。

魔法を逃れ、近づいて来た魔物にはレイピアで突き刺し、斬り刻んで行った。

ユリアが一人で戦っていると影の中からヒカリが現れた。

「はぐれは始末したよ」

影の中から姿を現したヒカリが、軽く刀を払って血糊を飛ばす。

「それは良かったです。でも、まだまだゲートから出て来ますよ」

ユリアがそう言って、ちらりとゲートの方を見る。

「わかってる」

ヒカリは短く返すと、刀を構え直した。
剣聖の爺さんから譲り受けたその刀は、光を反射して妖しく煌めく。

次の瞬間、ヒカリの姿がかき消えた。
風を裂くような音とともに、オークの巨体が斬り刻まれていく。
その速さは、もはや目では追えない。

「ヒカリさん、見事です……!」

ユリアが思わず息を呑む。

だが、そこで空気が変わった。

ゲートの奥から、重く、低い唸りが響く。
ただのオークではない。
地面が揺れ、空気が震え、空の雲がざわめいた。

「……これは」

ヒカリは刀を下段に構えたまま、ゲートを睨みつけた。
その奥から、ゆっくりと“それ”が姿を現す。

赤黒い皮膚に、ねじれた角。
人のようでありながら、明らかに“悪魔”と呼ぶべき異形。

ヒカリの喉が小さく鳴った。

「出た……あれが、悪魔か」



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