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第6話 お屋敷の朝は
しおりを挟む「ここにも監視カメラがあるのか‥‥まあ、見られても困ることはないが」
衝撃の歓迎サンバが終わり、みんなでお茶を飲んだ後は『ここがカズ君の部屋だよ~~』と、聡美姉に案内された場所がこの部屋だ。
あのアパートよりはマシだな……
いくら信用できない人物の監視とはいえ、あのアパートにはトイレや浴室にも監視カメラがあったからな。
俺みたいな奴が信用されるわけがないから監視カメラはそのままにしておいたが、俺の何を調査してるんだ?
俺は一通り部屋を見渡して、ベッドに寝転ぶ。
ふと眼を閉じると昔の事を思い出す。
神宮司和輝としての記憶だ。
俺は妹の沙希の為に、今の学校を希望した。
沙希は同じ学校の中等部三年だ。
校舎は別だが、同じ敷地内にあるというだけで、俺の心は安らいだ。
直接会って名乗りを上げる気はない。
俺は昔の自分ではないからだ。
この手で数え切れない程、人を殺めてきた。
そんな汚れた俺は、汚れの知らない沙希に会わす顔がない。
紫藤さんの情報では、両親も健在らしい。
実家の神宮司総合病院の経営も順調みたいだ。
ただ、俺と一緒に客船に乗っていた祖父母は死んだそうだ。
目の前で銃撃されるのを見たが、もしかしたら生きてるかもと僅かな希望を持っていた。
その希望も虚しく潰えたが……
賢一郎の妹百合子の事も紫藤さんに尋ねた。
上手く隠れて災難を逃れたようで、元気にしていると言う。
「百合子……」
俺は、賢一郎から百合子の事を頼まれていた。
もしものことがあったら、百合子を頼むと。
実際、そうなってしまったが……
百合子は白鴎院家の令嬢だ。
一般市民が会える存在ではない。
俺と百合子、賢一郎が出会えたのは、豪華客船のクルーズという狭い世界での話だ。二週間にわたって、毎日一緒に遊んでいた。
だが……
ダメだ。こんな事を考えては、闇の中に沈んでしまう……
俺は、ベッド脇にあったチェストの上の水差しから、水をコップに注いで一気に飲んだ。冷たい液体が体内に降下する。
「ふう~~寝るか……」
俺は、闇に飲み込まれない様に静かに眼を閉じた。
◇
眼を開けると知らない天井が目に入る。
「ここは……」
そうか、ここは聡美姉の屋敷だ。
ベッド脇の時計に見ると午前5時10分。
何時もより10分寝過ごしたようだ。
着替えがないので昨夜風呂から上がったままのバスローブ姿だ。
下着もつけてないのが心許ないが、裸のままで行動する事は過去にも何度もあった。
バスローブがあるだけありがたい。
俺は部屋を出て、聡美姉達がサンバを踊ってた部屋に向かう。
普段はその場所がリビングを兼ねていると、昨夜聞いたからだ。
ドラを開けて中に入ると奥にソファーがあり、そのテーブルの上に見覚えのある服が綺麗に畳まれて置いてある。
壁には、俺の制服がクリーニングに出された後のようにシワが伸ばされ、綺麗な状態でかかっていた。
「カズキ様、おはようございます」
奥のダイニングから雫さんが出てきて声をかけられた。
「おはようございます。斎藤さん」
「雫です」
「えっ!?」
「雫とお呼び下さい」
「え~~っと、雫さん」
「う~~む、少し違うような気がします。そうだわ。お嬢様のように雫姉さんと呼んでみて下さい」
「……雫姉……さん」
「ぶるっ……こ、これはきますね。カズキ様、これからはその様に私をお呼び下さい」
「はあ……」
「カズキ様、制服とワイシャツはアイロンがけしておきました。下着類については私が入念に手洗いしておきました。どうぞお着替え下さい」
「ありがとうございます」
何だろう?
身の危険を感じるのだが……
「さあ、どうぞ。お着替え下さい」
ここで雫姉に見られながら着替えるのか……
俺は、気にしない風を装って綺麗に畳んであったボクサーパンツを履く。
そして着ていたバスローグを脱いで、白いTシャツを着た。
「はあ~~」
何故か雫姉が妙に色っぽい吐息を吐きながら見ているが、きっと気にしたら負けな気がする。
「あの……雫姉さん?」
ぶるっと震える雫姉。
大丈夫か?この人……
「な、何でございましょう」
「聡美姉は?」
「お嬢様でしたら毎朝7時に起床されます」
「そうなんだ……」
会話が続かない……
「カズキ様、下着姿はとても見応えのあるお姿ですが風邪を引いてしまっては大変です。制服に着替えられますか?」
そういえばパンツとTシャツを着たままだった。
「できれば身体を動かしたいのですけど、制服ですと折角綺麗にアイロンがけしてくれたみたいですし……」
「まあ、朝の訓練ですね。それなら良いものがあります。少々お待ち下さい」
雫姉は、小走りに走って奥の部屋に行く。
そして手に白い布を抱えて引き返してきた。
「これなら激しく動いても大丈夫です」
渡された服は白い作務衣。
確かに激しく動いても問題無さそうだ。
「ありがとうございます」
「カズキ様、私がお着替えをお助けします。これもメイドの仕事のうちですから」
「……そうなのですか?」
「はい。そうです」
雫姉は、何だか嬉しそうだ。
これを断るには勇気がいる。
前にユリアに同じ事をされた覚えがある。
断ったらさそり固めをかけられた。
「……じゃあ、お願いします」
「はい、お願いされました」
ニコニコしながら作務衣を広げて、ズボンを手にした。
俺の前に膝間ついてズボンを広げて準備してる。
ちょっと近いと思うのだけど……
俺は片足を上げて広がったズボンに足を入れる。
雫姉はそれを上に優しく押し上げた。
そしてもう片方の足も入れると、今度はゆっくりとズボンを腰の部分まで上げてくれた。
「………」
「今度は上でございます」
そう言って手を順番に入れて脇腹あたりで紐を結んでくれたのだが、雫姉の息が荒いのが気になるのだが……
俺が気になって雫姉を見ていたのがわかったのか、雫姉は
「殿方のお着替えは初めてでしたので、粗相がありましたでしょうか?」
「いいえ、大丈夫です。助かりました」
「良かったですわ。これでカズキ様にもきちんとお仕えする自信が持てました。シズクは嬉しいです」
「はあ、それはどうも……」
何て返事をするのが正解なんだ?
「お稽古でしたら、本館の脇に道場がありますのでそちらをご利用下さい。鍵はかかっておりませんので」
「わかりました」
こういう場合は逃げるが勝ちだ。
「朝食は7時を予定しております。ご存分にお汗をおかきください。汗をかいた作務衣は私が念入りに手洗い致しますので」
「し、失礼します」
俺は、その場から脱兎の如く逃げ出したのだった。
恐るべし、雫姉……
◇
道場と思わしき館に着くと雫姉の言う通り、鍵はかかっていなかった。
天井の高い室内は板張りの稽古場と畳が敷き詰められた稽古場とに分かれていた。室内を見渡すと木刀、竹刀、長槍などが壁にかけられている。
流石に拳銃類は無いな……
俺は木刀を手に持ち、素振りを始めた。
剣術は習ったことがなかったので、身体に馴染むまで動きがぎこちなかったように思える。
俺の所作は暗殺術。
ナイフを持って戦うのが基本スタイルだ。
対戦相手が欲しいが……
俺は聡美姉の事を思い浮かべた。
あの人と対峙すれば、テンポが崩されてしまいそうだ。
速攻勝負に限る。
そして雫姉は……
ぶるっ……
あの人は危険だ。
戦闘面では俺の方が明らかに上だ。
でも、何でだろう。
魂が危険だと言っている。
「ふう~~世界は広いんだな」
俺は素直にそう思った。
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