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第一章
第12話 拉致
しおりを挟むーー庚 絵里香の場合ーー
庚 絵里香は怒っていた。
何故か無性に腹立たしい。
お昼休みに霞 景樹を誘ったのは、父が言った「転校生は不安なものだ」という言葉が心に残っていたからだ。
それに、渋ヤで会った件もある。
あの時、私は嘘をついてしまった。
父が言った「必要な嘘もある」そういう嘘だ。
以前、霞 景樹は、私が池フクロウで見かけた事を指摘した時、嘘をついた。
あの時、見かけた女子は、後日、お昼休みに来た双子の妹達だった。
何故、他愛のない嘘をついたのだろう?
私と同じように霞 景樹にとって必要な嘘だったのだろうか?
そんな事が気になり出したのは夜、渋ヤで会ってからだ。
霞 景樹の雰囲気が学校にいる時とは違って見えた。
「あ~~何故、こうもあの男の事を考えてしまうのだ!! 」
そうだ。私はクラス委員長だ。
だから、クラスで馴染んでいないあの男が気になるのだ。
折角、縁あって同じクラスにいるのだ。
学校生活を楽しんでもらいたい。
クラスに馴染んでいそうもない霞 景樹を何とかしてあげようという、そんな好意から昼休みに誘ったのだ。
しかし、また、同じクラスに転校生が来た。
とても綺麗な女子だ。
彼女は壬と名乗った。
私でも知っている。
十家の壬家だ。
確か、近畿地方の大きな神社の神職を代々受け継いでいるはずだ。
何故、東京に来たのかはわからないが、彼女が自己紹介で『霞 景樹』の事を旦那様と言った。
2人は、知り合いなのだろうか?
それも、許嫁という関係の……
私も十家という名家に育っている為、その様な仕来りは容認できる。
それも、家の為なのだから……。
だが、昼休みになり、霞 景樹の妹達がクラスに乱入して来て、兄である霞君に壬 静葉との関係を問い詰められていた。
午前中に中等部まで噂が広まったのだろう。
許嫁という件は、私の思い込みだったようだ。
私は、友人の莉愛夢と一緒に、その場を仲裁すべくお昼を一緒食べようと誘った。
これもクラス委員長としての務めだ。
だが、その時間、壬が聞きなれない事を言った。
そう『霞の者』と……
霞兄妹が一瞬、固まったのがわかった。
この言葉に何の意味があるのだ?
私が尋ねたのは、そんな些細な好奇心からだった。
だが、その言葉の反応は、思いもよらない事態に発展した。
何故、壬は馬鹿にするような言葉を私に発したのだろうか?
何故、霞兄妹の様子がおかしかったのだろうか?
そして、いきなり霞兄妹がその場から逃げるように駆け出した。
それも、普通ではない速さだ。
残された私達は呆気にとられた。
『霞の者』その言葉に霞兄妹が逃げるほどの意味を持っているという事がわかる。
壬が知っているという事は、十家絡みのはずだ。
お父さんに『霞の者』の件を聞いてみよう……
そう思いながら、イラついた心を抑えて帰宅した。
すると、お手伝いの千代さんが、お父さんが今日は戻らないと連絡があった事を教えてくれた。
一刻も早く『霞の者』という言葉の意味を知りたかったが、仕事ではしょうがない。
私は、イライラが治らず、竹刀袋に剣を入れ池フクロウを目指した。
◆
ーー壬 静葉の場合ーー
国産の黒い高級車の後ろの席に座っている壬 静葉は、運転している30代前半のスーツ姿の女性からの問いに答えた。
「普通……」
窓から見える建ち並んだビルが移り変わっていく景色を見ながら感情のこもっていない言葉が消えていく。
「そうでしたか、学校生活は普通でしたか」
スーツ姿の女性は、静葉の学校生活の事を聞いてたようだ。
「では、霞 景樹はどうでしたか? 」
静葉の眉がピクンと動いた。
その様子に気付いていないスーツの女性は、質問の意味を軽く考えていたのだろう。
「わからない……」
静葉から見た霞 景樹の印象は、その一言に尽きた。
静葉にとっては、その者の子供を孕まなければならない相手だ。
壬家にとっては、お祖母様からの言葉は絶対だった。
子供を産む事の意味はわかる。
その行為も知っている。
だが、現実感が無いのである。
霞 景樹が悪人であれ、殺人者であっても命令通りにその人の子供を産む。
いくら考えても、そこに自分の感情など存在しない。
だから、相手の印象など気にもならないはず……だった。
静葉は、お昼の時間を思い出す。
お弁当を忘れた時、その事実を知って身体が動かなくなってしまった。
どうしたら良いのかわからなかったのだ。
普通なら買って食べれば良いし、1食ぐらい抜いても良い。
でも、自分の意思で判断し決めた事が無かった静葉にとっては、お弁当を忘れた、という行為だけで頭の回線がショートしてしまったのだ。
そんな時、霞 景樹は、声をかけてくれた。
今まで、学校に行っても困っている時に声をかけてくれる人は1人もいなかった。
そんな私にだ……。
そして、自分のお弁当まで私にくれたのだ。
こんな経験、初めて……
他人の気持ちなど今まで気にした事もなかった。
だから、霞 景樹がどうして私に自分のお弁当をくれたのかも理解できない。
だけど、心の中がモヤモヤする。
それ故の『わからない……』という問いの答えだった。
壬 静葉を乗せた車は、系列の神社の前を通り過ぎ、聳え立つタワーマンションの地下駐車場に入って行った。
◆
ーー水沢 清香の場合ーー
池フクロウの駅前にある学習塾では、水沢 清香が備えつけられているパソコンの画面に向かってマウスを動かしていた。
「このパソコンの授業は、どうも慣れないなぁ」
人と関わらなくて済むのは良いのだが、自分がロボットになったような虚しさを感じる。
「来年からは、教室の授業に変えてもらおうかな」
この塾では、パソコンから出される問題を解いて提出する課程と講師が直接板書きして教える課程がある。
清香は、最初、迷わずパソコンの授業を選択したが、やっているうちにさっき思ったように虚しさを感じてきたのだ。
直接、講師に質問もできるが、慣れていない相手とあまり話したくない。
それに、塾の先生が私を見る目が好きになれない。
世間では、女子高生というブランドでもてはやされる年齢だが、私にはそんな事はどうでもいい。
例え一生に一度しか会わない全く関係のない相手でも、舐め回すような視線を向ける男性は気持ち悪いと感じる。
「あ~~疲れたなぁ~~」
清香は、背伸びをしながら買っておいた麦茶を口に含む。
本当は、外で飲まないといけないのだが、ルールを守っている人は殆どいない。
パソコンばかり見てたせいか、目の疲れがハンパない。
「こういう機械じゃなくって……そう、霞君が描いてたような優しい絵が見たいなぁ」
白いスケッチブックに油絵のような迫力のある感じではなく水彩画に似てるが何処か違うもっと優しい感じの、そう、絵本を見てるような感じだ。
「あんな優しい絵が描けるって凄いよねーー。きっと霞君って優しい性格してるんだよ。妹の双子ちゃん達も天使みたいに可愛いし、すっごく懐かれている。優しいお兄ちゃんなんだろうなぁ~~。いいなぁ~~」
清香には弟しかいない。
毎日騒いでゲームばかりしている。
途中でキレて買ったばかりのゲームを投げる程だ。
そんな様子を見てると弟なんかじゃなくって妹だったらと思ってしまう。
「私も優しいお兄ちゃんが欲しかったなぁ……」
清香の憧れは優しいお兄ちゃんである。
霞君と一緒にいる双子ちゃんを見てると、私のお兄ちゃんががいたら、あんな感じになってたのかな? って思ってしまう。
「あっ、いけない。そろそろ帰らないと遅くなっちゃう」
慌てて、荷物をしまって足早に塾を出る。
建物の外に1歩出ると「ムッ」とした都会の熱気と喧騒に包まれる。
既に日常となっている清香にとっては、何とも思わなくなっていたが、その日少し違った。
塾が入った建物は、道を挟んで公園と向かい合わせに建っている。
目の前の道物凄い速さで黒いワンボックスカーが走り抜けていったからだ。
車が走る風圧で、都会の匂いが一気に清香に襲った。
「何、あれっ! 危ないなぁ! 」
周りの通行人も顔をしかめながら、その黒いワンボックスカーを睨みつけていた。
するとその車が大きなブレーキの音と共に急停車した。
側面のドアが開き、顔を隠した数人の男が出てきて、道を歩いていた女性を車の中に押し込んでいた。
「えっ!? 嘘……」
人通りも多い駅前での大胆な拉致だ。
車は急発進して信号を無視して猛スピードで走り去って行った。
だが、清香が驚いたのはそれだけではない。
連れ去られた女性を知っていたからだ。
「庚さん……」
周りにいた人達は、写真を撮ったり、ムービーに録画したりしている。
勿論、警察に電話している人もたくさんいた。
清香もスマホを取り出して、担任の篠崎先生に連絡を入れた。
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