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第一章
第2話 案内
しおりを挟む昼休みになると、クラスの生徒達は、待っていたかのように動き始めた。
友人と席をつけてバッグからお弁当を取り出す者。
購買にダッシュで向かう者。
生徒達の動きを観察しながら、俺は、バッグから瑠奈が作ってくれたお弁当を取り出す。
視線を感じて、その方向を見ると庚が俺を見ていた。
お弁当を取り出したのを見て安心したかのように、視線を外し自分もお弁当を机の上に置いた。
俺が購買に行くか見てたのか……
お弁当を取り出さなかったら、案内するつもりだったのかな。
庚は、ショーットカットの女子とお弁当を食べ始めた。
あの子は、確か庚と同じ剣道部の結城 莉愛夢だったか……
クラスの生徒の名前と部活それとおおよその個人情報は把握している。
わからなかったのは、雰囲気と性格そして交友関係だ。
あの2人は仲が良いのか……
俺は、ボッチ飯を食べながらクラスのグループ構成を確認していた。
休み時間とほぼ同じメンツだな……
意外なのは、俺と同じで女子でボッチ飯をしている飯塚 早苗か……
美人だし暗そうに見えないが、人付き合いが苦手なのか……
転校初日の今日は、どうやってもモブになりきれない。
時期外れの転校生など、クラスメイトにとっては一大イベントのはずだ。
時々、様子を探るような遠慮のない視線を感じるのはそのせいだ。
だが、モサイ男子となればそうもいかない。
そのうち箸にも棒にもかからないようになるだろう。
このまま、数日過ごせば『霞景樹』そんな奴いたっけ?となるはずだ。
完璧だ。俺……
弁当を食べ終わった頃、庚 絵里香が近づいて来た。
「霞君、学校内を案内するよ」
その声は、とても義務的だった。
庚 絵里香は、この昼休みの時間までに俺という人間を観察し、そう判断したのだろう。
内心では、案内など面倒くさいと思っているはずだ。
出来れば、俺も庚のような日向を歩く人間と関わりたくはない。
モブ化するのに、時間がかかってしまうからだ。
だが、任務はその動向を探る事になっている。
「お、お願いします」
俺は、さも自身なさげな声を出す。
これで、庚も案内という責任を果たしたら関わってこないはずだ。
「じゃあ、行こうか 」
そう言って庚は歩き出す。
クラスの連中も、ヒソヒソと話しながら俺の動向を見つめていた。
庚の後ろを歩いていると廊下でたむろしている男子から冷たい視線を浴びせられる。
『マジ、うざくねぇか? あいつ』
『オタクだよな。どう見ても』
そんな話し声が聞こえたのか、庚はその声を遮るように、
「霞君、行きたいところはあるか? 」
庚、気を使ってくれるのはありがたいが、この場面では逆効果だよ……
「と、図書館に……」
俺の返事を聴くと、たむろしていた男子は、更に騒ぎ出した。
『と、図書館にだってよ。わははは』
『何、調子こいてんだ。オタク眼鏡は』
「図書館だな。わかった」
庚は、わざと大きな声を出して俺を案内し始めた。
そのような行為は、相手を増長させるとも知らずにだ。
正義感からなのか、それとも空気を読むのが下手なのか……
俺も急ぎ足でその場から離れる。
後で呼び出しをくらいそうだ。
それなら、やりようがあるが……
この学校は、偏差値は高いが中高一貫校の為、入ってしまえばエスカレーター式に高校に上がれる。
それが理由ではないが、低レベルな人間はどこにでもいる。
それに図書館は、中等部の校舎との間にある。
高等部の校舎を一旦でなければ、図書館には行けない。
俺が図書館を選んだのは、学校という独特な匂いから逃れて外の空気が吸いたかっただけだ。
「霞君は本が好きなのか? 」
「嫌いではないです」
「嫌いではないという事は、好きでも無いという事か? 」
「そんな感じです」
庚は少し顔をしかめて、何かを考え始めた。
「霞君。君と私はクラスメートだ。先輩後輩の間柄では無い。そう言った相手に敬語はどうかと思うのだが」
つまりタメ口で話せという事か……
「わかった。これなら良い? 」
「うん、うん。申し分ないな」
庚は、中学剣道の全国大会で優勝するだけはある。
姿勢が良いし、凛々しい様相だ。
もちろん、これは瑠奈の情報からだ……
「庚さんて、珍しい姓名ですよね」
「そうなんだ。古くからある家柄らしいが、初めて会った人に正しく言われた事がない」
「そうなのですか。昔から続く家は家独自の仕来りとかもありそうですけど」
「うん。あるにはあるがその家で育っていたらそれが日常になる。私には脳天気に学園生活を過ごしている方が違和感がある」
「そんなものなのでしょうか? 」
「霞君も珍しい姓名だが、昔から続く家なのか? 」
「俺のいたところは田舎ですからね。古くからあっても仕来りとかは無いですよ」
もちろん嘘だ……
「そうか、世間一般ではそうなのだろうな……」
平安時代から続く庚家は、歴史上の名家であるがそれを知る一般人は割と少ない。
俺も何も知らないふりをする。
そんな話をしているうちに昇降口に着いた。
靴を履いて外に出れば、図書館はもう時期だ。
俺は下駄箱から自分の靴を取り出す。
その時、昇降口でふざけていた数人の男女の1人が、よろけて俺とぶつかりそうになった。
俺は、自然と身体が動き左に外れて左手で相手が転ばないように支えた。
『おっと、悪りー、悪りー』
「俺は、大丈夫ですよ」
その相手は俺の返事を聞いて仲間のところに行ってしまったが、庚はその様子を見ていた。
しまった……
相手は、庚家長女だ。
俺の動きに違和感を持ったか……
靴を履き、エントランスに出るとやはり庚は話しかけてきた。
「霞君は、武道家何かをやっているのか? 」
ここは誤魔化すしかない。
「いいえ。やった事はありません」
「そうか、だが、さっきの動きは……」
「ぶつかりそうになった時ですか? 俺は田舎育ちなので子供の頃から山を走り回ってたせいかもしれません」
「そうか、環境によるものか……霞君、どうだ。剣道部に入らないか? 」
「運動が得意ではないので体育会系の部活はちょっと難しいです」
「そうなのか? この学校は何らかの部活動に入らないといけない。運動が苦手なら私が教えても良いが」
剣道部に入れば、庚 絵里香を堂々と監視できるがそんな目立つ部活はごめんだ。
「実は、俺、美術部に入りたいのです。絵を描くのが趣味なので」
「そうか、もう入りたい部活動があるのだな。残念だ」
本気で教えようと思っているのか判断に困るが、流石は庚家の跡取りだ。
あの避ける動作だけで、武道を連想されるとは……
注意しないと……
俺は庚に対する警戒度を上げた。
◇
図書館の入り口に着いた。
外見から見ると割と多くの蔵書が納められているような大きさだった。
庚 絵里香のおおよその人となりを知る事が出来た俺は、
「庚さん、案内はこれで大丈夫です。ありがとうございました」
「中に入らなくて良いのか? 」
「ええ、後は少しづづ見て行きます」
「そうか、午前中は移動教室が無かったから教室を動く事はなかったが、午後一から地学の講義がある。それは、私達の教室から出て二階に上がったところの突き当たりだ。みんなに着いていけば迷う事はないだろう」
「わかりました。丁寧に案内してくださってありがとうございます」
「礼を言われるような事はしていない。それと……」
庚は少し目を吊り上げて俺を見つめた。そして、
「敬語は無しだ」
「そうだった。つい、出てしまった。これからは気をつけるよ」
「うん、うん。その方が良い。それでは、私はこれで失礼する。何かわからない事があったら聞いてくれ」
「うん、そうするよ」
タメ語で答えた俺に、庚は笑顔を見せて去って行った。
庚が遠く離れた事を確認して俺は大きなため息を吐く。
流石に慣れない相手の会話は疲れるな……
庚の評価は、申し分ない。
責任感が強く、正義感もある。
見る目も確かだ。
名家の重みをそれなりに受け止めていた様子だ。
う~~ん、今日のところはこれで及第点かな……
これ以上の接触は、デメリットしか無い。
「何がデメリットなの? お兄」
「転校初日から、和風美女とご一緒なんて兄様は、都会に来て弛んでいるのではありませんか? 」
「陽奈、瑠奈! どうしてここに? 」
後ろを振り向くと、双子の妹達がいた。
気配を消して俺の背中を取るとは、成長したものだ。
「どうしてって、私達。メグに案内してもらっていたのよ」
「兄様のように男女2人で如何わしい行為をしてたわけではありません」
「メグって誰? それに瑠奈。それは誤解だ。俺も案内してもらってたんだよ」
「メグってね。この子。可愛いでしょう? 」
陽奈は、後ろにいたメグって子の腕を抱えて俺に紹介した。
「は、初めまして。中等部2年の足利 恵です。陽奈ちゃんと瑠奈ちゃんのお兄さんですよね。宜しくお願いします」
「初めてまして。陽奈と瑠奈の兄の霞 景樹です。こちらこそ妹達を宜しくお願いします」
2人は、もう友達ができたのか?
でも、メグって子に対する陽奈のこの態度は故郷にいるペロと一緒にいる時と同じ感じがする。
俺は、メグって子をマジマジ見てしまった。
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これか! ペロに似ていたのは……
ペロとは故郷で飼っていた子ブタの名前だ。
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「お兄、どこ見てんの? 」
「会ったばかりの妹の友人の胸を見つめるとは……兄様、不潔です」
『キャッ! 』
妹の言葉で気付いたのか、メグは胸を隠して顔を赤くしていた。
「そんなつもりは無かったんだ。たまたま視線がその場所に固定されただけだ」
「言い訳はそれだけ? 」
「どんな拷問がよろしいでしょうか? 鋼鉄の処女に串刺しにされるのは? それとも頭蓋骨粉砕機で圧迫させましょうか……うふふふ」
「待て、本当に誤解なんだ」
「お兄! 」「兄様! 」
この後、メグと妹達に丁重に謝罪したのは言うまでもない。
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